本作は、ワタナベエンターテインメントと劇作家・末満健一がタッグを組み、日本のクリエーターたちの才能を集め、世界レベルの作品を創造・発信していく新規プロジェクト、「MOJO(Musicals of Japan Origin project)プロジェクト」の記念すべき第1弾。
これまで独創的かつ美しい世界観で話題を呼ぶ「TRUMPシリーズ」を約15年に渡って生み出し続けた末満さんが、かねてより実現したいと願っていたという“王妃イザボー・ド・バヴィエールの半生”を描くミュージカル。望海風斗さんを主演に迎え、獣のように容赦なく、貪欲に生きたひとりの女性の物語が誕生します!
そもそもみなさま、【百年戦争】はご存じですか…?
私は、「あぁ、なんかギリギリ聞いたことある気がする」くらいのテンションでした。日本史選択だったもので…(言い訳)。
【百年戦争】とは、14世紀の中頃から15世紀の中頃まで、フランス王とイングランド王の間で約百年にわたって続いた戦争のこと。細かい歴史背景を説明しだすとキリがないのでぜひ予習がてら各自お調べいただきたいのですが、本作は、そんな【百年戦争】という混沌の中で繰り広げられる物語です。
誰と誰が血縁関係にあって、誰と誰が敵か。無知なままでも楽しめる作品だとは思いますが、少しは人間関係を頭に入れておいたほうが物語を理解しやすいのではないかなと思います。
※自作の簡易相関図につき、荒さはご容赦くださいませ…。
※パンフレットに相関図も、歌詞も全て載っています。テキストと言えるクオリティですので、購入されることをオススメします!(回し者ではありません)
フランスはひとりの女によって滅ぼされ
ひとりの少女によって救われるだろう
まず何より語りたいのは、楽曲の素晴らしさ!!
あまり耳馴染みのない単語や事象も、ロックやバラードなど色とりどりのメロディで語られ、スッと心に染みてくる。気がついたら口ずさめてしまう。イザボー目線で見たら“悪”である人物の楽曲さえもキャッチーでカッコよくて、つい「あなたの味方です!」みたいな拍手をしてしまって後々後悔する。観客も共犯者みたいな空気にさせられる作品が私は好きです(※個人の感想です)。
イザボー・ド・バヴィエール
フランスの歴史上に“最悪の王妃”という悪名を刻んだ女性。
彼女はなぜ国民の反感を買ったのか、その裏にある苦悩、守りたかったもの、手に入れたかった幸せとは…。その形跡を、のちにフランス・ヴァロア朝の第5国王となるシャルル7世が、義母ヨランド・ダラゴンに導かれながらたどり、物語は進んでいきます。
イザボー・ド・バヴィエールを演じるのは、望海風斗さん。とにかく、登場した瞬間の息を呑むような存在感が凄まじい。いかにイザボーという王妃が嫌われ、憎まれていたかを叫ぶ民衆と、すべての「栄華」、すべての「富」、すべての「希望」、そしてすべての「絶望」さえも自分のものだったと歌う彼女の誇らしげな笑顔との乖離(かいり)に開幕早々ゾクッとさせられます。
女性として、妻として、母として、王妃として、さまざまな表情の望海さんを見せていただけてありがたいなぁと思うと同時に、宝塚歌劇団在団時代を知るみなさまが大好きな「絶望で崩れ落ちる望海さん」を久々に拝見することができて、正しい表現かわかりませんが、トキメキが止まりませんでした♪(笑)。
そして、出演者の皆様の歌唱力が高すぎてニヤニヤが止まらない本作において、センターにいるのが望海さんという安心感、半端ないです。
5番目の男子にして、王位を継ぐことになったシャルル7世には、甲斐翔真さん。幼い頃より、狂気に落ちた父・シャルル6世からは遠ざけられて育ち、母・イザボーの行う政治に嫌悪感を抱いていたシャルル7世。それでも、たくさんの先代の血にまみれた王座に座るため、苦しみながら、しっかりと過去の歴史に興味を持って、人として成長していく姿が勇ましいです。
個人的に、甲斐さんの“まとう空気を変える力”がとても好きです。物語の中で様々な役割を担い、時にユーモアに、時に青い炎を燃やし、時に幼い子どものように甘えた目を見せる。その“まとう空気の波”が、この作品を難解すぎず、それぞれの人物の葛藤が鮮明に見えるように導いてくれている気がしました。
本作の開演前、シャルル7世の戴冠式に向けた声出しが出演者の皆様の誘導のもと行われますので、気持ち早めに着席することをオススメします。そして、大きな声で「シャルルセッツ!」と叫びましょう。声が大きいほど登場シーンが最強にカッコよくなるので、頑張ってください!!
シャルル7世に過去を教え諭すのは、彼が「本当の母のよう」と語る存在である、ヨランド・ダラゴン。演じる那須凜さんは、本作が初めてのミュージカル出演。はい、既にご覧になった皆様、ご一緒に。「嘘でしょ~!」。パワフルな歌声と、聞き取りやすい滑舌、どんなときもその場を楽しむ余裕が溢れていて、心をつかまれました。自分のことも子どもたちのことも政治の道具として使用しているイザボーと対照にいるように見えて、もちろんヨランドも女性としての生き方を模索し、賢く生きた人。時代に翻弄されながらも愛情と使命を持って前に進む、たくましい女性だなと思いました。
イザボーの夫・シャルル6世は、とある出来事をきっかけに狂気に陥った王。見えない何者かに怯え、妻の存在すら忘れ、理性を失って暴力を振るってしまう。さらに悲しいのは、急に正気に戻り、愛する妻に対しての言動を自覚し、傷つくこと。その複雑で繊細な心の内は、見ていてとてもつらかったですし、かなりエネルギーが必要であろうこの役をものすごい爆発力で演じる上原理生さんに大きな拍手を届けずにはいられません。後世に、“狂気王”と“親愛王”という相反する2つの名で彼が呼ばれる理由がとてもよくわかりました。
シャルル6世の弟・オルレアン公ルイは、軽い身のこなしが魅力的な人。演じる上川一哉さんの爽やかなイケメンボイスが相まって、登場するたびに陽な空気が流れますが、腹に一物を抱えていそうな影もあり、そのギャップを怖くも感じました。そして、「上川さんが歌う前提でつくられたであろう信頼の難曲」を、期待通りまったく声を揺らさず安定感抜群に聞かせてくださって、やはりニヤニヤが止まりませんでした(感謝)。
※もっと爽やかな写真もあるのですが、個人の趣味で胸ぐらをつかまれている写真を選んですみません。
破綻寸前の王政につけ入り、権力を掌握しようとするのは、イザボーの叔父・ブルゴーニュ公フィリップ(石井一孝さん)と、その息子・ジャン(中河内雅貴さん)。親子というよりも政治家同士として、手段を選ばず突き進むのが恐ろしい。「表情には本心は見えないけれども、中身めっちゃ黒い」を演じたらトップクラスな気がするほど器用なお2人をここにキャスティングされているのが本当にニクいなと思います(最高)。
照明、セット転換etc.すべての演出が計算しつくされた本作。観劇回数を重ねるほど、物語の解像度はどんどん上がり、視野も広がり、毎回新鮮な感想を持てる、そして沼にハマっていく、そんな作品だと思います。
そしてこれは間違いなく、日本が世界に誇れる新作ミュージカルの誕生を目撃できたと思いました。
本作は、東京・東京建物Brillia HALL で上演されたのち、大阪・オリックス劇場でも上演されます。詳細は公式サイトで!
https://isabeau.westage.jp/
(撮影・文:越前葵)
ミュージカル『イザボー』
【作・演出】末満健一
【音楽】和田俊輔
【出演】
望海風斗/甲斐翔真/上原理生 中河内雅貴 上川一哉/那須凜/石井一孝
大森未来衣 伯鞘麗名 石井咲 加賀谷真聡 川崎愛香里 齋藤千夏 佐々木誠 高木裕和 堂雪絵 中嶋紗希 宮河愛一郎 安井聡 ユーリック武蔵
井上望 齋藤信吾 高倉理子(スウィング)
2024年1月15日(月)~1月31日(火)/東京・東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
2024年2月8日(木)~2月11日(日)/大阪・オリックス劇場