9通りの楽しみ方!2人芝居で魅せるミュージカル『最後の事件』観劇レビュー

今作は、アーサー・コナン・ドイルが1893年に発表した短編集『シャーロック・ホームズの回想』の「最後の事件」をモチーフに創作された2人芝居です。2021年に韓国にて初上演され、日本では2023年に初開催された韓国ミュージカルのイベント『K-Musical Roadshow in TOKYO』にてお披露目されました。

世界一有名な探偵である「シャーロック・ホームズ」を生み出した作家アーサー・コナン・ドイルの知られざる苦悩や彼にまつわる実話をもとに、舞台上で表現されます。

ミュージカル『最後の事件』田中亜紀

アーサー・コナン・ドイル役、シャーロック・ホームズ役は、それぞれ3名の俳優が演じます。何と、組み合わせは9通りあり、何度観ても楽しめる作品です。シンプルな2人芝居だからこそ観られる俳優たちの競演は、唯一無二の緊張感と、密度の高い作品を創り出します。
お気に入りのペアと出会う楽しみはもちろん、同じ物語でも違った魅力をご堪能いただけます。

今記事では、アーサー・コナン・ドイル役:加藤和樹さん、シャーロック・ホームズ役:糸川耀士郎さんの観劇レビューをお伝えします。

あらすじ

患者が訪れない病院の医師であり、読者に見放された作家、アーサー・コナン・ドイルは人生を変えるため探偵小説を書き始める。その小説の主人公の名はシャーロック・ホームズ。ホームズは完璧なプロファイリング能力を備え、探偵として必要な全てを兼ね備えた最高の探偵である。

作家と小説の中の登場人物でありながら、ドイルとホームズは最高のパートナーとなり、探偵短編小説を完成させていく。

小説内の様々な事件を華麗に解決していくホームズに、人々は熱狂していった。ドイルはホームズが主人公の探偵短編小説で成功している中、長年夢に見てきた歴史長編小説を書きたいと願うが、出版社からは「ホームズが登場しない小説は必要ない」という拒絶ばかりを受ける。

ドイルは自身の夢を叶えるため、ホームズとの運命を変える重大な決断を下す。
小説と現実が入り混じる中、果たして二人の結末はどうなるのか――

 
私は子どもの頃から、シャーロック・ホームズの物語に魅了されてきました。中学生の頃には、シリーズ第一作『緋色の研究』を題材に作文を書いたほどです。その後も折に触れてホームズシリーズを読みふけってきました。だからこそ、今回のミュージカルでこの世界がどのように表現されるのか、大きな期待を抱いていました。

ミュージカル『最後の事件』田中亜紀

冒頭、妖しく揺らめく旋律と紫の照明に包まれ、加藤和樹さん演じる医師アーサー・コナン・ドイルが白衣姿で現れます。彼は患者の心を救う医師であり、読者の心を満たす作家でもあり、二つの夢を追い続けてきた男です。しかし現実は厳しく、病院を訪れる患者は少なく、自ら綴った小説も酷評を受けます。「欲張り過ぎたのか?」「典型的な負け犬か?」と自問自答しながら、理想と現実の狭間で揺れ動きます。その葛藤の果てに、彼は人生の転機として“探偵小説”という新たな作品を書き始めるのでした。

今回の会場となる銀座博品館劇場を訪れるのは初めてでしたが、ステージと客席の距離が近く、実にコンパクトな空間であることに驚かされます。この規模で加藤和樹さんの端正なビジュアルも、伸びやかな歌声も、余すところなく味わうことができるなんて、贅沢な体験だと感じました!その距離感ゆえに、揺れ動く細やかな表情までもがはっきりと伝わってくることです。白衣姿で登場した加藤さんは、物語後半では黒手袋と黒マントを纏い、まるで別の姿を見せます。そのコントラストもまた、この舞台の見どころの一つといえます。

ドイルは、探偵小説の主人公として、鮮烈なキャラクターを生み出していきます。歩く辞書のような博識を備え、変装の名手でもある今世紀最高の探偵――シャーロック・ホームズです。
ホームズを演じるのは、糸川耀士郎さん。端正なビジュアルと美しい立ち姿が印象的で、舞台に立つだけで自然と目を引きます。若々しい顔立ちゆえ、これまで抱いてきたホームズ像と比べると、幾分若く映りました。実年齢は30代前半とのことですが、舞台上では20代前半から半ばに見えるほどです。

ミュージカル『最後の事件』田中亜紀

その端麗な容姿と、気難しくあくの強い性格との対比が、本作のホームズ像に独特の魅力を与えています。自信に満ちた言動や際立つ個性も、糸川さんの洗練された佇まいによってどこか軽やかに映り、嫌味を感じさせません。この絶妙なバランスが、新たなホームズ像を浮かび上がらせていました。二人の掛け合いも軽快で、舞台に心地よいリズムを生み出していました。糸川さん演じるホームズが推理の美学を高らかに歌い上げる姿は実に力強く、キャリアを重ねた加藤さんと並んでも一歩も引けを取らない歌声が印象に残ります。
とりわけ目を奪われたのは、糸川さんの鋭い眼差しです。その強い視線に射抜かれるようでした。

ホームズシリーズは大きな反響を呼び、ロンドン中の読者が二人に熱狂していきます。ついにドイルは小説家としての地位を確立します。
「二人なら大成功!完璧だ」と歌い踊る場面では、二人の息の合ったパフォーマンスが際立ち、確かなバディ感があります。華やかなビジュアルは言うまでもなく、重なり合う声の清々しさが印象的で、魅力的なペアとして強い存在感を放っていました。

ミュージカル『最後の事件』田中亜紀

明るい場面から一転、舞台は雨の情景へと移ろいます。そこで描かれるのは、アルコール依存症の父と過ごしたドイルの幼少期です。父を亡くした彼は旅に出る決意を固め、物語は新たな局面へと進んでいきます。

一方その頃、ホームズは、退屈な時間を持て余しながら新たな事件を待ちわびています。読者から届く手紙に目を通し、サインを書く場面では、糸川さんは愛嬌あふれる一面をのぞかせ、観客の心を和ませていました。

およそ一か月の旅を経て、ドイルは自分自身を見つめ直します。そして、かねてより夢見ていた歴史小説の執筆に踏み出す決意を固めます。その決断に、ホームズは戸惑いを隠せません。人々が求めているのはホームズであり、作品は大ヒットを続けている――このまま書き続ければよいのではないかという思いも当然あるはずです。

それでもドイルは、胸の奥に抱き続けてきた夢への挑戦をあきらめきれません。長い歳月をかけて温めてきた大切な物語を書き上げ、意を決して編集部へと持ち込みます。

しかし、どの出版社も“ホームズではない”という理由だけで関心を示さず、原稿は読まれることさえなく返されてしまいます。度重なる拒絶に、ドイルはまるで自分自身を否定されたかのような思いに苛まれます。

ミュージカル『最後の事件』田中亜紀

二人三脚で歩んできた「ホームズ」という存在が、いつしか自らの夢を阻む影のように感じられてしまう――その葛藤は深まるばかりです。そして「僕を僕として見てもらうためには、もうこれしかない」と、彼はある大きな決断を下します。

ホームズは「僕を利用しろ!」と訴えますが、その声はドイルには届きません。作家としての自由を求めた末に彼が選んだ道は、かつて友であり同志でもあったホームズにとって、あまりにも酷なものでした。

本来、ホームズはドイルが生み出した空想上の存在にすぎません。しかし、その存在はいつしか創作者の手を離れ、彼自身の人生を左右するほど大きなものとなっていたのです。

今作の醍醐味は、“作家と小説の主人公が対話を交わす”という大胆な構造にあります。創作者と創造物が同じ舞台上に立ち、言葉をぶつけ合うという手法は実に新鮮で、強い緊張感を生み出しています。自我を持った存在としてホームズを描くことで、物語には確かな息づかいが宿っていました。

ミュージカル『最後の事件』田中亜紀

前半では友情を育み、まるで一心同体のように成功を分かち合っていた二人。しかし後半にかけて、その関係は大きく揺らぎ、激しく対峙することになります。苦楽を共にしてきた姿を見届けてきたからこそ、ぶつかり合う場面の切なさはいっそう胸に迫ります。観る側もまた心苦しくなる場面が続きます。タイトルにも掲げられた『最後の事件』へ向け、二人が真正面から向き合い歌い上げる姿は、まさに気迫に満ちていました。

一読者として、名作シリーズの成功の陰に潜む、ドイルの壮絶な葛藤と創作への執念を初めて知りました。本作は、その知られざる側面に光を当てる作品でもあります。

世界的名探偵を生み出した作家アーサー・コナン・ドイルは、なぜ自らが創造したキャラクターと対峙することになったのか。

小説と現実が交錯する、二人だけで紡がれる緊迫のミュージカル!
その答えを、ぜひ劇場で確かめていただきたい作品です。

(文:あかね渉

公演情報

ミュージカル『最後の事件』
脚本・作詞:ソン・ジェジュン
作曲:ホン・ジョンイ
演出:ソン・ジェジュン

翻訳・訳詞:福田響志
音楽監督:岩﨑 廉
振付:松田尚子

出演:
加藤和樹/矢崎 広/髙橋 颯(トリプル・キャスト)
渡辺大輔/太田基裕/糸川耀士郎(トリプル・キャスト)

演奏:treetop…栗山 梢/豊住 舞/久保奈津実(交互出演)

【会場/日程】
◻︎東京:銀座・博品館劇場 
東京都中央区銀座8-8-11
◻︎公演日程:2026年2月7日(土)~3月8日(日) 

◻︎大阪:サンケイホールブリーゼ 
大阪府大阪市北区梅田2-4-9 ブリーゼタワー 7F
◻︎公演日程:2026年3月13日(金)~3月16日(月)

公式サイト
https://finalproblem.jp/

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