浦井健治が口を裂かれた青年を熱演し、“本物の笑顔”を探し求める ミュージカル「笑う男 The Eternal Love-永遠の愛-」観劇レビュー
ミュージカル「笑う男」浦井健治浦井健治が口を裂かれた青年を熱演し、“本物の笑顔”を探し求める ミュージカル「笑う男 The Eternal Love-永遠の愛-」観劇レビュー
原作となるのは、『レ・ミゼラブル』などの著者として知られるヴィクトル・ユゴーによる同名小説。2018年初夏に韓国で世界初演の幕を開け話題を呼んだ大作ミュージカルが、早くも日本初演を迎えます。
ロバート・ヨハンソンが手掛ける脚本に、数多くの傑作を生み出したゴールデンコンビ、フランク・ワイルドホーンとジャック・マーフィーが紡ぐ重厚で壮大な音楽・歌詞が鮮やかに色を加え、日本版演出を担う上田一豪により、美しく繊細な舞台として日本のミュージカル史に新たな1ページが刻まれます!
本作はまず、舞台セットがとても不思議な役割を果たしていると思いました。まるで鳥の巣のように編み込まれた木造のセットがずっと変わらず存在しているのですが、周りのセット転換によって全く違う雰囲気を纏って見えるのです。森の中、にぎやかな見世物小屋、華々しい王宮。その全てに絶妙に溶け込み、時には複雑に絡み合った木々の姿が、登場人物達の心の葛藤を表しているようにも見えて、とても面白い。
山口祐一郎
1689年、冬のイングランド。“子供買い”の異名を持つコンプラチコの手により、見世物として口を裂かれた少年・グウィンプレンが、一行の船から放り出されて、極寒の雪の中をさ迷い歩く場面から物語は始まります。あてもなく雪道を歩いていると、凍え死んだ女性の腕の中から赤ん坊の泣き声がすることに気づき、彼は、その赤ん坊にデアと名付け、子守唄を歌いながら再び雪道を歩き出します。
その道すがら、グウィンプレンは移動馬車を見つけて助けを求めます。そこで生活をしていたのは興行師のウルシュス(山口祐一郎)。初めは冷たく接するものの二人を馬車に招き入れ、彼はグウィンプレンの顔を見てすぐにコンプラチコの仕業だと悟り、そして赤ん坊のデアは盲目であることを知ります。
『どうやって生き延びればよいのか』と悩みながらも、二人と生活を共にする事を決めるウルシュス。山口祐一郎さんの劇場全体を優しく包み込むような歌声の中に、ウルシュスの強い決心が伺えて、物語序盤からじんわりと心が温かくなりました。
浦井健治、夢咲ねね
それから15年の月日が流れ、青年に成長したグウィンプレン(浦井健治)はその奇妙な顔から“笑う男”と呼ばれて話題の人となっており、兄妹のように育ったデア(衛藤美彩 ※夢咲ねねとのWキャスト)と共に自らの生い立ちを紹介する興行が人気を博していました。
グウィンプレン役の浦井健治さんは、残酷な運命に翻弄されながらも、家族や仲間を愛し、ひたむきに生きる青年の姿をころころと表情を変えて魅力的に体現。無邪気な笑顔を見せ、デアに語り掛ける声は柔らかく耳に優しい。けれど、自分の境遇に悩み葛藤する時は一気に目の色が変わり、ダークなオーラを放ちます。持ちうる引き出しを少しずつ開けたり閉めたりを繰り返すその巧みさ故に、上演時間約3時間弱の間で何度もギャップにやられました。浦井さんの色んな顔を見て、一石に十鳥くらい得たい!という方は絶対に必見の作品だと思います(笑)
浦井健治、衛藤美彩
盲目の少女・デア役の衛藤美彩さんは今年3月に乃木坂46を卒業して、初の舞台。そのフレッシュさが、心は子供のまま体が成長したような、手荒に触れたらすぐに傷ついてしまいそうなデアの脆さや、周りの人達が守ってあげたくなる汚れを知らない無垢さによくマッチしていた様に思いました。
グウィンプレンとデア。15年かけて築きあげられた二人の“信頼関係”は、いつしか“愛(Love)”へと変化して行きます。
ミュージカル「笑う男」
ところ変わって、貴族達の生活は豪華絢爛。しかし、日々権力争いが行われ、皆誰かの顔色を伺い、本当の顔を煌びやかな衣装に隠して生きているよう。広々とした王宮で暮らしていてもどこか窮屈そうな不気味さを感じました。
宮原浩暢、石川禅
中でも特徴的な人物が、石川禅さん演じる王宮の使用人・フェドロ。対する人によって見せる顔が違えば声も違う。王宮の中を器用に立ち回っている様に見えて、心の奥底ではとても計算高くて野心家。静かに燃える青い炎のように、ゆっくりと物語をかき乱して行く石川さんの見事なストーリーテラーぶりにはゾクッとしました。
その王宮では、女王の異母妹のジョシアナ公爵(朝夏まなと)が退屈な生活に刺激を求めていると知った、婚約者のデヴィット・ディリー・ムーア卿(宮原浩暢)が、彼女をグウィンプレン達の興行観劇へと誘い、この観劇をきっかけに物語は大きく動き出します。
浦井健治、朝夏まなと
ジョシアナ公爵が、グウィンプレンの醜い顔の中に眠る魅力に心惹かれ、彼を自分のものにしようと誘惑を始めるのですが、この場面の妖艶さが物凄い。2年前まで宝塚歌劇団で男役として輝きを放っていた朝夏さんだからこその、パワフルな歌声と危険な強引さ。心に空いた寂しさを埋める何かを求めて必死にもがく姿は、可哀想ながらも、妙な色っぽさもあります。そんな彼女に、醜い顔なのに求められることへの戸惑いと、大人の色気にされるがままのグウィンプレンの瞳が子犬のようでとても可愛かったです(笑)
対して、デヴィット・ディリー・ムーア卿も可哀想な人。今まで散々遊んで来た結果、財政は破綻寸前。ジョシアナ公爵の愛も手に入らず、心の安定を酒に頼り、その勢いでデアに手を出そうとします。デヴィット役の宮原さんは、悪役ですが、彼の惨めさを丁寧に表現されていて、聞いていてズドンと胸に響く歌声も本当に痺れます。
浦井健治、山口祐一郎
ジョシアナ公爵の元からグウィンプレンが逃げ帰ると、怖い目にあって震えるデアと、彼女を慰める仲間達の姿。遅く帰って来たグウィンプレンをウルシュスは叱ります。けれども、グウィンプレンは『自分にも幸せになる権利がある』と対抗。そこから軽い対立が始まってしまうのですが、ウルシュスがグウィンプレンの反発をなだめるのも彼への愛情ゆえ。血は繋がっていなくても、彼らの間に“家族の愛”が見えた瞬間のように思いました。
浦井健治、夢咲ねね
ここまで長々とお伝えしたのはすべて、1幕の物語。ある日、突然見世物小屋に姿を表したフェドロに捕まり、衝撃の事実を聞かされるグウィンプレン。2幕は怒濤の勢いで物語が展開して行きます。
本当に醜いものの正体は何か。醜い“笑い顔”を刻まれたグウィンプレンが、本物の“笑顔”を探す旅の続きと行く末はぜひ皆さんの目で見届けていただきたいと思います。
ベースにあるのは残酷なお話なはずなのに、全く重たく感じず、彼らなりに懸命にささやかな幸せを感じて生きているのが伝わってくるので、むしろ裕福に暮らす貴族達の方がけして幸せには見えなかったりして、この作品の持つメッセージ性の高さを感じました。そして、私達が生活する世界でも、「ありきたりな毎日の中にある、小さな幸せを大切にしなさい」と背中を押されたような気がしました。
浦井健治、衛藤美彩
東京公演は、日生劇場にて上演中。4月29日(月)まで公演された後、名古屋、富山、大阪、福岡で公演されます。
詳細は公式サイトで。
(写真提供:東宝演劇部 文:越前葵)
ミュージカル「笑う男 The Eternal Love -永遠の愛-」
【脚本】ロバート・ヨハンソン
【音楽】フランク・ワイルドホーン
【歌詞】ジャック・マーフィー
【翻訳・訳詞・演出】上田一豪
【出演】
グウィンプレン:浦井健治
デア(Wキャスト):夢咲ねね、衛藤美彩
ジョシアナ公爵:朝夏まなと
デヴィット・ディリー・ムーア卿:宮原浩暢
フェドロ:石川禅
ウルシュス:山口祐一郎
中山昇、上野哲也、宇月颯、清水彩花
榎本成志、小原和彦、仙名立宗、早川一矢、藤岡義樹、堀江慎也、森山大輔、石田佳名子、内田智子、岡本華奈、栗山絵美、コリ伽路、富田亜希、安田カナ、吉田萌美(男女50音順)
リトル・グウィンプレン(トリプルキャスト):大前優樹、下之園嵐史、豊島青空
2019年4月9日(火)~4月29日(月・祝)/東京・日生劇場
2019年5月3日(金・祝)~5月6日(月・休)/名古屋・御園座
2019年5月10日(金)~5月12日(日)/富山・新川文化ホール
2019年5月16日(木)~5月19日(日)/大阪・梅田芸術劇場メインホール
2019年5月25日(土)~5月26日(日)/福岡・北九州ソレイユホール