何もかもを信じられなくなってくる・・・ 片岡愛之助 舞台「デストラップ」観劇レビュー
「デストラップ」に出演する片岡愛之助何もかもを信じられなくなってくる・・・ 片岡愛之助 舞台「デストラップ」観劇レビュー
このレビューを書いているのは観劇直後なのだが、今この時点で、何もかもを信じられなくなっている。
劇中の物語が展開していくたびに、時間、場所、登場人物、感情すべてがわからなくなってしまったのだ。
そしてチラシを手に取り、「デストラップ」というタイトルを改めて見て、ぞっとした。
ものがたりの舞台はブロードウェイの劇作家シドニー・ブリュール(片岡愛之助)の自宅。
シドニーはかつてミステリー劇を大ヒットさせていたが、今や4作連続の失敗。妻マイラ(高岡早紀)のなぐさめにもすっかり気落ちしていた。
そんな彼のもとにクリフォード・アンダーソン(橋本良亮)という教え子から処女作「デストラップ」という脚本が届いた。
その作品の質の高さにシドニーはクリフォードを殺害して作品を奪う決意をするのだが。
そこに謎めいた予言をする霊媒師ヘルガ(佐藤仁美)、一癖ある弁護士ポーター(坂田 聡)も加わり、事態は思わぬ方向に・・・。
どんでん返しにつぐどんでん返し、巧みな伏線と見事な構成。
そしてものがたりは衝撃的なクライマックスを迎えます!
アラン・レヴィン氏が1978年に発表した、戯曲「デストラップ」は、同年ブロードウェイで開幕し、のちに映画化、今日まで世界各国で上演され時代や国境を超えて愛され続けている作品である。
そして今回、ヒットメーカー福田雄一氏による翻訳・演出で「デストラップ」が蘇る。
日常の延長のように、何気ないシーンから物語は始まる。
アドリブなのか、アドリブのように見せた演出なのか判断はできないが、
物語の世界に絶妙なさじ加減で、現実の世界を垣間見せてくれるような、ファン心をくすぐるシーンや、実力派の役者陣が魅せる長ゼリフと表現力に舌鼓を打つ時間が過ぎていく。
物語が進んでいくにつれて、笑う準備をしていなかった場面で笑ってしまう瞬間があった。
そしてそこではっとした。
この作品は「デストラップ」。このまま観客としてぼんやり観ている場合ではないことに気がつく。伏線やヒントが思わぬところに散らばっていることにどんどん気づかされるのだ。
「あっこれ知ってる~」なんて喜んでいる場合ではない。
それは明らかに、「デストラップ」が我々観客側に仕掛けた「トラップ=罠」だった。
人間の感情には、喜び・怒り・悲しみ・驚きなど、それぞれを指す言葉が当てはめられているが、本来感情というものに明確な区切りはないように思う。
悲しみと怒りの間のような感情、驚きと喜びが同時に湧き上がってくる感情、また、顔では笑っていながら心の中では悔しさに溢れている場合、というようなことも時に起きる。
このような、はっきりと表せない感情や相反する感情が体の中で駆け引きしているような表情が、片岡愛之助さんが演じる落ち目の劇作家には多くあるように感じた。それは紙の上に人間を生み出すともいえる劇作家としての宿命なのだろうか。
たとえば能面の般若は恨みや復讐心を表す面ではあるが、笑う時と同じように口角が上がっているという。劇作家のこの表情は何を表すのか。
そんな劇作家の教え子を、橋本良亮さんが演じる。
橋本さんは、ゲネプロ前の取材時に「愛之助さんに負けないように」「(実力派の共演者の)サスペンスの部分と福田さんのコメディー部分のギャップがすごくて、そこにも負けたくない。」と発言されていた。
筆者個人の意見だが、現実世界でのそういった感情が「デストラップ」の世界での青年像が生まれたひとつの要素なのかもしれないと感じた。またはその逆で、役が本人の一部となったのだろうか。そう思ってしまうほどに、舞台上での教え子が本物だったのだ。
ただその場にいるだけで皆が欲しがるものを手に入れてしまう人間がいる。
才能と魅力を併せ持ち、怖いものなどないように見え、何もしなくても人を惹きつけるような人間が。
橋本良亮さん演じる教え子は、そんな人物に思えた。
そんな人間を目の前にしたら、人はどうするのだろうか、
心から愛し、独占したいと感じるだろうか。あるいは憎しみを覚えるのだろうか。
「支える妻というより寄り添う妻。」(取材時の高岡さんの発言)という言葉の通り、本当の強さとは何かを教えてくれる美しい人だった。また、女優・高岡早紀さんの“あんな姿”を観られるのはこの「デストラップ」が初めてだろう。
佐藤仁美さん演じる霊媒師、坂田聡さん演じる弁護士は、唯一の安心感を与えてくれそうなおふたり。いわゆる用意された笑いを無条件にくれそうな雰囲気。事実、それは正しいと思う。
だが、それだけでは済まないのが福田ワールド。油断はできない。
なんといっても一番の見所は大どんでん返しの連続。
最後の最後まで、何度も心臓がひっくり返りそうになる。
すべてのシーンがどこかに繋がっているといっても良いくらいに伏線が張り巡らされているし、構成が絶妙。
また、巧みなサスペンス部分はしっかりドキドキさせられるのに、散りばめられたコメディ部分にもどうしようもなく反応してしまうのが悔しい。
取材時に、片岡愛之助さんが「笑いにもいろんなパターンがあり、真剣にすればするほどおもしろいこともある。」と発言された。
たとえば人間が何かに必死になっている様子は、本人にとってはシリアスであっても、客観的に観ている立場からすればそれはどこか滑稽に思える場合がある。
でも、それって実はとても恐ろしいことではないだろうか。
つまり、その必死になっている物事が殺人であれば、殺人という出来事を意図せず笑ってしまっていることになる。そしてこの「デストラップ」こそ、殺人というサスペンスに笑いという要素が加わったサスペンス・コメディなのだ。
さらに恐ろしいのは、このサスペンス・コメディを笑う役割を担うのが我々観客だということ。
このように、舞台上のみならず我々観客まで含めて、ひとつの恐ろしくも可笑しな世界を成立させられてしまったということになる。
こんなにさりげなく共犯者のような気持ちにさせられるとは。
そしてそれでも笑わされてしまうとは。
そのことに気がついた時の後味の悪さが なんともオツなもので、してやられた気分である。
この感覚は、“福田監督の「デストラップ」”だけでしか味わえないものだと思う。
しばらくは「デストラップ」の世界から抜け出せそうにない。
「デストラップ」演出の福田雄一、出演の佐藤仁美、片岡愛之助、高岡早紀、坂田聡
(撮影・文:志田彩香)
舞台「デストラップ」
【原作】 アイラ・レヴィン
【翻訳】 福田雄一
【出演】 片岡愛之助、橋本良亮、高岡早紀、佐藤仁美、坂田聡
【公演スケジュール】
2017年7月7日(金)~7月23日(日)/東京・東京芸術劇場プレイハウス
2017年7月26日(水)/静岡・静岡市民文化会館 中ホール
2017年8月1日(火)/刈谷市総合文化センター 大ホール
2017年8月3日(木)~8月6日(日)/兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
公式サイト
舞台「デストラップ」