ミュージカル『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』が、2月7日からシアタークリエにて開幕しました。
本作は、アリソン・ベクダルによる2006年の同名自伝的グラフィックノベルを原作とするミュージカル。ベクダル自身のセクシュアリティ、父親との関係、そして父親の人生を取り巻く謎をめぐる物語で、ブロードウェイ史上初のレズビアン女性を主人公とする作品です。トニー賞12部門にノミネートされ、ミュージカル作品賞を含む5部門を受賞。2016年グラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞にノミネートされるなど、非常に高い評価を得ている作品です。
今回日本で上演されるにあたり、多くの役者が「この人の演出を受けたい!」と希望する、気鋭の演出家・小川絵梨子さんが演出を担当。本作で初めてミュージカルの演出に挑戦されるということで、こちらも注目したいポイントです。
(子供キャストはWキャストですが、観劇時の配役は、小学生のアリソン:笠井日向 クリスチャン:楢原嵩琉 ジョン:阿部稜平)
主人公アリソンの回想を通して見えてくる父の姿とは……
劇場に入ってまず目に飛び込んでくるのが、深いグリーンを基調とした美しい壁紙が印象的な“HOME”。屋根と煙突の形に切り取られた枠組みが、どこかアットホームでかわいらしい印象も与えます(ちょっと、サザエさんのエンディングに出てくる家みたい、と思いました)。この大きな家の中で、様々な時空を移動し物語は進んでいきます。
ミュージカル「FUN HOME」印象的な舞台美術 写真提供/東宝演劇部
主人公の43歳のレズビアンの漫画家、アリソンを演じるのは瀬奈じゅんさん。白いシャツにジーンズ、赤いスニーカーに黒縁メガネの姿がとにかくスタイリッシュでかっこいい!シンプルでラフな出で立ちでありながら、その存在感に引き込まれます。
ミュージカル「FUN HOME」瀬奈じゅん 写真提供/東宝演劇部
物語は、現在のアリソンが父親との関係性を振り返りながら、それを“漫画として描く”ところからスタート。観客はアリソンと共に、彼女の過去、そして現在のアリソンと同じ43歳のときに自殺した父親のブルースを巡る旅に出ます。
ミュージカル「FUN HOME」吉原光夫 写真提供/東宝演劇部
ゲイであることを隠しながら生きてきたアリソンの父親・ブルースを演じるのは、数々のミュージカルで大役を演じてこられてきた吉原光夫さん。
ブルースの持つ繊細さや神経質さ、こだわりの強さが仕草の一つ一つから伝わってくると同時に、子供を愛する姿、孤独感、そして世間体を気にするあまりどこか攻撃的になってしまう姿など、彼の持つ“いくつもの顔”に目が離せなくなります。
ミュージカル「FUN HOME」瀬奈じゅん、吉原光夫、笠井日向 写真提供/東宝演劇部
ベビーシッターとして雇った元教え子のロイ(上口耕平)に、少し不器用に迫るシーンにはドキドキさせられたり……。
ミュージカル「FUN HOME」吉原光夫、上口耕平、瀬奈じゅん 写真提供/東宝演劇部
ブルースって、一体どんな人なんだろう?もっと彼の“本当”が知りたい――、と、気が付けばアリソンと共に探るように注視している自分がいました。
子供たちが魅せる!必聴のナンバー
大人キャスト陣が素晴らしいのはもちろんのこと、なんといっても子供たちの存在がとっても魅力的なのがこの作品の見どころ!
小学生のアリソン(笠井日向)、アリソンの弟たち(楢原嵩琉、阿部稜平)が歌う、「Come to the Fun Home」はとにかく明るく楽しい盛り上がるナンバー!
ミュージカル「FUN HOME」笠井日向、楢原嵩琉、阿部稜平 写真提供/東宝演劇部
自分たちの家が営む葬儀屋の“CMづくりごっこ”としてこのナンバーが流れるのですが、とにかく子供たちから発せられるパワーがすごいっ…!その小さな体で舞台を縦横無尽に駆け巡り歌い踊る姿に、思わずブラボー!と叫びたくなりました。ジャクソン5を彷彿とさせるノリノリのナンバーなので、ぜひここは客席で手拍子をしながら盛り上がっていただきたいところ。
ミュージカル「FUN HOME」瀬奈じゅん、笠井日向 写真提供/東宝演劇部
この幼少期のアリソンを演じる笠井日向さん、真っすぐな力強い瞳がとても印象的で、とくにアリソンが初めてレズビアンの女性を見たときの昂ぶる気持ちを歌ったナンバー、「Ring of Keys」は必聴。
ピンクのワンピースが象徴するような“女の子らしさ”を求められることに納得がいかなかったアリソンにとって、ショートヘアーにジーンズ、ブーツ姿で目の前に現れた女性は、まさに押し付けられたジェンダー像から解放された“自分が求める自己像”であり、その“共感”と“憧れ”が綯い交ぜになったような気持ちを瑞々しく歌に載せて表現する姿に、きっと胸が熱くなるはず。彼女の心の震えは、思春期の頃に衝撃を受けた音楽、映画、アーティストとの出会い、そういったものと共通するような、“心に電流が走る”瞬間を呼び起こしてくれるシーンでもありました。
大学時代のアリソンを演じる大原櫻子さんは、その伸びやかな歌声とエネルギッシュな芝居で若者アリソンを好演。自身がレズビアンだと自覚したアリソンは大学でゲイサークルに参加し、そこで出会ったジョーン(横田美紀)と初めて恋に落ちます。
ミュージカル「FUN HOME」大原櫻子、横田美紀 写真提供/東宝演劇部
“若気の至り”という言葉がぴったりくるような、勢いのままジョーンとの恋に燃え上がるアリソンの姿はどこか滑稽でもあり、そんな様子を大人アリソンが「あちゃ~~」という表情で見つめている姿もちょっぴり愉快。恋の歓びをダイレクトに表現するナンバー「Changing My Major」では、そのユニークな歌詞にもぜひ注目してみてください。
ミュージカル「FUN HOME」大原櫻子、横田美紀 写真提供/東宝演劇部
アリソンの母であるヘレン(紺野まひる)もまた一人苦悩を抱えている人物。夫が実はゲイであること、警察沙汰になる問題行動を起こしていることに傷つき、娘の突然のカミングアウトに戸惑いながらも必死に「このピカピカな家に住む素敵な家族像」をどうにか守ろうと葛藤する姿には心を打たれます。“世間体”という檻から、私たちはどうしたら逃れられるのか、逃れられないのか――、そんなことを考えさせられる場面でもありました。
ミュージカル「FUN HOME」大原櫻子、紺野まひる 写真提供/東宝演劇部
親子だからこそ向き合えない“領域”
ずっと「補足説明」をしながら“過去”を外側から見つめていた大人アリソンが、現在の姿のまま父親と対峙するドライブのシーンでは、アリソンの焦燥感や二人の間を漂うどこか不穏な空気に観ているこちらも胸が苦しくなり、親子だからこそ向き合えない領域があるのだ、と感じさせられました。この場面で吉原ブルースと瀬奈アリソンの並んだ姿が、あまりにも“親子”だったので、なおさらその心の距離が切なく感じられて……。(そして、このキャスティングを考えた方、天才!と思った瞬間でもありました)
ミュージカル「FUN HOME」瀬奈じゅん、吉原光夫 写真提供/東宝演劇部
ブルースがなぜ自殺したのか――、そこのことが直接描かれるわけではありません。
私たちは、アリソンの記憶を通して、ブルースの気持ちを“想像”するしかない。
でも、どんなに近しい間柄の関係でも、いつだって私たちは自分の以外の人間の気持ちなんて、“想像”することしかできないのかもしれません。
最後にアリソンが放った台詞に、とても美しい終着点を見たような気がしました。
ミュージカル「FUN HOME」瀬奈じゅん、吉原光夫、笠井日向 写真提供/東宝演劇部
観終わったあとに、「家族って何だろう?」という普遍的な問いと共に、「大事な人に、伝えたいことは伝えなくちゃ…!」という気持ちが沸々と湧いてくるような本作。
折しももすぐバレンタインデー、ということで、2月10日~14日までと称し、プレゼント抽選会やトークセッションなど、イベントも開催される模様。(詳しくはこちらのページをご覧ください)
この繊細な“家族”の物語を、ぜひ劇場で体感していただきたいと思います。
(写真提供/東宝演劇部 文:古内かほ)
ミュージカル「FUN HOME」
原作:アリソン・ベクダル
音楽:ジニーン・テソーリ
脚本・歌詞:リサ・クロン
翻訳:浦辺千鶴
訳詞:高橋亜子
演出:小川絵梨子
ブルース:吉原光夫
大学生のアリソン:大原櫻子
ヘレン:紺野まひる
ロイ:上口耕平
ジョーン:横田美紀
小学生のアリソン:笠井日向 / 龍杏美
クリスチャン:楢原嵩琉 / 若林大空
ジョン:阿部稜平 / 大河原爽介
《公演情報》
2018年2月7日(水)~26日(月)/東京・シアタークリエ
2018年3月3日(土)・4日(日)/兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
2018年3月10日(土)/愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
公式サイト
ミュージカル「FUN HOME」