「無口な少女の唯一の楽しみは 父がのこした古いレコードを聴くこと」
「部屋に閉じこもっていた少女が 歌の力で人生を切り拓いていく 感動のストーリー」
…そんなうたい文句から、紋切り型のアメリカンなサクセスストーリーを想像して客席に座った自分を懐かしく思います。このお芝居は、そんな生やさしいお話じゃ決してありません!
一見して、往年の名曲に彩られた華やかなショーシーン、生バンドの演奏に乗せキラキラの衣装で歌い踊る大原櫻子さん(可愛い!)、は眺めているだけで楽しく、自然と口角が緩んで気づいたら体が拍を取ってしまうザッツ・エンターテインメント!な作品なのですが。
その裏で流れる物語の低音部分、安蘭けいさん演じる主人公の母親マリーの報われない人生、唐突な暗転、中断される音楽、鳴り続ける電話、父親の不在…どうしようもない悲惨な運命の予感が、和音となって登場人物たちの人生を、喜劇とも悲劇ともつかない、寓話的な物語へ昇華させていきます。
とにかく地味で可愛いリトル・ヴォイス、大原櫻子さん!
物語の高音部分を担うのは、大原櫻子さん演じるヒロインのリトル・ヴォイス(LV)。消え入りそうな小声でしか話さない彼女に、母親がつけたニックネームが「リトル・ヴォイス=LV(エル・ヴイ)」。
引きこもり、おどおどした態度、少なすぎる台詞、野暮ったい部屋着、猫背で登場する彼女を見て観客は、「後半で大スターに変身するためのギャップ作りね、ハイハイ」…なんて事は、間違っても思いません!
だって、その冴えない(LV)の一挙手一投足が、目が離せないくらい可愛いんです!!!
急な階段を降りる時の不安げな表情、ギュッと握りしめたズボンの裾、椅子の上で膝を抱えて座った時のホッとした横顔。そして何より、部屋で一人きりレコードを聞く時の、誰にも見せないくつろいだ笑顔!ベッドの上でターンテーブルをみつめる幸福そうな彼女の微笑みから、銀河劇場746人の観客は目が離せません!
こんな彼女に、誰が「スターになって欲しい!」なんて望むものですか。そのままでいて僕らの(LV)、どうか変わらないで…。
そんな観客たちの願いもむなしく、彼女の「才能」という業が運命の歯車を回してしまいます。
物語をドライブする、もう一人の主人公、母親マリー役の安蘭けいさん!
物語序盤、いえ、最後まで通して主人公のリトル・ヴォイスは、あまり台詞を喋りません。じゃあ、誰が代わりに喋るのか…それがもう一人の主人公、というかむしろ本当の主人公と言ってもいい、(LV)の母親、安蘭けいさん演じるマリーです。
酒好き、男好き、怠け者、家事はしない、だみ声で下品…「女の腐ったようなの」を地で行くマリーは、寡黙な(LV)の代わりに、とにかく大声で喋りまくります。目につく物、思ったこと、人生の恨みつらみ、脈絡なく誰かれ構わず、裏表もなくまくし立てる彼女。
誰もが嫌いになるようなキャラクター造形のマリーですが。物語が進むにつれ、彼女が愛おしくて仕方なくなります。これには、演じる安蘭けいさんの演技力…それ以上にご本人から滲み出る、「人間臭さ」と「品格」に依るところが大きいと感じました。おかしな言い方ですが、あんなに品のある「下品さ」は見たことがありません。真似しようとして真似できる類の演技じゃないんです。すごい!
マリーの、どこまでもポジティブで、かつそれが絶対に報われない所以たる愚かさは、滑稽で笑いを誘います。そして、それはどう考えても、可愛い(LV)の未来の姿を暗示しています。
神様!僕らの可憐な(LV)、可愛い(LV)をどうかマリーのような運命にしないでください!誰か、この茨の城から、引きこもりのお姫様を助けに来て!
その願いを聞き届け、(LV)の運命を変える王子様たちを次々招き入れるのも、実は彼女、母親マリーでした。このお芝居は、徹頭徹尾マリーの行動によってドライブされていくんです。その意味で、今作の主人公はマリーと言っても過言じゃありません。
母娘に関わる男たち、傍らで見守る名脇役セイディ!
回り始めた運命のターンテーブルに乗って、母娘の元に次々と男たちがやってきます。(LV)の才能を見出し、芸能界に売り出そうとするプロモーターのレイ(高橋和也さん)。(LV)に恋する電話屋で照明家の青年ビリー(山本涼介さん)。クラブ支配人のミスター・ブー(鳥山昌克さん)。
男たちに翻弄され、時に背中を押してもらい、支えられながら、鳥籠の中にいるような生活から脱出を試みる母娘。ですが、僕が注目したいのは彼らじゃありません。いつも母娘の傍にいて、何をするでもなくただ話を聞き寄り添うだけの存在、マリーのちょっとおバカな女友達セイディです。
池谷のぶえさん演じるセイディは、とにかくおバカです。マリーの調子のいい言葉に乗せられて、代わりに家事をさせられたり、レイの相手をさせられたり。ですが、マリーが男に捨てられた時の泣き言も、リトル・ヴォイスが窓辺で一人歌っている時も、セイディだけが微笑みながらそれを聞いてあげているのです。
劇中、一度でも(LV)を物理的に抱きしめるのはセイディだけだし、ボロボロに打ち捨てられたマリーを最後まで見捨てないのもセイディただ一人です。この物語では、ずっと「父親の不在」が明示的に描かれ続けますが、その対になる「母親の不在」はセイディが埋め続けています。
その事に、他の登場人物たちは誰一人気付きません。でも銀河劇場746人の観客は全員、彼女の優しさに気が付きます。ともすると悲劇的になりそうな物語を、セイディのある意味冷めた視点、ロングショットの目から捉えることで喜劇的な味わいに変えているんです。
劇中盤、リトル・ヴォイスの歌声を、たった一人気づかれずに聞いている時のセイディ=池谷のぶえさんの楽しげな顔!個人的に、このお芝居で一番のお気に入りシーンです。注目してください。
舞台美術、翻訳、衣装に託された演出、観客を信じて仕掛けられた物語の伏線!
キャストの話に終始してしまいましたが。今作は舞台美術、翻訳、衣装、照明、音楽、すべてが素晴らしい…というか、仕上がっています!
(LV)の部屋、マリーのいる居間、キッチンの3部屋で、常に同時進行で物語が進む、多層的な演出を支える舞台美術。台詞を喋っているメインのレイヤーは、1部屋にとどまりますが、他の2部屋でも、人物たちが一秒の間もなく、表情をくるくる変えて演技を続けています。
家の壁紙には大きなシワが寄り、後半でアイロンをかけられない衣装のイメージと巧みにリンクしていくし、(LV)の部屋の窓辺シーンは、血縁に縛られて死んだロミオとジュリエットのバルコニーを否が応にも連想させます。さらに今回驚くべきは、回転する「舞台自体」が感情を表現するようなシーンがあることです。
また、キッチンで散々電化製品を使っているのに、(LV)がレコードを大音量で鳴らしたくらいで、電気のヒューズが飛ぶわけないだろ…というツッコミは大変に野暮です。音楽のボリューム増にあわせて突如照明が暗転するという現象のリフレインは、この「リトル・ヴォイス」というお芝居の中心にあるテーマを説明する、寓話的な装置だからです。
一回ですべてを見尽くすのは無理!
勢いで長文まくし立ててしまいましたが。
とにかくこの「リトル・ヴォイス」、見るべき箇所が多すぎて、目が2つじゃ足りませんでした。一回ですべてを見尽くすのは無理です。とても贅沢な、「演出意図」の山盛りパフェです。二度三度、劇場に足を運ぶ他ありません。
ですが、まったく苦痛ではありません。大原櫻子さん演じるリトル・ヴォイス(LV)の可愛さ、それが無残にも華麗に弾ける歌唱シーンのエンターテインメント…何ステージ見てもお腹いっぱいにならなそうです。
リトル・ヴォイス(LV)可愛い!
リトル・ヴォイス(LV)の小さい声可愛い!
リトル・ヴォイス(LV)可愛い!
異論反論は受け付けません。
リトル・ヴォイス(LV)可愛い!
(文:イトウシンタロウ)
舞台「Little Voice(リトル・ヴォイス)」
作:ジム・カートライト
演出:日澤雄介
翻訳:谷 賢一
【出演】
大原櫻子 リトル・ヴォイス役
安蘭けい その母、マリー・ホフ役 山本涼介 ビリー役
池谷のぶえ セイディ役
鳥山昌克 ミスター・ブー役/電話会社職員役
高橋和也 レイ・セイ 役
2017年5月15日(月)~5月28日(日)/東京 天王洲 銀河劇場
2017年6月3日(土)~4日(日)/富山県民会館 大ホール
2017年6月24日(土)/北九州ソレイユホール
公式サイト
舞台「リトル・ヴォイス」