舞台『わたしの書、頁を図る』

こんな木村多江見たことない! 笑いと涙と音楽で奏でる舞台 『わたしの書、頁(ページ)を図る』取材会&観劇レビュー

舞台『わたしの書、頁を図る』撮影: 小岩井ハナ
 

あらすじ

とある町の図書館職員・柳沢町子(木村多江)。
図書館を訪れる常連客たちの様子や選ぶ本から、その人物像や職業、日常を想像する──そんな退屈で平凡な、それでいてかなり妄想過多な毎日を過ごしている。
町子の目には、図書館に通う常連客たちもまた、社会に馴染めず、何かしらの煩いを抱えた人間のように映っていた。不登校の中学生:小山田奏那(光嶌なづな)。無職の男:財前鼓一朗(中井智彦)。売れない舞台役者:佐藤伊吹(坂口涼太郎)。現実逃避にやって来る主婦:飯島千弦(猫背 椿)。図書館で静かに本を開く彼らの姿を見ながら、町子はいつもそんな物語を思い描いている。彼らもきっと、自分と同じように、一冊の本を開き、物語に触れている時だけ満たされる。そこだけが自分の居場所なのではないか、と……。

ある日、最近よく図書館を訪れる青年・岸口慶太(味方良介)が町子に声をかける。自主映画を撮っているという彼は、いつも通りの町子の姿を「撮らせてほしい」と言う。
「なぜ私を?」
自分の人生にはありえないはずの出来事に、天地が揺らぐほど戸惑う町子。
やがて慶太の撮影は、図書館に通う常連客たちも巻き込んでいく。カメラが向けられることで、次々に映し出される彼らの真の姿や想い。静かな図書館の日常は少しずつ揺らぎはじめ、堅い鎧に覆われていた町子の心も大きく揺れ動き出す。そして、カメラを向ける慶太自身もまた、ある葛藤を抱えて生きていた。

図らずも彼らと関わっていくうち、町子はこれまで想像もしなかった思い切った行動へと踏み出すのだが──。

まず、もうめちゃくちゃ面白いです!
フライヤーには「笑いと涙と音楽が奏でるヒューマンエンターテインメント」とありますが、まさにその言葉どおり。取材会で木村さんが「騒々しく楽しく笑える舞台なのに、ちょっと切ない。いろんな感情が渦巻いて、見たことのない世界が図書館なのに繰り広げられていく。その面白さは私も客席で観たいくらいの世界になっています」と語っていましたが、その言葉をそのまま体感できる作品でした。

思わず笑い、胸がきゅっと締めつけられ、登場人物たちの思いと自分自身の記憶が重なり合う。さまざまな感情が交錯するなかで、気づけば彼ら一人ひとりが愛おしい存在になっていました。

そして何より驚いたのは、図書館が舞台でこれほど笑える作品になっていること。大きな笑い声を上げたり、音楽を奏でたりすることが本来は憚られる静かな空間だからこそ、そのギャップがより際立ち、ユーモアが何倍にも膨らんでいきます。図書館という場所ならではの制約を巧みに生かした、唯一無二のエンターテインメントだと感じました。

冒頭から、まるで一冊の本を開いた瞬間のように、言葉がすっと心に入り込んできます。

「ここには祈りが集まる」
「誰もが誰かと繋がりたいと足りぬ心を探してる」
「We are Free」
「誰もが物語を求めてページをめくる。けれどそこには何もない。真っ白なページ……」

その一つひとつの言葉が作品のテーマと重なり、観劇後も静かに心の中で響き続けました。

舞台上には、本に囲まれた図書館の世界が広がります。雑多に積み重ねられた本さえも美しく映り、その空間にいるだけで胸が高鳴ります。舞台転換や派手な仕掛けはありませんが、図書館という一つの空間だけで物語は間延びすることなく展開。脚本の巧みさと、役者陣の絶妙な会話のリズムによって、最後まで夢中で見入ってしまいました。

思い思いの場所で本を読み、それぞれの時間を過ごす登場人物たち。静寂の中、ページをめくる音だけが響くその空間へ、主人公・町子が慌ただしく飛び込んできます。この「静」と「動」のコントラストは、舞台演出だけでなく、作品全体を象徴するようでもありました。

舞台『わたしの書、頁を図る』撮影: 小岩井ハナ

そんな町子を演じるのが、今作で舞台初主演、そして座長を務める木村多江さんです。
取材会では、「私はあまり周りを引っ張っていくタイプではないので、みんなを下から支えていくような気持ちでお芝居をしたいです」「いまだに不安がいっぱい残っていて、ドキドキが止まらないんですけど、素晴らしい共演者の方たちと、みんなでワンチームで行きます」「お客様がどう感じてくださるか……」と、終始控えめで謙虚な言葉を口にされていました。

ですが今作は、「木村さんのロックな姿を見たい!」という思いから、新進気鋭の作・演出家・小沢道成さんがキャラクターをあて書きした作品。木村多江さんでなければ演じられなかった、木村多江さんだからこそ生まれた主人公・町子だと確信しました。

木村さんが舞台やドラマ、映画の世界で引っ張りだこで、同業者の中にも木村多江ファンが多い理由が、実際に舞台でその姿を見てよく分かったように感じます。

まずビジュアル面ですが、一見すると派手で強く目を引くタイプではないものの、生の木村さんは、一つひとつのパーツが品よく小さな顔に整い、すっと伸びた背筋からは「さすが主演女優」と言いたくなるような凛とした美しさが漂います。おっとりとした話し方や柔らかな雰囲気も相まって、まさに和風美人。その“静”のイメージが強い木村さんだからこそ、舞台で見せる“動”の姿がとても新鮮でした。

普段は感情を大きく表に出さない町子が、心の奥底に押し込めていた思いを一気に爆発させるシーンでは、彼女の過去や背景までもが浮かび上がり、思わず抱きしめたくなるような愛おしさを感じます。一人、スポットライトを浴びて立つ姿はそれだけで画になり、その存在感に思わず見入ってしまいました。

共演した坂口涼太郎さんが「荒れ狂う木村多江さんをぜひ見てほしい! 私たちが見たかった木村多江さんが全部詰まっています」とアピールされていましたが、まさにその言葉どおり。そのギャップには驚かされますが、それが違和感につながることはありません。「頑張って演技している」と感じさせることなく、自然と物語に引き込まれ、町子を応援したくなる。そんな魅力を持った役者さんだと思いました。そして、劇中に響く木村さんの涼やかで鈴の音のような歌声も、町子という人物の純粋さをより鮮やかに映し出していました。

舞台『わたしの書、頁を図る』撮影: 小岩井ハナ

そんな木村さんを支える共演者の皆さんも、それぞれが作品に欠かせない輝きを放っていました。

平凡だった町子の日常を大きく動かす存在となるのが、映画監督・岸口慶太を演じる味方良介さんです。
町子に映画出演を熱くお願いする姿は、眼力も強く前のめり。その熱量に圧倒されます。しかし、映画監督といっても自主映画の“自称”監督。普通なら、そんな人に突然カメラを向けられ、「あなたを撮らせてほしい」と言われても、「怖い!」「怪しい!」「ちょっと気持ち悪いかも……」と思ってしまいます(笑)。
でも、それが不思議と嫌ではないんです。それは味方さんの端正なルックスももちろんありますが、「僕に必要なのはこの人だと思ったんです!」「あなたがいいんです!」と真っすぐに思いをぶつける姿が、まるで情熱的な愛の告白のようにも映るから。町子も最初は怪しみながらも、その熱意に心を動かされ、出演を承諾します。
……どんな役だよ!と思わずツッコミたくなりますが、本当にそんな役なんです(笑)。でも、観ればきっと納得するはず。味方さんは、一生懸命さや健気さ、映画へのひたむきな情熱を自然ににじませ、岸口という少し突飛な人物にしっかりと説得力を与えています。だからこそ、「この人なら信じてみよう」と思わせてくれる人物で、私が町子でも、きっと了承してしまうと思いました(笑)。

舞台『わたしの書、頁を図る』撮影: 小岩井ハナ

舞台『わたしの書、頁を図る』撮影: 小岩井ハナ

不登校の中学生・小山田奏那を演じる光嶌なづなさん。透明感のあるルックスと自然体の佇まいで、中学生ならではのみずみずしさと揺れ動く繊細な感情を見事に表現していました。

昔であれば、学生時代の居場所は学校か家か、そのどちらかだったように思います。どちらにもなじめなければ、自分の居場所がないと感じてしまうことも少なくなかったでしょう。
今の時代は学校や家以外にもさまざまな居場所があり、それを見つける手段も広がっています。それでも本作を観て、いつの時代も図書館は誰かにとっての“大切な居場所”なのだと改めて感じました。

そう感じたのは、私自身にとっても図書館がまた“大切な居場所”だったからです。小・中・高、そして大学と進むにつれてやるべきことも増え、図書館でゆっくり本を読む時間は少なくなりましたが、学生時代の図書館は私にとって“心の休憩所”でした。
何だかクラスの居心地が悪かったり、集団から少し離れて一人になりたいと思ったりした時、図書館はちょうど良い場所でした。本の世界は、一人のようで一人じゃない空間。自分を独りぼっちにせず、静かに寄り添ってくれる、そんな居場所だったように感じます。
社会人になった今でも、街の本屋さんや近所の図書館は私のオアシスです。気分転換ができたり、ふと手に取った本の一節に救われたり、元気づけられたり……。だからこそ、本作には読書が好きな人ほど心に響く場面が数多くあると感じました。

町子は、そんな「誰かにとっての大切な居場所」である図書館で働くことに、強い使命感を持っているように感じました。彼女には、図書館に通う常連客たちは、社会になじめず、それぞれに何かしらの煩いや悩みを抱えた人たちとして映っています。どこかに自分と同じようなトラウマや悲しみ、寂しさ、満たされない思いがあり、それを埋めるために本を読みに図書館へ来ているのだと、町子は彼らが借りる本から想像を膨らませています。

しかし、岸口が町子を撮影し始め、常連客とも言葉を交わすようになることで、これまで町子の妄想でしかなかった「彼らのリアルな人物像」や「図書館へ来る理由」が少しずつ明らかになっていきます。

そのギャップに町子や観客は驚かされます。不登校の中学生・奏那も、その一人です。町子はかつての自分を奏那に重ね、彼女の未来を思って声を掛けます。しかし、奏那が抱えていた思いは、町子が想像していたものとは少し違っていました。

周りの大人は「学校に行けないなんてかわいそう」「こんなところにいないで学校へ行かなきゃ」と心配し、良かれと思って子どもに声を掛けます。でも、その”当たり前”を押し付け、型にはめようとすることは、子どもにとってはありがた迷惑になってしまうこともあるのかもしれない――とハッとさせられました。

町子も決して上から目線ではなく、「助けになれたら」という思いで彼女に寄り添います。また、猫背椿さん演じる主婦・飯島も、彼女を気に掛け、手作りのご飯をタッパーに詰めて渡します。そこには確かな優しさがあります。しかし、相手を思いやることは大切でも、受け手の考えや本心を知り、困っているときには手を差し伸べられる距離感こそが、本当に相手を思いやることなのだと感じました。

子どもは大人に守られるだけでも、言いなりになるだけでもない。自ら考え、選び、自分の足で歩んでいく力を信じ、その背中をそっと支えることの大切さを、この作品は教えてくれました。

舞台『わたしの書、頁を図る』撮影: 小岩井ハナ

町子の妄想の中では売れない舞台役者・佐藤伊吹を演じる坂口涼太郎さん。ドラマなどでお見かけするたびに「つい目で追ってしまう役者さん」だと感じていましたが、今作でも大きな存在感を残していました。
妄想の中の伊吹と現実の伊吹、さらに町子のトラウマの原因となった“思い出の彼”という異なる側面を巧みに演じ分けています。とにかく、「こんな人、いそう!」と思わせる人間描写が秀逸。どこか鼻につく話し方や立ち居振る舞いでありながら、佐藤伊吹という人物がなぜそのような思考を持ち、その価値観で生きてきたのかまでが自然と伝わってきます。台詞の奥にある感情や思考まで感じさせる、人間味あふれる演技が印象的でした。
また、しなやかな身体表現に加え、ジャズを題材にした作品『BLUE GIANT』を彷彿とさせる、魂のこもったサックスの演奏にもご注目ください。坂口さんをはじめ出演者の皆さんは、吹き替えなしで自ら楽器を演奏しており、その生演奏も今作ならではの醍醐味です。

町子の妄想の中では無職の男・財前鼓一朗を演じる中井智彦さん。普段はミュージカルを中心に活躍されているだけあり、伸びやかで豊かな発声と、心地よく響く歌声が印象的でした。
一方で、劇中では中井さんの絶妙な間や表情に、思わず「ふふふ」と笑ってしまう場面も。さらに、財前の正体が明らかになると、その名前に込められた意味にも思わず笑みがこぼれます。小沢さんの脚本ならではの遊び心が光ります。

町子の妄想の中では、現実逃避のためにやって来る主婦・飯島千弦を演じる猫背 椿さん。「名もなき家事」に追われ、やきもきする姿には説得力がありました。一方で、思いのままに歌い踊るシーンでは、独特なダンスやフリーポーズで笑いを誘います。

舞台『わたしの書、頁を図る』
撮影: 小岩井ハナ

そんな個性豊かな登場人物たちが紡ぐ今作は、町子の妄想と現実が交錯する不思議な世界。本作が描くのは、青春の美しさと残酷さ。笑えるのに切なく、どこか胸が締めつけられるような物語です。

青春時代の思い出したくもない出来事は、忘れようとしても忘れられません。「私は傷ついた。悲しかった」。町子は、その事実から向き合い、「あのとき言い返せていたら……」という後悔も抱え続けています。

町子をはじめ登場人物たちは、現実にいたら少し“痛い人”と思われるかもしれません。それでも鬱陶しいとは感じず、どこか切なく、愛おしく思えてしまう。それはきっと、誰もが心のどこかに同じような痛みや弱さを抱えているからではないでしょうか。劇中の誰かの想いが、いつかの自分の記憶と重なる瞬間があります。

青春を通り過ぎた大人だからこそ、そして本に親しんできた人ならなおさら、深く胸に響く作品だと感じました。

読書好きの方はもちろん、普段あまり本を手に取らない方にもぜひご覧いただきたい一作。紀伊國屋書店の奥にある劇場で物語の世界を堪能し、観劇後はそのまま書店へ足を運んで本の海へどっぷり——そんな時間まで含めて、この作品はきっと特別な体験になります。

本の世界に触れ、物語の中へ迷い込むようなひとときを、ぜひ劇場で体感してください。
(文:あかね渉

公演情報

舞台 『わたしの書、頁(ページ)を図る』

作・演出・美術:小沢道成

出演:木村多江/味方良介 光嶌なづな 
   中井智彦/坂口涼太郎 猫背 椿

日程・会場:
2026年7月3日(金)~7月19日(日) 紀伊國屋ホール

公式サイト
https://watashinosho.jp/

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