舞台は第一次世界大戦の悪夢から覚めた1920年代頃、イタリア北部。山道を飛ばして走る一台の車…一人娘グラツィアの婚約をヴェニスで祝った帰りのランベルティ公爵一家が乗っていた。楽しさと幸せに満ちた一家を乗せた車に突然悲劇が訪れる。車がスピンし、グラツィアが車外に投げ出されてしまったのだ!しかし、大事故にも関わらず、無傷のグラツィア…不思議な体験に一家は驚く…。
同じ夜、死せる魂を導き続けることに疲れた死神が、ロシアのサーキ王子の姿を借り、ランベルティ公爵家で二日間の休暇を過ごすことになった。
今作はイタリアの劇作家、アルバート・カゼッラによる戯曲『La morte in vacanza』(1924)を基に、1929年に『Death Takes A Holiday』として英語で戯曲化されました。その後、1934年に映画化(邦題:明日なき抱擁)、1998年にブラッド・ピット主演で『ミート・ジョー・ブラック(邦題:ジョー・ブラックをよろしく)』にリメイクされました。そして、オフ・ブロードウェイで2011年初演、2017年オフ・ウエストエンドのチャリングクロス劇場で上演され、日本では2023年に宝塚歌劇団により上演された話題作です!
主演 小瀧望のミュージカル俳優としての存在感
主演はWEST.のメンバーでアイドルやアーテイスト、俳優としても活躍する小瀧望さん!私はWEST.の皆さんは「歌って踊れるおもろいお兄さん」のイメージが強く、小瀧さんはその中のイケメン担当と認識はしていました。が、しかし、小瀧さんの演技や舞台、ミュージカルを観るのは今回が初めて!「生小瀧」初体験の私は、「え、待って…小瀧君ってこんなに舞台映えしてポテンシャルが高いの⁉」と生のカッコよさ、スタイルの良さに慄き、歌の実力と存在感、ミュージカル俳優としての逸材ぶりに超絶圧倒されましたので、その衝撃と今作の素直な感想を囲み取材会の様子もまじえてお届けしたいと思います!
時代背景が第一次世界大戦後、死神が題材ということもあり、観劇前は重い内容かと覚悟していましたが、幕が上がるとダーク要素はありながらも「まるでディズニー」な世界観で、御伽話のようなファンタスティックで美しい不思議な世界に心がときめきます!
そして、エンターテイメント性に富んだ部分だけでなく、メッセージ性も感じる深い作品でした。「生きるとは?」「命とは?」「愛とは?」という壮大なテーマがあり、対照的な「死」を主軸に描くことでそれらが浮き彫りとなり表現されていました。また、それが押し付けがましくなく、ユーモアを混えながら展開されるため、楽しみながら見ることができ、しっかりと心に響いてきました。
会場を魅了する死神の歌声
冒頭、台詞や歌の掛け合いが自然で、一気に物語に引き込まれます。奥行きのある舞台とスモークがかかった妖しい演出、そこに仮面をかぶった死神(小瀧さん)が登場します。ホールに響きわたる死神の歌声…第一声から私は衝撃を受けました!「え?これ小瀧君が歌っているの?低音で深みがあってなんて素敵な声!こんなに歌が上手いの?」と圧倒されました!というのも、もしかしたら小瀧さんファンからすると聞きなれた声かもしれませんが…小瀧さんの声に注目して聞いたことがなかった私からすると、関西の歌って踊れるイケメンお兄さんのイメージで、明るい曲を聞く機会が多かったので…、印象が違い過ぎて仮面に隠れた歌うまの死神の正体に半信半疑でした。ファンの方は「仮面の下に見え隠れするのんちゃん(小瀧さんの愛称)のお顔を早く見せてくれ!」と、やきもきするかもしれませんが(私も声の正体を確かめたくて早く見たかった!笑)顔が隠れていることで、小瀧さんの“イケボ”に集中できるメリットがあります。後々、死神姿と顔が見えた時のギャップで目が眩みますので(笑)この間は是非、表情が見えない中、声や体全体で喜怒哀楽を表現する小瀧さんの演技力と死神の“声”をご堪能下さい!単に歌が上手いという訳ではなく、きちんとしたミュージカルの発声で体の奥に響きわたり、心を揺さぶるような素敵な歌声です。
撮影:岩田えり
小瀧望の圧倒的王子感とスター性
その後、いよいよ、おどろおどろしい死神から「ロシア辺りのハンサムな王子」という上げに上げられた前評判の高いサーキ王子に変身し、小瀧さんが仮面を取って舞台に現れます!ここで私は第二の衝撃を受けました!スラっとした長身、精悍な顔立ち、金髪姿で高貴なキラキラ王子衣装に身を包み、颯爽と現れた小瀧王子(サーキ王子)は、期待を裏切ることなく、正に「完璧な王子様」として舞台に登場したのです!客席の皆さんは、私も含めて目がハートになっていたことと思いますし(笑) 、私は想像を超えてあまりに王子衣装が似合い過ぎていたので拍手してしまいそうでした。ステージに立つと、小瀧さんのスタイルの良さが際立ち、舞台映えするので、しばらく見惚れてしまいました。
その後は、ピシッとスーツを着こなした姿とキュートなパジャマ姿のギャップに目が離せなくなります。死神が初めて体験する人間世界にわくわくし、“朝を迎えること”や“目玉焼き”など当たり前の光景に一つ一つ感動し、「生きてること」を体いっぱいで感じる姿、キラキラと目を輝かせ楽しむ姿は無邪気で、可愛さいっぱいでした。また、“触れた薔薇が枯れない”という表現には「死神の哀愁」さえ感じました。また、マントやロングコートの王子衣装に加え、爽やかなライトグレーのスーツにピンクのネクタイがおしゃれなコーデ、スポットライトを浴び、歌って踊る華やかな姿は正にステージの中心に相応しい人!舞台やミュージカルの主演はヴィジュアル、歌声、演技力、そしてひときわ輝く存在感と観客の心を掴む魅力がないと務まりませんが、それを彼は全て持っている!なんて舞台やミュージカルの主演向きな方だろう!逸材現る!と感じました。イケメンだけど愛嬌とユーモアもあるところ、伸びやかで深みのある素晴らしい歌声、品の良さと優美さ、ミステリアスさを持ち合わせた小瀧さんは、今回の役柄にピッタリでした。
演出家や共演者も絶賛する小瀧望の魅力
囲み取材で、宝塚版に引き続き今作でも演出を務める生田大和さんは、小瀧さんについて「第一印象は『ザ・ビューティフル・ゲーム』というミュージカルを拝見し、舞台映えする体格の良さと大きさを持っていながら、演技がすごく繊細な人だなと思いました。また、その時から声と役作りの深さ、そして客観性を持っていると感じています。そして、真ん中に立つ人向けの資質を備えている人だなと改めて稽古して思いましたし、全体を俯瞰で捉える力に随分助けていただきながら、 楽しく過ごさせていただいてます」とべた褒め(笑)。
演出においては「ディスカッションしながら話し合いを大切にし、作り上げてきた」そうで、「大きな変化を恐れずトライすることや芝居に対する勇気が魅力的で、朗らかなカンパニーでギスギスすることが一切なく過ごすことができた」と仰っていました。
小瀧さん自身、「ギスギス、ピリピリした現場が苦手」だそうで「メリハリは大事にしながら、楽しく真剣にやることが好きなので、僕が座長の時はそれを心掛けている」とのことでした。共演の美園さくらさんは「宝塚退団後、初のミュージカルで緊張していましたが、小瀧さんが座長としてどんと構えてくれるので安心感や包み込んでくださる温かさがあります」と信頼感を寄せていました。自分では「ぼーっとしてるだけ」と小瀧さんは謙遜されていましたが、性別問わず、万人に愛される天性のアイドル性と座長としての頼もしさを感じました。人柄と、舞台人としての実力や素晴らしさを知ると、これはファンならずとも沼ること間違いなしだと思いました。
眩いほど輝く外見とは裏腹に、影がある姿はミステリアスで魔性的…真っ直ぐな目で「恋って何?愛とは?」と悩む小瀧王子(サーキ王子)の姿は大型犬のような愛らしさもあり、これは年上女性なら教えてあげたい気持ちになり、同年代、年下女性はギャップにやられてしまうはず…つまり小瀧王子(サーキ王子)は全ての女性を虜にする存在でした。「見つめ合ったことがない」と言う王子とグラツィアが湖のほとりで見つめ合うシーンは何ともノスタルジックで、印象的なシーンでした。婚約者がいながらも少しづつ王子に惹かれてしまうグラツィアの気持ちに共感できました。
今作の見せ場!
小瀧王子(サーキ王子)はグラツィア以外にも多くの女性を魅了していきます。未亡人のパワフルな年上女性アリス(皆本麻帆さん)とのタップシーンは今作の見せ場です!後に取材会で「初挑戦だった」とお聞きした時には非常に驚きました。なぜなら、ビシッとした黒い燕尾服に身を包み、堂々とタップする姿は様になっていたので…まさか初めてとは思いもしませんでした。小瀧さんは「宝塚版を見て(初めは)できそうだと思ったが初日から(難しくて)絶望しました」と仰っていましたが、演出の生田さん曰く、「小瀧さんのタップのスキルが想像以上に上がって、もっと(彼なら)できる!と思い最後の見せ場は当初の振りよりも難しいものに変更した」とのこと。稽古時期は熱さが厳しい中、LIVEツアーやフェスなど全国を飛び回り忙しい時期で、かなり追い込まれた状況だったようです。小瀧さん自身「過去一いっぱいいっぱい」だったそうで、それらが終わり「やっと(作品)集中でき、全力で注げる状態」になったと笑って話してくださいましたが、裏でどれだけ血の滲むような練習とプレッシャーの中、今作に挑まれたのだろうかと、尊敬の念が沸きました。小瀧さんの今作のテーマは「挑戦」とのこと!「1からのスタートで心折れそうになりながらも先生や周りに助けていただきました」と語る小瀧さんのタップダンスは必見です!
今作へ懸ける思い
アイドル活動が忙しい中、ミュージカルに出る理由を問われ、「僕はライブというものが1番好きで、これ(ミュージカル)も生のものです。実際に目の前で表現したり伝えるということが好きなので、お話をいただいた時はスケジュールが厳しいこともわかってましたし、ヒリヒリした9月になると思ってはいたんですが、ミュージカルや舞台が、どうしても好きなので、迷わず出演を決めました!今もやれてよかったなと思いますし、精一杯命を燃やして頑張りたいと思います!」と覚悟して作品に臨む強い意志を感じました。
ここまで、小瀧さんを中心に作品の魅力について語り尽くしましたが、それを支えるキャストの皆さんも実力がある方ばかりで素敵だったので紹介させていただきますね。
グラツィアをWキャストで演じる山下リオさんは10年ぶりのミュージカル出演で、囲み取材では「私自身いっぱいいっぱいで小瀧さんを支える余裕はないくらいでした。楽曲が難しいですが、美しく精密な物語なので、音楽と仲良く、チームで楽しく駆け抜けられたら」と仰っていました。ブランクを感じない素敵な歌声と、ブロンドの髪でフリルのロングドレスに身を包み、お月様と会話するように歌う姿はまるでディズニープリンセス!歌いながら階段を駆け上り、空に歌う声は伸びやかで、声量にも驚きました。小顔でスタイルが良く、様々な可愛らしい衣装に身を包む姿は可憐でした。山下さんの透き通るような声と満月をバックにしたサーキ王子とのシーンは美しかったです。今回私は、山下さんバージョンを観劇しましたが、美園さくらさんの演技や歌声もぜひ観てみたいと思いました。
撮影:岩田えりややシリアスで物騒なシーンはありますが、死神とヴィットリオ・ランベルティ公爵(宮川浩さん)、そして彼と共に死神の秘密を知ってしまった執事フィデレ(宮本雄也さん)とのやりとりはコミカルで微笑ましく好きなシーンでした。物語の中でフィデレのクマがどんどん濃くなっていく様が「死神との約束を守らなければいけない」というストレスで夜も眠れず心労でげっそりしているようなフィデレの背景を感じ、演出や役作りの細かさ、キャラクターの個性を感じ、楽しめました。
内藤大希さん演じる婚約者コラードは、プライドが高く、自己中で嫌味なかっこつけに見えますが、それがサーキ王子との対比になってわかりやすかったですし、いい意味で素直で人間らしく、グラツィアのことを幼い頃から一途に想う姿は好感が持てました。また、コラードを思うデイジーとの関係性も、その後気になりました。
第2幕は、幕開けからあっと引き込まれます!重なり合う歌声や動く舞台に目が離せず、耳も喜びました。そして、第1幕では見えなかった、それぞれの役柄の深い部分や物語の根幹を知ることになります。
人々との関わりから、冷酷な死神が少しずつ人としての優しさや愛情、人間の温かさを知り、変化していく様子に感情移入できましたし、死神の残酷で支配的な様子と穏やかな様子は、人間の二面性を表しているようでもありました。また、死神が今まで休みなく死神業務に明け暮れて疲れた様子に死神の苦労も知り、雇われた会社員のような働き方に死神界も人間界も似ているんだなと悲哀や風刺的笑いを感じました(笑)
公爵夫人であるステファニー(月影瞳さん)はプリティで明るい奥様ですが、戦争でグラツィアの兄ロベルトを亡くした悲しみに暮れていました。息子の形見でいっぱいの部屋で時を止めたまま過ごす母の姿に胸が痛みました。幸せに暮らしているように見えても、過去の戦争により、大切な人を失った寂しさを抱え生きる人々の苦悩や、「死」という人間にとって最大の恐怖に立ち向かった息子や兵士の思い、送り出した家族の気持ち、残された友人の喪失感は観ていて苦しくなりました。
ロベルトの友人エリックを演じる東啓介さんは高身長の小瀧さんよりもさらに背が高く、がっしりとした体型で存在感があり、感情を込めた歌声やダンスは素敵でした。
死とは対照的に今作では色んな恋や愛の形も見ることができます。死神ことサーキ王子とグラツィアのピュアな恋もそうですが、田山涼成さん演じるダリオ、木野花さん演じるエヴァンジェリーナの関係性はワインのように熟成した深いところで繋がる大人の恋を表現していました。
60年前の逸話になぞらえながら深まるサーキ王子(死神)とグラツィアの二人ですが、両想いになり、愛し合いながらも一緒にいられない葛藤が襲います。休暇を終え、死神の世界に帰らなければならないサーキ王子(死神)と、真実を知らず、自分も連れて行って欲しいと懇願するグラツィア…。命より大切な娘を連れて行かないで欲しいと訴える父の思い…それぞれの気持ちが痛いほどわかり胸が締め付けられました。雨の中一人佇むシーンは印象的でした。死神はグラツィアを一緒に連れていくことは、彼女を死の世界に誘うことになり、今の彼女から幸せな家族を奪ってしまうことに悩みます。様々な葛藤の中、人間は戦争のような愚かなことをする存在だと嘆き蔑んでいましたが、「愛とは何か?」を知らなかった死神が少しづつ“愛”を知り、あと1日、あと1時間、1分だけでも共に愛しい人と過ごしたいと神に救いを求め、「命とは何なんだ?」「生きる意味とは?」と苦悩します。クライマックスで小瀧王子(サーキ王子/死神)がバラの花を一輪持ちながら情熱的に力強く歌いあげるシーンはステージの照明に輝く小瀧さんの顔と立ち姿があまりにも美しく、響きわたる歌声に感動し酔いしれました…。
クラシカルで品がある衣装や豪華なセット、場面転換は近代的手法も取り入れつつ動きがある演出は見応えがありますし、歴史や当時の社会情勢を反映したストーリー、心に残る深いメッセージも感じ「観て良かった」と満足感のある作品でした!
愛と死の行方は⁉最後までわからない展開とあまりに神々しいラストシーンまで是非お見逃しなく!
(文:あかね渉)
ミュージカル『DEATH TAKES A HOLIDAY』
脚本 トーマス・ミーハン/ピーター・ストーン
作詞・作曲:モーリー・イェストン
潤色・演出:生田大和(宝塚歌劇団)
〈出演〉
死神/サーキ:小瀧 望
グラツィア(Wキャスト):山下リオ 美園さくら
エリック:東 啓介, コラード:内藤大希,
アリス:皆本麻帆, デイジー:斎藤瑠希
ヴィットリオ:宮川 浩, ステファニー:月影 瞳,
ダリオ:田山涼成,エヴァンジェリーナ:木野 花,
フィデレ:宮下雄也, ロレンツォ/飛行教官:西郷 豊
伊藤彩夏 井上弥子 岡 施孜 蟹々々エミ 上條 駿 熊澤沙穂 篠崎未伶雅
鈴木亜里紗 高瀬育海 長澤仙明 丹羽麻由美 武藤 寛 安井 聡 吉井乃歌 (五十音順)
スウィング:木村 遊 村田実紗
◻︎東京公演
公演日程:2024年9月28日(土)~10月20日(日)
会場:東急シアターオーブ
◻︎大阪公演
公演日程:2024年11月5日(火)~11月16日(土)
会場:梅田芸術劇場メインホール