俳優という立場から。
今回、縁あって井上裕朗さんのPLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier 埠頭にて』の稽古場を見学させて頂く機会を得ることができました。「宣伝のことなど考えなくてもいい。率直に見たこと、そして思ったことを書いてほしい。」との依頼を頂いたので、なるべくそのように、簡潔にまとめられればと思います。
今回の『Navy Pier 埠頭にて』という作品を、あるいはPLAY/GROUNDという場所を必要としている人の元へ、この文章が届いてくれたらいいなと思って、書いています。
稽古場へ伺ったのが11月の中旬で、おそらくは作品がまさに立ち上がろうとするところ、その日は一日作品の冒頭のプロローグと、最後のエピローグへと稽古の時間を割かれていました。
本題に入る前に、こうして稽古場レポートを書こうとしている私自身の身の上を明らかにしておきたいと思います。
私は俳優で、時に自ら演出もし、戯曲を書くことはしませんが多少の演劇制作の心得があり、人の話を聞くことが好きなこともあって、しばしば演劇の関係者の方に向けてインタビューをさせて頂いたりする機会があります。そして自分で劇団を主宰していたりもすることから、今回のインタビューに先だって井上さんからすこしPLAY/GROUNDのお話を伺った時に、その理念や哲学にひとかたならず共感する部分がたくさんありました。
思うに、このPLAY/GROUNDという場を考えるのにあたって、大切なことは井上さん自身が「俳優であること」ではないでしょうか。
井上さん自身が俳優という立場からこれまで演劇を見つめてきた時間と、そこで得た経験、培った発想を元にしながら、実はけっこうドラスティックに演劇に関わる人の意識を変革していこうとされているのが、このPLAY/GROUNDという営みなのではないか、と、私は思いました。
そんなPLAY/GROUNDの、稽古場レポートです。
車座になって座る(あるいは寝転ぶ)。
当日、思いきり稽古場の場所を間違えた私がすこし遅れて稽古場へ入ってみると、広々とした稽古場には四人の俳優と井上さんが車座になって座っていました。
この日稽古をしていたのはside-Bの四人(永嶋柊吾さん [マーティン役]、大谷麻衣さん [リヴ役]、石山蓮華さん [アイリス役]、岸田タツヤさん [カート役])。今回のA,B,C3組のキャストの中では最も若い組み合わせであり、永嶋さん以外の皆さんは井上さんとも今回初の顔合わせとのこと。
車座のまま最近の別キャストの稽古の進捗やそれぞれの雑談など、ひとしきり話を終えると寝っ転がって「みんなでひとつの家を想像するワーク」が始まりました。
井上さんも交えて五人で寝っ転がりながら、みんなで一軒の家のディティールを想像して、言葉にしていきます。一つ一つの部屋に何が置いてあるか、床や壁がどんな色をして、どんな質感をしているか。時に大袈裟に、時にどこまでも細かく細部を描写したりしながら、ワークは進みます。
『Navy Pier 埠頭にて』稽古場より
このワークを終えてみて、「実はこれこそが今回の作品でやりたいこと」なのだと井上さんは言います。
一人一人の俳優の間にあるものを、互いに想像し、手渡していくこと。ゆっくりと、時間をかけてもいいから、他の誰かがイメージしたものをこぼさずに次へ、その次へと伝えてゆくこと。
どんな部屋を想像したらいいのか、あるいはそうして部屋を想像するときのルールや規範となるものはあるのか、といった俳優からの質問とディスカッションにも時間をかけて、このワークを終えました。
淡く、物語の中へ入ってゆくこと。
つづいて”電線愛好家”石山蓮華さん [アイリス役]のインタビューのワークへ。「電線について、私たちに教えてください」という井上さんの質問からスタートしました。
石山さん曰く、電線というのは普通の人が想像するよりもおよそ「いきいきして」いて、無機質な中にも有機的な物を感じたことがきっかけで「想像と日常をつなぐアイテム」としての電線に惹かれ、電線愛好家になるに至ったとのこと。
欧米の街並みを参照しながら電線を埋設しようとする動きに関して「それは本当に(日本の街並みにとって)よいことなのか」と問い、「電線を見た時に、そこにおもしろさを感じられる感性を自分の中にもつことが大切なのではないか」という石山さんの話には素朴に感銘を受けました。
そこから「すこしずつ、遊びを入れてみよう」という井上さんのディレクションのもと、このインタビューのワークが、すこしずつ演劇っぽくなっていくのでした。
電線の話から、話題が少しずつ石山さん自身のプライベートな部分へと移っていきました。
石山さん自身がこれまでに住んだ場所や交際していた相手について、あるいはその相手の好きだったところなど、かなり踏み込んだ質問が続くので「これハラスメントにならないかな、井上さん、大丈夫なのかな…」と冷や冷やしながら見ていたものの、訳が分かっていなかったのは私だけで、どうやらそれらの「プライベートな部分」だと私が思っていたのは今回上演する戯曲の内容だったらしい、と気が付いた時にはこのワークも終盤へと差し掛かっていました。
石山さん自身の電線についての話から、今回『Navy Pier 埠頭にて』で演じるアイリスという役の女性の話へと、実はお話の内容がシームレスにすり替わっていたのでした。
『Navy Pier 埠頭にて』稽古場より 石山蓮華
「ああ、騙された…」と思ったものの、そうして俳優自身の話から地続きで、そのあわいに観ているこちらが気がつくことなく物語の登場人物の話へと繋がっていたのは不思議な体験でもありました。
聞けば石山さんは今回の稽古場で「普段の話し方はおもしろいのに、なんで台詞になると普通の喋り方になるの?」と、岸田タツヤさん [カート役]から指摘されていたそうです。それはつまり普段石山さんが喋っている言葉の文体と作品の台詞の文体がすこし異なるということで、井上さん曰く「(蓮華さん自身が)普段使っている声がもっと出てくるといいと思う」とのこと。
『Navy Pier 埠頭にて』稽古場より 岸田タツヤ
そうした喋り方の違いというのは傍から聞いたらごく微細なものではあるけれど、その違いに敏感になり、なるべく俳優自身が普段使っている声で舞台上で喋ることができるようになると、観客が受け取る印象は格段にちがったものになる。
戯曲に書かれた言葉に合わせて喋るのではなく、「ほんのすこし編集をして」、普段通りに喋ること。そうすることでたとえば電線の話に対して聞いていた私が思わず興味を持ったように、そこにいる蓮華さん自身の話を聞くように、気が付くとそこに居合わせた観客が物語の中へと入ってしまっている、というような状態を目指したい、と井上さん。
台本を演じるとなったときに、何かを積み増しして載せていくのではなく、なるべくその人自身として舞台上にいてくれることで、観客もまた多くの事を想像し、受け取ることができるようになる。
そんなことをゆっくりとひとつずつみんなで確認しながら、時に永嶋柊吾さん [マーティン役]の慈悲深さをも確かめながら、稽古は台本を用いたプロローグ・エピローグ部分へと進んでいきました。
観客席を想像する。
台本に書かれた言葉を俳優が読み、それを受けて演出をする人間がフィードバックを返していく。演劇の稽古場でよくある風景ですが、井上さん曰く「僕がああだこうだ言うのはダメ出しではなくて、この作品が進んで行く方向を確かめたいだけ」。
この日一日稽古を見学する中で強く印象に残ったのが、稽古をするひとつひとつのシーンに対して、それらのシーンが「観客にとってどんなシーンであるか」を丁寧に確認して、そこにいる全員でその前提をシェアしていく姿でした。
劇場へ観に来てくれる観客の方が、このシーンを目の当たりにするときに知っていること、見えているもの、聞こえているもの。それらをひとつひとつ想像しながら、伝えるべきことがらを精査し、俳優とともに最適と思われる表現を検討し、選びとっていく。
同時に俳優と演出とで、お互いの『Navy Pier 埠頭にて』という作品に対しての前提を、長い時間をかけて築き上げていく。
『Navy Pier 埠頭にて』稽古場より
奇をてらったような珍しいエクササイズや、真似をできないほど複雑な技巧を凝らしているのではなく、まして演出をする人が強権的に俳優に何かを押し付けるのでもなく、ごくごく当たり前に(といっていいだろう)演劇の作業を、お互いに対話を通じて丁寧に行っている姿がとても印象的でした。
そうしてまたこの日の稽古では「観客との関係のリアリティを足せるように」というアイディアがいくつか、井上さんから持ち込まれてもいました。そうした創作の秘密とも言うべき事柄について説明することは無粋とも思われるのであえてしませんが、実際の上演でどのように昇華されているのか、とても楽しみなものばかりでした。
目を凝らして、耳を澄まして。
世の中にはいろんな演出家がいて、それぞれに方法論があります。例えば有名なところでいくと、故・蜷川幸雄さんのように俳優に豊かな抒情と舞台全体に視覚的なスペクタクルを要求する人もいれば、たとえば新劇なり現代口語演劇なり、台詞の「音」にしか興味がないという人もいます。
これはつまり俳優の内面を重視する人もいればあくまで外形的な結果により重きを置く人もいるということで、演出家が変わればその稽古場の方針もガラッと変わります。
思うに、井上裕朗さんという俳優の演出の方針を一言で表すとすれば「よく見て、よく聞く」ではないかと思います。
『Navy Pier 埠頭にて』稽古場より
稽古の際、俳優がシーンをやって見せる時に井上さんが台本に目を落とすことは一切ありません。活字を追うことなく俳優の声に耳を澄ませ、目の前の俳優の出力に全力で目を凝らしている。俳優の演技を途中で遮ることもない。
そうして台本ではなくて、その場で俳優の身体を通じて立ち上がる何かを、目を凝らして見つめているような印象を受けました。
そしてもっと言うとすれば、井上さんの目は目の前の俳優を見つめながら、同時に実際に劇場に足を運ぶことになる観客が観客席で目の当たりにするであろうシーンがどのようなものになるのかを、こまやかに想像しているように見えました。
「お客さんの想像力を、いかに奪わないか」というのはこの日行われたパンフレット用の座談会で大谷麻衣さん [リヴ役]が口にされた言葉でしたが、井上さん自身もまた、ひと月先の横浜での上演の情景を、俳優たちの体を通じて、稽古場にいながら克明に思い描いているようでした。
あくまで稽古場での俳優と演出との関係はフラットでありつつも、同時に時間・空間共に半歩進んだ想像力でクリエイション全体を導きたい方向へ引っ張ってみせる。そんなやり方こそが、井上さんの演出なのではないかと思います。
そうして一通りシーンが終わると、俳優のパフォーマンスに対して、台詞一行ずつに対して丁寧にフィードバックを返していく。俳優の皆さんも頷きながら、時に質問や議論を交えながら、じっくりと井上さんの言葉に耳を傾ける。
「演劇」とひと口に言っても、その実演劇には、どこの現場でも通じるような「共通の言語」がありません。それぞれの出自や受けてきた教育によって、表現の根幹ともなるべき大元が微妙に異なっていたりします。
ともすると、お互いの前提としているものが知らず知らずのうちに食い違って整理がつかなくなったり、そうした齟齬が元で不信感につながったりすることもあります。
俳優として数々の現場でそうしたコミュニケーションの不足が元で苦い経験をしたことがあるという井上さんは、プロダクションの中での共通言語をつくること、そしてそのためのチューニングに時間をかけるのだといいます。
ひとつの作品に対するお互いの前提を作り上げていく、ということは途方もなく時間のかかる作業ですが、そこに丁寧に時間をかけることが是とされている場所である、ということを強く感じました。
そうして演出と俳優がお互いにお互いをよく見、よく聞きながら、果てしない対話を通じて、あくまでフラットに作品を立ち上げていくのだというある種の「構え」みたいなものが、他の何物にもまして今回の稽古場見学で特に強く印象に残ったものでした。
野心、俳優・井上裕朗の。
そうして今回のPLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier 埠頭にて』という公演自体が、俳優である井上さんから演劇界に向けてのある種の挑発であり、野心の結晶のようなもの、なのではないでしょうか。
「ある時期、演劇に対して絶望し、演劇が嫌いになって」いたという井上さんは、今回の公演を考えるにあたってキャスティングから、関わるスタッフの一人一人に至るまでをこだわり抜いてオファーをしたといいます。
「たとえば、」と例に挙げたのが今回の稽古場にいらしたside-Bの岸田タツヤさん [カート役]で、実際稽古場を見てみるとひとつひとつのシーンで果敢かつキャッチーな演技をみせ、共演者の皆さんや井上さんがとても楽しそうにその演技を見ていたのが印象的でした。
「他のどんな劇場でもやっていなさそうなプロダクションにしたい」と考え、なおかつ「友達ばかりにならないよう」気を付けて集めたというキャスティングは、稽古場に心地よい緊張感をもたらしていました。
「俳優は誰かの言いなりにならなくても、やれるんだよ」と語る井上さんのこのプロダクションは、これまでの”いわゆる”演劇のつくり方とは、実はその枠組みからして一線を画するものです。
むしろ従来通りのトップダウンの演劇の作り方に違和感を覚え、「一俳優という立場から、すくなくとも自分自身の演劇を取り巻く環境を変革していきたい。ささやかでも革命を起こしていこうという気持ち」で走り始めたのだと、井上さんは語ります。
「おおげさなようだけれど、俳優は数も多い。一つ一つの現場で、そこに関わる俳優ひとりひとりの意識が変われば、世界が変わるかもしれない。」
今置かれている場所に何かしっくりこないものを感じているあなたに、あるいはもっといい演劇を志すあなたに、ぜひ観届けてほしい作品です。
井上裕朗さん率いるPLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier 埠頭にて』は公演としてはside-Aの皆さんが12/18に、今回稽古場を見学したside-Bの皆さんは12/19に、池内美奈子さんが演出されるside-Cは12/21に、それぞれ初日を迎えます。横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールにて。
詳細は公式サイトで。
https://www.playground-creation.com/navypier
『Navy Pier 埠頭にて』稽古場より
(撮影・文:松本一歩)
この記事を書いたのは
PLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier 埠頭にて』
2021年12月18日(土)~12月26日(日)/横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
【翻訳・演出】
井上裕朗 [side-A, B]
池内美奈子 [side-C]
【翻訳】
田中壮太郎
【ムーヴメント・ダイレクター】
木村早智 [side-C]
【音楽】
オレノグラフィティ / 絢屋順矢 [side-A, B]
トレイ・マッギー [side-C]
【side-A キャスト】※戯曲表記順/登場順
マーティン:青柳尊哉
リヴ:加藤理恵
アイリス:中丸シオン
カート:渡辺邦斗
【side-B キャスト】※戯曲表記順/登場順
マーティン:永嶋柊吾
リヴ:大谷麻衣
アイリス:石山蓮華
カート:岸田タツヤ
【side-C キャスト】※戯曲表記順/登場順
マーティン:渋谷謙人
リヴ:万里紗
アイリス:八幡みゆき
カート:林田航平