
ただの異国のロードムービーではない、心の居場所を取り戻す物語 ミュージカル『バグダッド・カフェ』観劇レビュー

ミュージカル『バグダッド・カフェ』
ただの異国のロードムービーではない、心の居場所を取り戻す物語 ミュージカル『バグダッド・カフェ』観劇レビュー
映画『バクダッド・カフェ』がまさかのミュージカル化!? 映画は有名なのに、実はちゃんと観たことがない――そんな状態でゲネプロを観劇してきました。「ロードムービーをどう舞台に落とし込むんだろう?」という半信半疑な気持ちを抱えたまま客席へ。ところが、舞台上に“あの給水タンク”が存在しているのを見て、一気に引き込まれた。映画の象徴的なビジュアルを壊さず、演劇としての世界観に丁寧に再構築しようという意志が、冒頭からはっきり伝わってくる。
ジャスミンを演じる花總まりさんは、砂漠の土地には似つかわしくない上品な衣装で現れ、ぎこちなく会話をし、時折ドイツ語を交える。“品格のある異物”という存在を繊細に体現していた。記者会見ではドイツ語や手品に苦労していると話していたけれど、実際の舞台では違和感なくドイツ語を操り、キーとなる手品も堂々と披露する姿に、役作りへのストイックさを感じた。

ミュージカル『バグダッド・カフェ』
バクダッド・カフェの女主人ブレンダ役の森公美子さんは、冒頭から圧倒的な存在感。低音の響くソウルフルな歌声で、怒りも疲労もすべて音に乗せて客席へ叩きつけるように歌い上げる。その迫力で劇場全体の空気が一気に支配される。一幕では“怒りの塊”のようだったブレンダが、後半では情のある優しさを滲ませていく。その変化がまた胸に響く。

ミュージカル『バグダッド・カフェ』
正直に言うと、すべてを見終えるまで一幕は不安だった。ロードムービーを思わせるゆっくりとしたテンポ、見えてこない人間関係、そしてオーケストラ編成なのに楽曲が少なく、「ミュージカルらしい歌い上げ」がなかなか来ない構成。思わず「この作品、大丈夫…?」と思ってしまう瞬間すらあった。けれど、あの“手探り感”こそ、異国の地に立ち尽くすジャスミンの心そのものを観客に追体験させる仕掛けだったのだと気づいたとき、作品への信頼が一気に反転した。

ミュージカル『バグダッド・カフェ』
二幕に入ると物語も人間関係も一気に動き出し、それに合わせて“ミュージカルらしい流れ”が急加速。ジャスミンが子どもたちと心を通わせ、客たちとも笑い合い、ブレンダともようやく向き合い始める。その頃には半年の時間が過ぎ、グリーンカードの期限は切れていた。「急にテンポが良くなった」と感じるのは、世界側ではなく“ジャスミン側の心”が開いた証拠。あの不安定さも、あの静けさも、一幕まるごと“必要な工程”だったのだと腑に落ちた瞬間、まさに匠の技を見た気がした。
花總さんとモリクミさんは今回が初共演。記者会見ではすでに息ぴったりで、互いにツッコミ合いながら笑って話す姿が印象的だった。作品では激しくぶつかり合うのに、実際はもう親友みたいと言いたくなる関係性。その“役と本人の距離感”があるからこそ、舞台上のにらみ合いや怒鳴り合いがよりエモーショナルに響くのだと思う。
バクダッド・カフェは、ただの異国のロードムービーではない。“心の居場所を取り戻す物語”なのだと感じた。気づけば、私自身もほんの少しだけ、このカフェに滞在していたような気分になっていた。
(文:かみざともりひと)
ミュージカル『バグダッド・カフェ』
【脚本】パーシー・アドロン/エレオノーレ・アドロン
【音楽】ボブ・テルソン
【歌詞】リー・ブルーワー/ボブ・テルソン/パーシー・アドロン
【演出】小山ゆうな
【翻訳・訳詞】高橋知伽江
【音楽監督】荻野清子
【出演】
花總まり 森公美子
小西遼生 清水美依紗 松田凌 芋洗坂係長
岸祐二 坂元健児 太田緑ロランス 越永健太郎
伊藤かの子 聖司朗 東間一貴 中嶋紗希 舩山智香子 堀江慎也
【スウィング】
齋藤信吾 齋藤千夏
2025年11月2日(日)〜23日(日・祝)/東京・シアタークリエ
2025年11月28日(金)〜30日(日)/愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
2025年12月4日(木)〜7日(日)/大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
2025年12月13日(土)・14日(日)/富山・富山県民会館

