
夢を追いかけたことがある全ての人に届くミュージカル『ジェイミー』観劇レビュー
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
想像の10倍、心を揺さぶられた…そんな衝撃と感動が詰まった作品!
観劇前は「高校生が主人公の青春ミュージカル」なので、正直なところ10代・20代の若者向けなのかな?と思っていました。でも、人生の甘さも苦さもそこそこ味わってきた30代独身女子の私にも(笑)ガツンと刺さる胸熱な作品でした!
物語の軸にあるのは、ミュージカルの王道ともいえる「夢や希望に向かって、全力で突き進む主人公の姿」。けれど、この作品の深いところは、「夢を追うこと」がどれだけ勇気がいることかを丁寧に描き、どうにか一歩踏み出しても、すぐに報われるわけじゃない現実の厳しさも描写されているところです。それでも前に進むジェイミーの姿に、胸を打たれます!
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
夢を語ることすら許されない現実―夢と現実の狭間で―
16歳の高校生ジェイミー・ニューは、「ドラァグクイーンになる」という夢を抱いています。
しかし、学校の空気、進路指導、適性診断が突きつける「無難な将来」に辟易しています。また、実の父親からの否定や夢を語るだけで嘲笑される現実がそこにはあります。過ぎていく退屈な日常の中、未来が見えず焦りだけが募ります。
「夢と現実の狭間で揺れる様子」は、誰もが経験したことがあるのではないでしょうか?「人生の主役は自分だ」と声高らかに歌い、魅力的で無敵でみんなと違う!可能性は無限大でまだ誰も知らない自分がいる!と思い、夢で溢れながらも、現実を突きつけられ心が折れかけてしまった経験…私にもあるので主人公に共感し物語に引き込まれていきました。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
夢への一歩
ジェイミーは誕生日にあこがれだった赤いハイヒールを母からプレゼントされます。
しかし、「ハイヒールを履いて外を歩く」という他者からみれば「つま先を入れるだけ」の簡単な一歩が、ジェイミーにとっては高く険しいハードルでした。そんなジェイミーがこれからどう夢をかなえていくのだろうか?と観ていて自然に彼を応援している自分がいました。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
個性あふれるキャラクターと心震えるキャスト陣
今作は物語の軸がしっかりしており、登場人物のキャラクターも明確で、非常にわかりやすく、面白い作品です。その中でも、やはり主人公・ジェイミーは、魅力的なキャラクターでした。
前向きで明るく、素直でチャーミングな一方、繊細さも併せ持つ彼を三浦宏規さんと髙橋颯さん(WATWING)がWキャストで熱演します。(私が観た回は髙橋さん)
髙橋さんは、ジェンダーレスでキュートで愛されるジェイミーを好演されていました。キレッキレでポップ、そしてカッコよく華やかなダンスナンバーが次々と展開されますが、その中で一際目を引いたのが、髙橋さんのダンスと歌の上手さです!ヒールを履きながら、誰よりも安定感のあるステップでステージの中心に立ち続ける姿は、フレッシュでありながらドラァグクイーンとして輝く素質を感じました。ふくらはぎの筋肉がしっかりと鍛えられているのが一目でわかり、日々の努力の積み重ねがそのパフォーマンスから伝わってきました。それだけでなく、激しく踊りながらも、伸びやかで美しく歌い上げる姿には驚きました。普段ダンス&ボーカルグループ で活動され、培った経験が存分に活かされているなと感じました。また、ジェイミーの葛藤や揺れる心の機微も丁寧に表現されていました。
主人公ジェイミーを常に支える存在たちもまた、この物語に欠かせない大切なキャラクターたちです。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
−友人プリティ−
真面目で簡素な服装を好み、医者を目指す勤勉な彼女とジェイミーは一見合いそうにありませんが、お互いを認めあって大切にし合える間柄です。Wキャストで唯月ふうかさん、遥海さんが演じます。(私が観た回は遥海さん)。伸びやかで包み込むような歌声と優しい笑顔は温かみがあり、「あなたのままで美しい」と伝える姿は安心感があり心強い存在でした。ただ優しいだけではなく、独りよがりになったジェイミーに「私たちはあなたのバックコーラスじゃない」とはっきり意見を言える人でもあり、こんな親友が欲しいなと思いました!
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
−母マーガレット(安蘭けい)–
父親は女性の格好をするジェイミーを否定しますが、彼女は常にジェイミーが傷つかないように守り慈しみ溢れる愛で包みこみます。印象的だった場面は、いつでも味方でいてくれる母に対し、ジェイミーがきつい言葉を浴びせるシーンです。全てを捧げ育てた子どもから投げられた言葉はあまりに残酷で母としての尊厳をも崩されかねないものだったと考えられます。しかし、マーガレットは「He’s My Boy」でジェイミーに揺るがない愛情を示します。母の愛の深さや誇りを感じました。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
母の友人レイ(保坂知寿)
明るくサバサバした母の親友であり、家族のような存在。レイはマーガレットに”母”としてだけではなく、”1人の女性”として幸せになって良いと伝えてくれる存在でもありました。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
−“伝説のドラァグクイーン” ロコ・シャネル(石川 禅)-
一歩踏み出すことに躊躇していたジェイミーに対し、「人生は一度きり!自分の人生を輝かせなさい!」と背中を押します。ドラァグクイーンとして生きるには傷つくことも多く、生身の身体では立ち向かえない…自分を守るため、自信を持つためにも「ただの女装男子でいるのではなく、自分を鎧で包み、戦う兵士になること!ペルソナを見つけるか作ること!」と必要性を説きます。その力強い言葉により、ジェイミーは“ミミ・ミー”と言う、もう1人の私になりきり、一歩踏み出していきます。ジェイミーがどんどん自信を持ち、輝きやオーラが増していく姿がとても素敵でした!
ミミ・ミーじゃない僕は醜い―鎧と仮面の葛藤-
“ミミ・ミー”というもう一人の自分を演じることで、自信を持ち、自分を保つジェイミー。しかし、次第にそれは本当の「自分」なのか?と悩みます。いつからか“ミミ・ミー”という鎧や仮面を身につけないと怖くなってしまったのです。心苦しい展開の中、「誰かを演じるためにプロムに行かないで。ありのままで、あなたのままで、美しいんだよ」そんな言葉が、ジェイミーを少しずつ解放していきます。
「気持ち悪い」「汚い」「キモイ」―浴びせられる“言葉の暴力”-
男子のメイクに校則はありませんが、ジェイミーは容赦ない言葉の暴力を受けます。
その言葉はジェイミーだけでなく、私たち観客の心にも鋭く突き刺さります。
社会の価値観、学校という“自由のない箱庭”、他者からのまなざしが、まだ未成熟な心を揺るがしていきます。しかし、その後、ジェイミーは「そんな言葉じゃ倒せない」「現実はいらない」と力強くパワフルに、歌い踊りながらステージで証明してくれました。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
担任の先生ミスヘッジ(栗山絵美/かなで:3時のヒロイン)の存在や言葉も記憶に残りました。「なぜ他の生徒と同じようにできないの?」「普通の生徒と同じように」…学校で教える社会に適応するためのルール、迷惑をかけないためのマナー。必要な部分ももちろんあります。担任教師として、教え子達が将来路頭に迷わないように厳しく指導する姿は先生の優しさかもしれません。しかし、果たして“自分らしさ”を抑えることが本当に正しいのか?考えさせられる部分でした。また、ミスヘッジ先生のプライベートな部分…普通の女性として恋に悩み奮闘する姿も描かれており、「人はそれぞれ色んなペルソナ(顔)を持ち生きている」ことを表現しているように感じました。
ミュージカル『ジェイミー』撮影:渡部孝弘
『キンキーブーツ』と似て非なる魅力
今作はジェンダーのテーマを扱っている点では『キンキーブーツ』に通じる部分もありますが、『ジェイミー』は“高校生”という立場から描かれることで、よりナイーブでリアルな葛藤が浮き彫りになります。
夢と現実の狭間、大人になる過渡期、周囲の声に心が揺れる10代の不安定さ…。
そのなかで、自分らしく生きるということの難しさと美しさを、真正面から描き切った本作は、ただの「若者向け青春ミュージカル」ではありません。夢を追う人、今まさに壁にぶつかっている人、そしてかつて夢を諦めた大人たちにこそ観てほしい作品です。すべての世代に向けた“生きる勇気”をくれるミュージカルでした。
どんなに心が折れそうになろうともジェイミーの側には、無償の愛で包んでくれる存在がいます。そんな絶対的な存在がいること、そして、ありのままの自分を認め愛して自分を信じる心があれば人は何度でも立ち上がれる!そんなメッセージを受け取りました。
全体的に温かくて優しい世界で、正に、愛は地球を救う!という気持ちにもなりました(笑)
是非、愛とパワー漲る空気を劇場で感じてください!
(文:あかね渉)
ミュージカル『ジェイミー』
作:トム・マックレー
音楽:ダン・ギレスピー・セルズ
日本版演出、振付:ジェフリー・ペイジ
出演
ジェイミー・ニュー:三浦宏規 / 髙橋颯(WATWING)
マーガレット・ニュー:安蘭けい
プリティ:唯月ふうか / 遥海
ディーン・パクストン:神里優希 / 吉高志音
ミス・ヘッジ:かなで(3時のヒロイン)/栗山絵美
ヒューゴ / ロコ・シャネル:石川禅
ジェイミーの父/ドラァグクイーン(サンドラ):岸 祐二
レイ:保坂知寿
東京・東京建物Brillia HALL
公演期間:2025年7月9日(水)〜27日(日)
大阪・新歌舞伎座
公演期間:2025年8月1日(金)〜3日(日)
愛知・愛知県芸術劇場大ホール
公演期間:2025年8月9日(土)〜11日(月祝)