あなたにとって“思い出の味”は何ですか？“食”から始まる人情物語。ミュージカル「深夜食堂」観劇レビュー

ミュージカル「深夜食堂」舞台写真あなたにとって“思い出の味”は何ですか？“食”から始まる人情物語。ミュージカル「深夜食堂」観劇レビュー

まず始めに、とても静かな雰囲気で、ゆっくりとした時間が流れる『深夜食堂』を舞台化することのイメージが私にはあまり想像が出来なかったのですが、加えて“ミュージカル”であると聞いて、かなりビックリしました。ですが同時に、「これは今までになかった新たな化学反応が起りそうだぞ！」という期待も膨らみました。（しかも生バンドです！）

本作の原作となるのは、第39回日本漫画家協会賞大賞を受賞した安倍夜郎の同名マンガ。ドラマとして3シリーズ、映画として2シリーズが製作されただけでなく、NETFLIXを通して世界配信され、今もなお大ヒットを続けています。

ミュージカル「深夜食堂」舞台写真

舞台となる食堂「めしや」が店を構えるのは、新宿の路地裏。営業時間は深夜0時から朝7時まで。人々は看板も出さず営業するこの場所を『深夜食堂』と呼び、皆それぞれに色んな事情を抱え、マスターが作る素朴な料理を求めて日々、食堂に訪れます。そんな“食”から始まる人々の人生を見守って、時にどこか共感し、じんわりと心温まる人情物語です。

ミュージカル「深夜食堂」筧利夫

今回、『深夜食堂』のマスターを演じるのは筧利夫さん。目の上に意味深な傷跡があるせいで強面に見えますが、食堂を訪れるお客さんの話を黙って聞き、彼らが望む料理は出来るものならなんでも作って出してくれます。
しっとりとした落ち着いたお芝居の中に、軽快さやユーモアをトッピングするのが筧流。
お客達が腹を割って話したくなる、包容力満点のマスターに仕上がっていました。

夜は、なんとなく寂しくなるものであり、「皆、誰かが恋しい」。（言い回しは違えど）劇中に何度か登場する言葉です。だからこそ、マスターのように、ただ話を聞いてくれる、何でも話したくなるような人が必要であり、疲れた一日の最後に心癒やされる場所が必要なのです。『深夜食堂』が満たしてくれるのは空腹だけではなく、生きているうちに無意識に空いた心の穴も静かに埋めてくれる存在。マスターは、この食堂を「（来てくれる人々の）心の止まり木」だと話します。・・・とりあえず、近所に欲しい！！（笑）

ミュージカル「深夜食堂」エリアンナ

食堂を訪れるお客さんは様々。
28年間ゲイバーを営んできた40代後半の小寿々（田村良太）。
男に惚れやすく飽きやすい、セクシーな色気を放つストリッパー・マリリン（エリアンナ）。
長年ストリップを見続け、今はマリリンに首ったけの忠（藤重政孝）。
見た目は怖いが実は情に厚い暴力団幹部・剣崎竜（小林タカ鹿）。

ミュージカル「深夜食堂」AMI

口は悪いが兄貴思いで人懐こい部分も持ち合わせる、竜の舎弟・ゲン（碓井将大）。
売れない歌手・千鳥みゆき（AMI）。
そして、お茶漬けが大好きで通称「お茶漬けシスターズ」と呼ばれる3人組・梅（壮一帆）、鮭（谷口ゆうな）、明太子（愛加あゆ）。
他にも何人か個性的なお客達が登場するのですが、すべて俳優陣が何役も掛け持って演じて行きます。

ミュージカル「深夜食堂」碓井将大、小林タカ鹿

ミュージカル「深夜食堂」舞台写真

「料理と同じように、人生にも色んな味がある」（こちらも劇中のセリフ。とにかく、心に染みる名言が多い！）
その人生に寄り添うように、お客達が頼む料理にはそれぞれの“思い出”に残る物語があります。その物語がバラエティ豊かなミュージカルナンバーを交えて丁寧に語られて行くのですが、どのエピソードも切なく美しく、感動します。ついでに、お腹も空きます（笑）。セリフで料理の想像をかき立てられるというのもあるのですが、なんと、リアルに料理の匂いがしてくる場面があるんです！私の気のせいなどではなく、本当にかなり良い匂いが漂ってきます！視覚、聴覚だけでなく、“嗅覚”でも楽しめるミュージカルは新鮮！舞台を観てお腹が空いてくるというとても面白い体験が出来ました（笑）

ミュージカル「深夜食堂」舞台写真

劇中の登場人物達と同じように、私にもあなたにも人生における“思い出の味”が一つは存在するはず。自分にとってそれは一体何で、そこにはどんな物語があるのか。もう一度自分の人生を見つめ直したくなりましたし、普段何気なくしている“食べる”という行為をもっと大切にしたいと思いました。
毎日を頑張って生きるすべての人々に、また明日を生きていくきっかけを与えてくれる、「ずっとそこにあるふるさと」・『深夜食堂』。
一度訪れたら、きっとあなたも常連になりたくなること間違いなしの本作は、11月11日（日）まで、新宿シアターサンモールにて上演しています。

ミュージカル「深夜食堂」藤重政孝

『深夜食堂』דミュージカル”。一見異色のコラボレーション。是非、どんな化学反応が起こっているかを体感しに劇場に足を運んでいただきたいと思います！！

（文：越前葵）