2015.12.21 

国家権力に対峙する人間の小さな抵抗/舞台「ライン(国境)の向こう」観劇レビュー


ラインの向こう 舞台写真
舞台「ライン(国境)の向こう」舞台写真 左から 浅井伸治(劇団チョコレートケーキ)、清野菜名、寺十吾(tsumazuki no ishi)、高田聖子(劇団☆新感線)、近藤芳正(バンダ・ラ・コンチャン)、戸田恵子、谷仲恵輔(JACROW)、小野賢章 撮影=池村隆司

 

国家の事情に翻弄されるのは、いつだって国民である。その最たるものは「戦争」であろう。日本はあの日を境にして、戦争という悲劇とは無縁だと思ってきた。日本が無条件降伏によって敗戦したからである。

しかし、もし降伏せずに本土決戦に突入していたならば何が起こったか?

劇団チョコレートケーキは、歴史事実を丹念に掬い取り、その渦中に生きる人間を劇化してきた。今回の公演は、俳優・近藤芳正のユニットであるバンダ・ラ・コンチャンとの合同公演である。歴史を踏まえながらも、これまでとは違い「もしも」を強く押し出した本作は、国家権力に翻弄される市井の人々の戸惑いと混乱、そしていかにしてそれを乗り越えるかを提示した。

 

国境線で分断される集落

本作のキーワードは国境線である。ポツダム宣言の受諾を拒否して本土決戦に突入した結果、日本は関東以南から四国、九州はアメリカが占領する日本国(南日本)に、東北以北と北海道はソビエトが支配する日本人民共和国(北日本)へと分割統治された。これにより、日本は資本主義と社会主義という、社会体制の異なる2つの国となった。

舞台は、2つの国が国境線で別れる山奥の集落。そこには、高梨家と村上家がある。両家の娘が互いの家長に嫁いだ、親戚同士である。彼らは、祖父の世代が苦労して開墾した田畑を協同で運営し、生活していた。しかしながら、無慈悲に引かれた国境線により、高梨家は南日本に、村上家は北日本に属することになった。

分断されてはいるものの、両家は家族である。互いの国境線を越えて行き来し、親交を深めてきた。一方、国境線には両軍の兵士が1人ずつ見張りを行っている。たが、山奥の田舎集落であるため、軍本部の監視は届かない。それに、第二次大戦後にようやく訪れた平和である。そういったこともあり、彼らは互いに敵であるにもかかわらず、仲良く世間話をする間柄だ。だから、高梨、村上両家が行き来することにも目をつぶっていられる。

物語は村上家の長男、義男(浅井伸治)が北日本軍から脱走し戻ってくることから動き出す。彼は両軍が攻撃し合い、戦争が始まったことを家族に告げる。そして、南日本に亡命することを提案する。時は1950年。義男の存在は、北日本からすれば裏切りの脱走兵であり、南日本に属する高梨家に出入りすれば、スパイと見なされる恐れがある。どちらにも属せず宙吊りになった義男を、両軍の国境兵士にいかに見つからないようにするかに苦心しなければならない。田舎のために、今すぐに軍隊が侵攻するわけではない。とはいえ、国境線をまたいで2つの家族が分断されているために、いざ戦争になれば状況を複雑にする。国境線が、小さな集落を戦争の前線にしてしまうのだ。この現実に、人々はいかに直面し対処するのか。これが本作の劇構造である。

 

隠された差別意識が貌を出す

舞台の設定が、朝鮮戦争や東西ベルリン、パレスチナ問題といった、歴史的な戦争や現在まで続く紛争の問題に重ねあわされていることは明らかだ。劇作家・古川健は、現実を喚起させる寓話を込めた。また、このところはきな臭いナショナリズムが幅をきかせがちになっている。そんな雰囲気を敏感に嗅ぎ取ったからこそ、戦争の当事者を日本にしたのであろう。つまり、「もしも」のシミュレーションは決して終わった歴史の改変ではなく、排外主義的な気分が蔓延した結果に行き着く、未来の日本であるかもしれないのだ。ここには、明確な危機意識がある。

恣意的に引かれた国境線は、平時では無視できたかもしれない。しかし、実際に事が起これば、境界線は各人の心理にも作用してしまう。義男の希望通り、高梨家でかくまうことで南日本に入れさせようとする高梨一郎(近藤芳正)と、貴重な跡取り息子として何としても北日本に留まらせたい父・村上喜作(寺十吾)のやりとりがある。親戚者同士、いかに家族を最善の方法で守るかが話の焦点であるにもかかわらず、一郎と喜作は、それぞれの国家の事情を背負いだして、互いに憎んで激しい口論へと発展する。恣意性が何をどうしても動かせない、アイデンティティーになってしまうこと。それを拠り所にして排他的になってしまうこと。この露呈が恐ろしい。極端な状況になれば、普段は隠されていた差別意識が頭をもたげるのだ。

自他を分ける境界線の意識がむきだしになり、はげしく相手を排除して解体した2つの家族関係。それを救うのはやはり、家族という極小の共同体である。両家が共に手を携えて、すなわち北と南といった分断を超えて連帯し、国という大きな存在に対峙する。互いにいがみ合うのではなく、国境線を引いた国家に真正面から向き合って戦う。これが本作のハイライトだ。

家族の崩壊と再生と聞くと、いかにもキレイごとのお話のように思えるかもしれない。だが、共同体を形成するのは、一人ひとりの個人である。国家の操り人形にされないためには、小さいながらも各人の自立した小さな抵抗が実を結ぶのだ。そのことが丁寧に描かれている。

 

笑いを交えて人間ののびやかを表現

近藤芳正、戸田恵子、高田聖子(劇団☆新感線)といった、メディアにも登場するキャストが、登場人物に説得力を持たせるさすがの演技。公共劇場の製作のような内容とキャスト陣である。現在のチョコレートケーキの勢いを如実に感じさせる。

これまでの劇団公演では、重厚なテーマを重厚そのままに上演する独特の緊張感があった。本作には所々に笑いが差し挟まれており、そのことも以前との違いとなっている。合同公演がそうさせたのか。近藤たちによって担われるそれらシーンに、過去に客演歴のある谷仲恵輔(JACROW)が堂々と加わって、劇のテンポを作る。
チョコレートケーキの面々では、北日本軍の国境線監視官役の岡本篤が印象的。穏やかな人柄から豹変する彼が、劇後半に訪れる変調を生み出す。その際に当てられた照明が、冷酷さをたたえた軍人の本性を可視化する。演出の日澤雄輔はそういった効果を登場人物にほどこして、人間の生々しさを顕にする。

本作は、劇団の活動をまた一つ押し上げた。

12月27日まで東京劇術劇場シアターウエストで上演される。
(2015年12月19日ソワレ)

 
舞台「ライン(国境)の向こう」公式サイト
ぴあでチケットを購入
icon

(文:藤原央登)

 シェアする

 ツイート

 シェアする


公演情報

劇団チョコレートケーキ with バンダ・ラ・コンチャン
舞台「ライン(国境)の向こう」

【脚本】古川健 【演出】日澤雄介
【出演】
戸田恵子 高田聖子(劇団☆新感線) 小野賢章 清野菜名
浅井伸治 岡本 篤 西尾友樹 (劇団チョコレートケーキ)
谷仲恵輔(JACROW)/寺十 吾(tsumazuki no ishi)/近藤芳正(バンダ・ラ・コンチャン)

【日程】2015年12月17日(木)~27日(日)
【劇場】池袋 東京芸術劇場 シアターウエスト

舞台「ライン(国境)の向こう」公式サイト
ぴあでチケットを購入
icon

最近の記事

ミュージカル ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド
長谷川寧が演出 ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』2024年2月に帝国劇場で上演
ブロードウェイ・ミュージカル『トッツィー』
山崎育三郎がドロシー・マイケルズ役で出演 ブロードウェイ・ミュージカル『トッツィー』2024年1月から日生劇場ほかで上演
GANMI×宝塚歌劇OG DANCE LIVE『2STEP』
客席も立って騒いで GANMI×宝塚歌劇OG DANCE LIVE『2STEP』に沸き立つ会場/東京公演が開幕
千穐楽 05月26日(金) 〜 06月04日(日)
東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『勧進帳』
人気演目 5年振りの再演 東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『勧進帳』9月1日から東京芸術劇場 シアターイーストほか各地で上演
公演日程 09月01日(金) 〜 11月05日(日)
『俺たちのBANG!!! ~大劇場を占拠せよ~』
芝居と迫力のパフォーマンスで劇場を席巻!少年忍者・初単独公演『俺たちのBANG!!! ~大劇場を占拠せよ~』観劇レビュー
公演中 05月06日(土) 〜 06月17日(土)
『BACKBEAT』撮影:岡千里
戸塚祥太、加藤和樹らが出演 ビートルズ創成期の青春物語を描いた『BACKBEAT』東京公演が5月24日(水)に東京建物 Brillia HALLで開幕
公演終了 04月23日(日) 〜 05月31日(水)
ゲキ×シネ『薔薇とサムライ2 -海賊女王の帰還-』8月4日(金)から映画館で全国公開
古田新太・天海祐希 ゲキ×シネ『薔薇とサムライ2−海賊女王の帰還−』8月4日(金)から映画館で全国公開/この冬 Blu-rayが発売
演劇グッズ専門店「観劇三昧ラボ」
演劇グッズ専門店『観劇三昧ラボ』が5月13日(土)から下北沢でオープン
骸骨ストリッパー『RAIKA』
【予告動画あり】脚本・NON STYLE 石田明 歌とダンスとアクション満載の超古代マンガ活劇! 骸骨ストリッパー『RAIKA』5月25日(木)から新宿・スペース・ゼロで上演
公演終了 05月25日(木) 〜 05月28日(日)
CCCreation Presents舞台『桜姫東文章』
欲望と裏切り、悪意と偶然が狂い咲く! 三浦涼介、鳥越裕貴、平野良らの出演舞台『桜姫東文章』が5月3日にスペース・ゼロで開幕/上演は5月10日まで
公演終了 05月03日(水) 〜 05月10日(水)
KOKAMI@network vol.19 『ウィングレス(wingless)ー翼を持たぬ天使ー』
翼を捨てた元天使が人間を救う戦いに挑む 福田悠太主演 KOKAMI@network vol.19 『ウィングレス(wingless)ー翼を持たぬ天使ー』がサザンシアターで開幕
公演終了 05月01日(月) 〜 05月28日(日)
パフォーマンスユニットTWT『SANADA XI』
真田十勇士を描いた青春群像時代劇に荒井敦史、黒澤美澪奈、水原ゆき、丸山敦史らが参加 パフォーマンスユニットTWT『SANADA XI』6月9日から吉祥寺シアターで上演
もうすぐ 06月09日(金) 〜 06月18日(日)
劇団チャリT企画「Wの非劇」チラシ画像
スキャンダルに揺れる芸能事務所を舞台に複雑な人間模様を描いた痛快悲喜劇 劇団チャリT企画『Wの非劇』下北沢 駅前劇場にて5月17日から上演
公演終了 05月17日(水) 〜 05月21日(日)
せたがやこどもプロジェクト2023『メルセデス・アイス MERCEDES ICE』
「子どもたちに劇場空間を存分に感じてほしい」18歳以下の観客を無料招待/せたがやこどもプロジェクト2023『メルセデス・アイス MERCEDES ICE』8月11日から世田谷パブリックシアターで上演
公演日程 08月11日(金) 〜 08月20日(日)
左から演出・丸尾丸一郎(劇団鹿殺し)、鳥越裕貴、井坂郁巳
脚本・加納幸和(花組芝居)、演出・丸尾丸一郎(劇団鹿殺し) 原作・鶴屋南北 舞台『桜姫東文章』 丸尾丸一郎・鳥越裕貴・井坂郁巳インタビュー
公演終了 05月03日(水) 〜 05月10日(水)
キノG-7公演no.5『満ちる』
映画監督の父と娘の愛憎を描く 竹内銃一郎の演劇企画 キノG-7公演no.5『満ちる』5月11日からTHEATRE E9 KYOTOにて上演
公演終了 05月11日(木) 〜 05月15日(月)
舞台『GISKE-ギスケ-』
日産コンツェルン総帥・鮎川義介の激動の生涯を描く 舞台『GISKE-ギスケ- アルプス山脈の見果てぬ夢』5月18日から恵比寿・シアター・アルファ東京で上演
公演終了 05月18日(木) 〜 05月22日(月)
『エンジェルス・イン・アメリカ』撮影: 宮川舞子
舞台『エンジェルス・イン・アメリカ』第一部「ミレニアム迫る」が新国立劇場 小劇場で開幕
公演中 04月18日(火) 〜 06月10日(土)
『関西演劇祭2023』
11月に大阪で開催される つながる演劇祭『関西演劇祭2023』 出演団体の二次募集が開始/締め切りは5月8日
帝国劇場『Endless SHOCK Eternal』
世界でも類を見ない2作同時上演に挑む 作・構成・演出・主演 堂本光一『Endless SHOCK』『Endless SHOCK -Eternal-』が帝国劇場で上演中
公演終了 04月09日(日) 〜 05月31日(水)
『滝沢歌舞伎ZERO FINAL』
18年間の集大成!Snow Man主演・演出の舞台『滝沢歌舞伎ZERO FINAL』観劇レビュー
公演終了 04月08日(土) 〜 04月30日(日)
リーディング音楽劇『ジャングル大帝』
福田悠太、辰巳雄大、越岡裕貴、松崎祐介がレオ役で出演 リーディング音楽劇『ジャングル大帝』6月4日、5日に東京建物 Brillia HALLで上演
本日初日 06月04日(日) 〜 06月05日(月)
『ドクター皆川~手術成功5秒前~』
皆川猿時×荒川良々の最強タッグ! 生と死の重みがまったくない医療コメディ『ドクター皆川~手術成功5秒前~』10月12日(木)から本多劇場で上演
公演日程 10月12日(木) 〜 10月29日(日)
『滝沢歌舞伎ZERO FINAL』
9人の汗の結晶 ― Snow Man初演出『滝沢歌舞伎ZERO FINAL』開幕/4月19日からはライブビューイングも
公演終了 04月08日(土) 〜 04月30日(日)
劇団☆新感線『ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』ポスタービジュアル
特典映像は三宅健らのキャスト座談会! 劇団☆新感線『ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』Blu-rayが11月28日に発売/4月13日から予約受付スタート
公演終了 03月10日(金) 〜 05月01日(月)
俳優に“相手に反応する”ということを一番に求めたい 演出家鈴木裕美による俳優のためのワークショップ
俳優に“相手に反応する”ということを一番に求めたい 演出家・鈴木裕美による俳優のためのワークショップ/エントリーの締切は4月16日(日)
公演終了 05月06日(土) 〜 05月14日(日)
ミュージカル『サンキュー・ベリー・ストロベリー』撮影:SCOPE/齋藤清貴
真弓孟之 舞台初主演ミュージカル『サンキュー・ベリー・ストロベリー』4月5日に東京芸術劇場シアターイーストで開幕
公演終了 04月05日(水) 〜 04月30日(日)
歌舞伎町劇場が2023年10月にオープン
次世代型の大衆演劇場・歌舞伎町劇場が2023年10月にオープン 豪華劇団がそろい踏み公演ラインナップが明らかに
オペラ「アイーダ」(c)田中亜紀
数々の舞台衣裳を目の前で楽しめる 初台アート・ロフト『時空をこえて-Across Time and Space-展』が4月5日から新国立劇場オープンスペースで無料開催
公演中 04月05日(水) 〜 08月31日(木)
舞台『ブレイキング・ザ・コード』
亀田佳明、水田航生、岡本玲らが出演 稲葉賀恵 演出舞台『ブレイキング・ザ・コード』が4月1日(土)にシアタートラムで開幕/上演は23日(日)まで
公演終了 04月01日(土) 〜 04月23日(日)

 ≫もっと見る
 

編集部ピックアップ!

エントレがおすすめする他の舞台



Copyright 2023 Village Inc.