文学座有志による自主企画公演 『宮城野』『ひまわり』稽古場レポート
文学座有志による自主企画公演『宮城野』『ひまわり』が11月17日(金)から文学座アトリエにて上演される。
本企画では、言葉、そして日本語の劇であることにこだわって選ばれた2作品を上演。
『宮城野』は矢代静一が1966年に発表した戯曲で、2008年に山﨑達璽監督により映画化され、矢代の次女・毬谷友子が宮城野、片岡愛之助が矢太郎を演じたことでも話題となった作品。
演出は飯嶋佳保が務め、目黒未奈と稲岡良純によるリーディング公演として上演される。(※当初出演を予定していた吉野実紗は体調不良のため降板し、公演形態もリーディングへと変更)
『ひまわり』は竹内銃一郎の戯曲で、1988年に竹内、木場勝己、小出修士、森川隆一らが結成した劇団秘法零番館で竹内の演出により初演され、1997年には竹内の演出で木場勝己、大森博、片桐はいり、高田聖子らの出演で、彩の国さいたま芸術劇場大ホールにて上演された作品。
演出は西本由香が務め、廣田高志、高橋克明、石井麗子、奥山美代子、太田しづか、武田知久、山岡隆之介、比嘉崇貴の出演で上演される。
このたび、本番に向けて準備が進む『ひまわり』の稽古場レポートと写真が到着した。
この日の稽古は、男5(武田知久)の長台詞から始まった。劇の中盤における物語の転換点となるこのシーンは、女1(奥山美代子)・女2(太田しづか)・女3(石井麗子)の三人姉妹と男4(廣田高志)が暮らす家に、求人広告を見た男3(高橋克明)がやってきて、「家族」としての一歩を踏み出した直後、男5が訪ねてくるという場面である。
この長台詞の最後、男5は自らを「エドマンド」と名乗る。『リア王』においてエドマンドは、私生児として父から不当な扱いを受けることに不満を抱き、策略によって異母兄のエドガーを失脚させ、リア王の娘2人と恋仲になるという屈折した人物だ。エドマンドと名乗ることで、『リア王』をご存じの方は今後の男5の取る行動になんとなく予想がつくかもしれない。武田はそんな男5を、誠実そうにも胡散臭そうにも、どちらとも取れるつかみどころのない雰囲気で演じている。
その後、稽古は冒頭のシーンから進められた。男1(山岡隆之介)と男2(比嘉崇貴)がガラス拭きの仕事をしながら、それぞれ親殺しと子殺しの話をし始めるという幕開けに、初めて本作に触れる人は恐らく困惑するのではないだろうか。悪びれもせず、むしろお互いを「孝行息子」「親馬鹿」と褒め合う2人は正気なのか狂っているのか、判然としないまま話は進んで行く。山岡と比嘉のやり取りはどこか気だるい空気が流れ、2人のガラス拭きの冷笑的な態度がよりふてぶてしく感じられる。
そこに男3がやって来るのだが、高橋は一見おどおどとした小心者らしい振る舞いで、初めて訪れた家、初めて会う人たちへの戸惑いを見せるが、その態度は一貫して落ち着いており、肝の据わった一面ものぞかせている。女1・女2・女3は屈託がなく快活な雰囲気で男3を迎え、明るく幸せそうな家に思われるが、その後登場した男4が、「ママ」と呼ばれたり犬扱いをされたりすることでこの家の謎が一気に深まる。奥山・太田・石井の三人姉妹はいずれも結婚前の娘らしい瑞々しさで躍動しながら物語を牽引し、廣田は今でいうジェンダーレスな存在として様々な表情を見せ、『リア王』のセリフのシーンではこれまで数々のシェイクスピア作品を経験してきたさすがの演技で存在感を示す。
西本の演出は、まだ本作の稽古が始まって数日しか経っていなかったこともあるだろうが、あまり大きく派手な動きはなく、小さな動きやちょっとした視線の向け方などで心情や関係性を見せていくという、細やかさが印象的だった。役者たちとも内容についてディスカッションの時間を作り、全員が対等に意見交換をしているところが、同じ文学座という劇団員同士ならではのよい関係性だと感じられた。
竹内の書いた美しい日本語の台詞と、『リア王』『三人姉妹』のセリフのコラージュで作り上げられた不思議な世界観が面白く、それを文学座の俳優による巧みな台詞回しで心地よい響きとしても楽しめる。今を生きる人たちが30年以上前に初演された戯曲と向き合うというのも演劇の醍醐味の一つだ。先述した通り男4という役はジェンダーレスな部分があり(もっとも、性別のみではなく生物の種類まで飛び越えているのだが)、恐らくその点は今演じられることで、初演された当時以上により強い要素として浮かび上がってくるだろう。さらに言えば、劇中で引用される『リア王』は400年以上前、『三人姉妹』は100年以上前に書かれた台詞である。長きに渡って愛されてきた戯曲の持つ普遍性が、このカンパニーによってどのように舞台上に立ち上がるのか期待したい。
『宮城野』
時は天保八年秋の夕暮れ。場所は江戸麻布の色街(岡場所)の、さむざむとした座敷。天下の浮世絵師・東洲斎写楽の第子だという若者・矢太郎は、いつもとは変わった様子で娼婦・宮城野のもとを訪れている。二人の会話の、二人の人生の行く先とは。
『ひまわり』
リア王は「おとうさま」であることをやめ、三人姉妹は亡き「おとうさま」の面影に縛られ続ける。
ここではないどこかへ、モスクワへ、モスクワへ、モスクワへ──
「父」の不在を巡って万華鏡のように入り乱れる「劇」と「劇」。
あらゆる物語が解体されていく、私たちが立っている地も・・・。
西本由香(『ひまわり』演出)
今作の中には、『三人姉妹』や『リア王』のセリフがたびたび登場しますが、そうやって劇を重ね合わせることで、現実の中に虚構があるのではなく、虚と実の両方がお互いに影響し合い、支え合って存在しているという「劇」の構造を強く意識させる作品です。80年代に書かれた作品ですが、ここに描かれている問題は決して古びることがありません。この舞台を観劇することで、普段とは違う角度からこの世界を見ることができるのではないかな、と思います。
石井麗子(『ひまわり』出演)
この芝居をやりながら、実際に家族の中には役割分担があるな、と思いました。私自身、親の前では“娘”ですが、家に帰れば“妻”であり“母親”です。そうやって現実でも、みんなそれぞれに様々な役を演じているものなんだな、ということが感じられる作品だと思います。一見不思議な人たちの集まりですが、人はなぜ生きるのか、人はなぜひとりでは生きられないのか、といったことを笑いながら見つつ感じてもらえる作品だと思いますので、ぜひ気軽に見に来てください。
奥山美代子(『ひまわり』出演)
竹内さんの書く不条理劇は、他の不条理劇と比べて湿度が少し高いような、決して乾いた印象ではないように思います。子を捨てた親、親に捨てられた子が登場し、どれほど自分が愛されていたのか、もしくは愛されているのかを知りたいという根源的な人間の欲求が強烈に胸に迫るような芝居です。作品全体に流れているものは決して楽しいものではないかもしれませんが、お客様には喜んで見ていただけるものになると思います。
本作は11月17日から東京・文学座アトリエで上演される。
詳細は公式サイトで。
https://mukuge.blog.jp/
(文:ナミマノチドリ 監修:エントレ編集部)
文学座有志による自主企画公演
『宮城野』『ひまわり』
『宮城野』(リーディング公演)
【作】矢代静一
【演出】飯嶋佳保
【出演】目黒未奈、稲岡良純
『ひまわり』
【作】竹内銃一郎
【演出】西本由香
【出演】廣田高志、高橋克明、石井麗子、奥山美代子、太田しづか、武田知久、山岡隆之介、比嘉崇貴
2023年11月17日(金)~11月19日(日)/東京・文学座アトリエ
公式サイト
https://mukuge.blog.jp/