
森田剛主演、社会の縮図のような舞台『砂の女』観劇レビュー
森田剛×藤間爽子による舞台『砂の女』ついに開幕

安部公房の書き下ろし長編小説『砂の女』を舞台化した本作。森田剛さん、藤間爽子さんら豪華出演陣が、人間の極限の姿を演じます。
原作は、チェコ語・フィンランド語・ロシア語など二十言語で翻訳され、1968年1月18日にはフランスで1967年度最優秀外国文学賞を受賞した不朽の名作。
ここでは、3月18日に行われたゲネプロの様子をお届けします。
教師の男・仁木順平は夏に休暇を取り、昆虫採集のために海際の砂丘に赴いた。
そこには、一風変わった村があった。家々がまるで蟻地獄の巣のように、砂丘に深く掘られた穴の中に建っており、どれもこれも今にも砂に埋もれてしまいそうなのだ。変わった村もあるものだと思いながら、男は村の老人に勧められ、そのうちの一軒に泊まることに決めた。家の中では、断続的に降り注ぐ砂に家が埋まってしまわないよう、家主の女がひとりせっせと砂掻きに精を出していた。
翌日男が目を覚まし、地上に出ようとすると、外に出るためにかけられていた縄梯子が無い。不思議に思う彼だったが、なんとそれは村の人々の仕業だった。ひっきりなしに穴から砂を運び出さなければこの村は埋まってしまうため、村人たちは砂掻きの人手を求めており、男を騙して村に引き留めようとしていたのだ。
男は困惑するが、砂を掻かずに逆らうと水が配給されなくなってしまうため、女と砂を掻き出しながら奇妙な同居生活をせざるを得なくなる。なんとか砂の穴から脱出しようと、思いつく限りのあらゆる方法を試みる男だが……
引用元:公式サイト
それぞれのキャストについて
森田剛さん
昆虫採集好きの教師。劇中に「変わり者」という表現がありますが、部落の人間に比べると大きく変わった点はなく、ただひたすら部落から逃げ出そうと試行錯誤している人物です。
客席を砂浜に見立てて、足取り重く歩く姿や、拉致されたことに気がついて取り乱す姿などがリアルで、見入ってしまう場面が何度もありました。自分もまるでその世界に溶け込んだように没入できる、自然なお芝居が印象的です。

また、記者会見で話していたように藤間さんの“腰が強い”ゆえに、女と対峙して負けそうになっている姿には客席からも思わず笑い声が。記者会見さえもひとつのエンターテイメントとして盛り上げる、森田さんのユーモアにほっこりしました。
藤間爽子さん
女の立ち居振る舞いは、昭和初期が舞台の物語ならでは。丁寧で品のある空気感は、昔ながらの女性らしさを感じさせます。
砂掻きをしながらの生活を拒まず、日々を淡々とこなす彼女。抑揚のない話し方と性格がマッチしていて、「部落の当たり前」を疑うことなく受け入れて生きていることがよくわかります。

男に時折見せる乙女な表情は愛らしく、でもどこか掴みどころがないその姿は、「普通の女性だけれど部落の人間である」という距離感を、リアルに感じさせました。
演出で見せる「砂」
タイトルにもある「砂」を、舞台でどのように表現するのか?個人的な注目ポイントのひとつでしたが、砂は「布」や「すだれ」のような舞台セットと、「役者の仕草」「音」などによって成り立っていました。
ナレーターの役割を担う「人影」の4人は、いつも布を頭から被っており、男の心の声を代弁をする場面も何度かありました。私には、彼らが「砂の精」や「砂そのもの」で、ずっと男の行く末を眺めているように見えたり、時には彼を砂の中へ引きずり込もうとする「死神」のように見えることも…。

彼らを見るたび、観客である私自身も「常に砂の中にいるんだ。砂と共に生活しているんだ」と、感じざるを得ない感覚が面白かったです。
「労働と対価」の縮図のような物語
恥ずかしながら、原作を読んだことはなかったのですが、社会の縮図のような“砂の部落”を描いた作品として、観終わったあとに、現在の自分の在り方・働き方を考えさせられました。

印象的だったのは村の人々です。全員が同じような服装、話し方で、感情が見えない。でも、「部落に男を閉じ込めたい」という意志だけがはっきりとある。
そして、男が部落から出るための代替案を出しても交渉にも応じない。仕事をしないものには水の供給もしない。その冷徹さ(これは労働の縮図なのだと思うけれど)に、この世のものではないような不気味さを抱きました。
でも、「砂掻きと村人からの供給」=「労働と対価」の縮図なのだとしたら、私たちはいつだってこの冷徹さと向き合って、砂を掻いて(働いて)いるようなものなのだなと。
私たちは当たり前のように、今の暮らし方を受け入れている。けれど、全く違う生活をしている何者かが、私たちの世界に紛れ込んだら、その人は私たちを不気味に思うのかもしれない。「現代の当たり前」について、考えさせられる瞬間が多くありました。
個人的な感想
男は部落に拉致されたために、自由を求めて何度も脱出を試みます。しかし、最終的には、溜水装置を開発できたことを村人に伝えたくて、脱出を先延ばしにします。彼は、教師という普通の生活に戻るよりも、ここにいるほうが自分の価値を見出せると感じたのでしょう。

そもそも、男が砂の部落を訪れるきっかけとなった「昆虫採集」は、「いつか新種の昆虫に自分の名をつけたい。それが自分の生きた証になる」という理由で行っていた行動です。
そう考えると、男は「承認」へのこだわりがあったのかなと。そして、それは多くの人に該当するもので、人にとって「承認」が何よりも大きな魅力なのかもしれないと思いました。

さらに言えば、「部落の外へ出ても出なくても、得られたお金で買いたいものはラジオだ」と女が示唆していたことから、「人はどこへ行っても、同じように働き同じものを求めるものだ」というメッセージも受け取れました。
結局どこへ行っても何をしても、人が求めるものは変わらない。人間を大きく突き動かすのは承認である。その儚さや人間の本質的な部分の表現が秀逸な作品だと感じました。
役者一人ひとりのセリフ回しが巧みであるゆえに、言葉がしっかりと心に残る感覚があり、観劇後も「あれはどういう意味だったんだろう?」と考える余白があったこともまた、本作の面白さだと思います。


本作は2026年3月19日から東京・紀伊國屋ホールで上演されています。
詳細は公式サイトで。
https://stageoffical.com/sunanoonna/
(文:山本萌絵 監修:エントレ編集部)
舞台『砂の女』
【脚本・演出】山西竜矢
【出演】森田剛、藤間爽子
大石将弘、東野良平
永島敬三、福田転球
2026年4月8日(水)/仙台・電力ホール
2026年4月11日(土)/青森・SG GROUPホールはちのへ(八戸市公会堂)
2026年4月18日(土)〜4月20日(月)/大阪・森ノ宮ピロティホール
公式サイト
https://stageoffical.com/sunanoonna/
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