あなたは、自分の信じる光を手放さずにいられるか? 『マリー・キュリー』観劇レビュー


ミュージカル『マリー・キュリー』

あなたは、自分の信じる光を手放さずにいられるか? 『マリー・キュリー』観劇レビュー

「『これは“わたし”の物語である』と感じてください」とは、ミュージカル「マリー・キュリー」の演出家である演出家・鈴木裕美さんのコメント。

2023年の初演からわずか2年、メインキャストを新たに迎えた今回の再演は2チームでの上演です。両公演を見てのレビューをお届けいたします。
本作のモデルは、マリー・キュリー。夫ピエール・キュリーと共にラジウムを発見し、ノーベル賞を2025年の現在に至るまで唯一二度受賞した女性の科学者。けれどこの作品が描くのは、歴史の教科書や偉人の伝記に載る“女性の偉人”ではなく、ひとりの『マリー』という女性としての物語です。

星風まどか・葛山信吾
星風まどか・葛山信吾  撮影:田中亜紀

今作は、“Fact(事実)”と“Fiction(虚構)”を混ぜた『ファクション・ミュージカル』と銘打った作品。
とはいえ、「いやいや、世の中の基本線、どんな作品もいわゆる『ファクション・ミュージカル』ではないの??」と思いません?今作のモデルとなっているマリー・キュリー以外にもミュージカルにテレビドラマや映画・・・歴史上の人物・実際の事件・出来事を題材にした物語は古今東西種類を問わず多くありますが、その全てに「※この物語はフィクションです。」の注意書きが絶対にまず目に入るところに太字で出ています。
フィクションであることは言わなくてもわかってるし、けど一応書いてあるというお約束構成。「そこでわざわざオリジナル用語でフィクションなのって言われなくてもじゃないですか?」とちょっと疑問符が浮かぶ人もいるかもしれません。というか私は浮かびました。

結論。これ「ファクション・ミュージカル」って言い方にしておいてもらって正解。


石田ニコル 撮影:田中亜紀

元々キュリー夫人の子供向け伝記などで”Fact”部分の歴史的な流れについてはざっくり話は把握していた私でも「ん?これ史実?創作?どっち?」と惑わされる部分があるわけです。
“フィクション”部分がこれが絶妙に「トータルではフィクションなんだけど、実際にこういう研究はしてたしサポートはしてくれてたんだが、こういう感じで進んでたり、こういう登場人物が現実にもいてくれたらよかったのに!」と現実そのままだと鬱展開になりかねない部分をうまいこと人間関係を軸にして埋めていくストーリー展開が上手い。ラジウムウォーターとか流行ってたのは本当の話らしいと聞くと「危険すぎる!」と思っちゃいますね・・・。


水田航生 撮影:田中亜紀

もし、研究資金に困っていた二人の可能性を見出して、研究材料や環境を全面的に支援してくれるパトロンがいたとしたら?
もし、ポーランドから遠路はるばるパリまでやってきて、屋根裏部屋のアパートで孤独に勉学を続けていたマリーのそばに、共に遠い旅路を歩いてくれる研究以外の友人がいたとしたら?
きっと、こういう世界線があり得たのであればそれはそれで素晴らしいのではないかと思わされる作品です。


星風まどか・石田ニコル 撮影:田中亜紀

今作品、マリー役/ピエール役/そして史実には存在しないアンヌ役の3名はそれぞれチームが固定で上演されています。
どちらも魅力のあるチームで、演出の鈴木さんの言葉を借りるなら【昆・松下・鈴木チーム】はお互いにぶつかり合う愛、【星風・葛山・石田チーム】は包み込むような愛があるチーム。会見での「どちらも初日時点でしっかり尻尾まであんこが入っています」とのコメント通り、さながらつぶあんとこしあんがそれぞれ具がしっかり入っている鯛焼きです。こんな素晴らしく丁寧に作られたプロダクションを鯛焼きに例えるんかい!と思われるかもしれませんが、作品を見るほどに味が出る、役者の個性がしっかり残った濃厚な演技のバランス、そして滑らかで均整のとれた仕上がり・・・・・そう思わせるほど、演者一人一人がこの作品を自分の中に落とし込み、咀嚼していると感じました。


雷太 撮影:田中亜紀

またダブルキャストの場合、近いタイプの方をキャスティングされることが比較的多い印象がありますが、今作のメイン4名はそれぞれかなり違うタイプなので「この役、別のタイプの役者さんが演じてるところも見たいんだよな〜〜〜!!!」という需要にバッチリマッチ。特にピエール役の松下さん・葛山さんは昆・松下ペアだと共闘する研究者夫婦という印象ですが、星風・葛山ペアだと実際にも歳の差夫婦であったキュリー夫妻の関係性が葛山ピエールの包容力・安定感がすごい。またルーベン役の水田さん・雷太さんはビジュアルも含めて「こういうダブルキャストの組み方面白いな」とうなります。それぞれタイプが異なる出演者だからこその芝居上の化学反応の結果と言えると思います。
ミュージカルナンバーに関しても、男性陣は言うまでもなく、もちろんダブルヒロインと言っても過言ではない?マリー役の昆さん・星風さん、アンヌ役の鈴木さん・石田さんそれぞれの歌声も聴きごたえバッチリです。


鈴木瑛美子 ほか 撮影:田中亜紀

そして物語を咀嚼しているのはメインキャストだけではありません。
今作、上演時間の2時間半八面六臂の大活躍を本番中ずっと続けているアンサンブルの皆さんにもご注目いただきたい!
舞台制作の目線でコメントさせていただくと、作品の台本上、この登場シーンの誰それにはこういう名前があって・・・・というのはあるはあるのですがそれが舞台上で実際に「役者の名前」として呼ばれるかは別問題。
今作は各シーンで登場する全員に“役名”があるのです。マリーと一緒に授業を受けているソルボンヌの学生、ラジウム工場の工員たち・・・・とりあえずそこに立ってる「その他の人」が一人もいません。ちゃんと名前のある役として登場しています。だからこそ、群像の一瞬一瞬が観客それぞれに刺さります。「あのシーンはマリーに共感したけど、こっちのシーンでは誰それに共感した!」「ラジウム工場のシーンであの人が言ってたセリフ、わかる〜」と一人一人が役を生きているからこそ「これは“わたし”の物語だ」と感じ取れると思います。

マリーは、理性と情熱の両極を往復するように生きる。今風に端的にまとめてしまうなら「化学オタクの人間関係ポンコツ」なのかもしれないけれど、目的に対して真っ直ぐ。ラジウム発見の喜びも、社会の壁も、夫ピエールとの絆も、すべてを“科学者として”受け止める。
史実には存在しないアンヌは、マリーを「ニンゲン」らしくたらしめる象徴的存在。ポーランドから出稼ぎに来ていて、ラジウム工場で働く女性として、そしてマリーを映す鏡として、観客に「被験者」を見せる。こちらもオリジナル人物のルーベンは、非常に21世紀的なキャラクター描写が多く、現代人から見ても「理想の上司」。ただし、本人の理想と現実は必ずしも一致するわけではなく、また何事も善悪の二元では語れない立場を体現していると感じました。

この作品は、『わたし』が声を上げる物語であり、同時に「信じること」そのものへの賛歌。ついつい、2025年になってもまだまだ「女性初」「女性として・・・」と枕詞がついてしまう時代に同時代性を重ねてしまうけれど、それは本当にたまたま時期が被ってしまっただけ。重ねるのは自由だけれど、シンプルに「わたしの物語を生きる」女性たちの静かなる戦いであり、観客に問いかけていると感じました。
―あなたは、自分の信じる光を手放さずにいられるか?


昆夏美・松下優也 撮影:田中亜紀

観劇を終えて、静かに残る余韻は、ラジウムの光のように身体の奥に残る。蝕まれる危険と美しさは紙一重。
それでも、遠くの地図の果てまで導いてくれる星を見たいと願うのは、皆同じかもしれません。

(文:藤田侑加

ミュージカル『マリー・キュリー』

【脚本】チョン・セウン
【作曲】チェ・ジョンユン
【演出】鈴木裕美
【翻訳・訳詞】高橋亜子

【出演】
昆 夏美 星風まどか(W キャスト)
松下優也 葛山信吾(W キャスト)
鈴木瑛美子 石田ニコル(W キャスト)
水田航生 雷太(W キャスト)

能條愛未 可知寛子 清水彩花 石川新太 坂元宏旬 藤浦功一 山口将太朗 石井咲 石井亜早実

【スウィング】
飯田汐音

2025年10月25日(土)〜11月9日(日)/東京・天王洲 銀河劇場
2025年11月28日(金)〜30日(日)/大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

公式サイト
https://mariecurie-musical.jp/

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