2019.9.26  15

【演出家コラム002】偶然は必然 ~日常的演劇考~



【演出家コラム002】偶然は必然 ~日常的演劇考~
【演出家コラム002】偶然は必然 ~日常的演劇考~
 

【演出家コラム002】偶然は必然 ~日常的演劇考~

 
ぼくらの時代の演劇とは何だろう? ふと、こんなことを考えてみる。

すると何だかとてもつまらないことを考えている様な・・・とてつもなく不毛でただただ無意味に過ぎて行く時間=つまらぬ人生を彩るかの様に立ち込める灰褐色の空にも似た、ぼんやりとした嫌な気持ちに襲われる。

 
そもそも僕らが生きている時代とは何だろう? 何も無いのが不毛なのではなくて、何でも有り過ぎるのが不毛なのだ。 “情報過多による不感症” まあ、謂わばそんなところだろうか。

 
どうやらこの情報化社会という奴の楽しみ方は、面白そうなものを探しに街へ出るのではなく、面白いとされるもの、既知のものを確認しに街へ繰り出すことらしい。観光ガイド本を隅から隅まで読み込んでから旅行に出る人がいるという。まあ、名所めぐりも結構だが、それはまるで何処かのホームの駅員のルーティーンの如く。謂わば“指差し確認型旅行”とでも形容すべきだろうか。

 
僕の友人に「旅行に行くときは観光ガイド本の類は見ないことにしている」という強者がいる。この話を聞いたのは確か20代の頃だったが、その時はその意味がよく分からなかった。何だか勿体無い様な気すらしたものだ。

同時期にもう一人の友人からこんな話を聞いた。酒も博打も、おまけに女遊びにも縁のない彼は、働いた金を300万ほど貯めるとさっさと仕事を辞め、文庫本数冊を抱えバリ島へ旅に出た。聞いたところによると、何やら「のんびり本を読む為にバリ島に行く」のだと言う。だが残念ながら彼の望みは叶わなかった。バリ島滞在初日に宿泊先のホテルで高熱を出し、滞在中、医者にかかってただただ寝ていたと言うのだ。

 
この話を聞かされた時、ふと思った。「何と贅沢な!」と。そう、まさに彼は全身全霊をかけ、その命をもってしてバリの地と対峙したのだ。よく考えてみて欲しい、これが一通り観光地を巡って思い出の写真など撮ったところで、20年後の今、こんなところで彼の話をしていただろうか? それどころかそもそも彼がバリ島に行った話自体覚えていた自信すらない。

そう、即ち、これこそドラマなのだ! 謂わば、記憶に残る演劇とでも言うべきか。ドラマトゥルギーの欠如を持ってしてドラマを制する。これもまた真なり。彼の多大なる間抜けさは、若干の前衛性を持ってしてドラマを制するに至ったのだ。  

 
ちなみに、丁度この頃に観た某有名タレントが出演していた舞台、行ったのは思い出せるが肝心の中身(ストーリー)は全く覚えていない。 

一見、非生産的なもの、偶然と思われるものこそ必然だったりするものなのだ。だって、今のあなたを創っているのは過去のあなたに起こった出来事の積み重ねだし、未来のあなたを創っているのは今のあなたに起こっている出来事の積み重ねなのだから。即ち、“今起こっている偶然”は“未来のあなたにとっての必然”と言うことになる訳です。

さあ、偶然と出会いに街に出よう!

 

 

今日の結論: 僕は、そんな“偶然”になりうる演劇を創りたいと思っている。

 
 


 
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(文:関口純 ※文章・写真の無断転載を禁じます)

この記事を書いたのは

関口純
劇作・演出・作曲家。楽劇座芸術監督として7年間で100作品以上の演出を担当する。曽祖父は新劇の演出家、祖母はギタリスト、父は新劇プロデューサー、母は女優という芸術一家に生まれる。幼少期よりピアノ、十代の頃より音大教授に作曲を師事。その後、クラシックからポップス、劇音楽に至るまで幅広い分野でミュージシャンとして活動する傍ら、劇作・演出家の津上忠氏のもとで演出の研鑽を積む。日本テレビ音楽(株)顧問(サウンドプロデューサー)等を経て、現職。

 

 

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