
夫婦のあり方から、“自分の人生”を見つめ直す物語『したいとか、したくないとかの話じゃない2026』観劇レビュー
『したいとか、したくないとかの話じゃない2026』写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
今作は、河合郁人さん×橋本マナミさん、松崎祐介さん×宇垣美里さんの二組が夫婦役として出演しVISIONARY READING『したいとか、したくないとかの話じゃない2026』として、5月に東京・大阪で上演されます。
本記事では、河合郁人さん、橋本マナミさん出演回の観劇レビューをお届けします。
あらすじ
時は、コロナの話題でもちきりの 2020 年春。
映画監督として一時はブレイクしかけるも、その後鳴かず飛ばずのまま、浮気相手にも振られる始末の夫・孝志。
そんな夫に内緒で応募したシナリオコンクールで優秀賞を受賞し、家事育児だけの生活から外の世界に飛び出そうとしている妻・恭子。
ある日の夕方、ドラマ化が決まった脚本の修正作業に追われる恭子のもとに、保育園のお迎えに行った孝志から一通の LINEが届く。
『今晩、久しぶりにしたいです。どうですか……?』
このメッセージをきっかけに、我慢と妥協に満ちたふたりの関係が動き始める。
「したい」夫と「したくない」妻。夫婦が良い関係を築くために、セックスは必須なのか?
容赦なく思いをぶつけ合うなかで、初めて気づく本当の気持ち──。
“セックスレス”をきっかけに、夫婦のあり方や人生を見つめなおす、不器用なふたりの物語。
物語の舞台は、コロナ禍。
当時、世間で飛び交っていた「コロナ婚」「コロナベビー」「コロナ離婚」という言葉たち。
“Stay Home”により、誰もが外出を制限され、家の中で過ごす時間が増えたあの頃。既婚・独身、老若男女を問わず、自分の人生や働き方、人間関係を見つめ直した人は多かったのではないでしょうか。
本作の二人も、慌ただしい日常の中では見過ごしていた、夫婦の距離感や価値観、そして自分自身の本音と向き合わざるを得なくなります。
夫婦は、お互いのこと、そして自分自身についてじっくり考え、ぶつかり合いながら、「これから」を選択していきます。
社会全体が立ち止まったあの期間は、人間の本質や、“本当に大切にしたいもの”を浮かび上がらせる時間だったのかもしれません。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
物語は、河合郁人さん演じる夫・孝志と、橋本マナミさん演じる妻・恭子の会話を中心に進行する朗読劇です。
私は、これまでバラエティや歌番組での河合さんの印象が強かったため、「どんなお芝居をされるのだろう」と思っていましたが、観劇後は“孝志という役がとてもハマっている”と感じました。
孝志は、10年前に監督として賞を獲り、成功した過去の栄光にしがみつきながら、現在は「インプット期間」と称して家事育児を担っているものの、ほぼ仕事がない状態です。さらに、ワークショップで知り合った若い女優と浮気までしてしまいます。
その浮気相手にも振られ、妻に「したい」と懇願する姿は、情けなく、独りよがりで、正直どうしようもない人物にも映ります。けれど、母親に溺愛されて育った彼の自己肯定感の高さや、ある意味での素直さには、鬱陶しさと同時に妙な人間臭さもあり、どこか憎みきれない。そんな“ダメさ”と“愛嬌”が同居する孝志という人物像が、河合さんの持つ雰囲気と重なって見え、役に合っているように感じました。
そんな孝志に対し、恭子は「気持ち悪い」「あっち行って」「したくない」と辛辣な言葉を浴びせます。それでも食い下がる孝志に対し、恭子は「本当に消えてよ、邪魔だから」とまで言い放つのですが、その場面や言葉には、かなり苦しくなりました。
夫婦だからと言って、自分の気持ちを無視して夫を拒めないのかと嘆く恭子の気持ちもわかります。そして、育児や家事に追われる日々の中で、ようやく掴みかけた“脚本家になる”という夢。その挑戦の時間すら奪われていくように感じ、心身ともに余裕を失っていく恭子の苦しさも理解できます。ですが、どれだけ相手に嫌気が差していたとしても、あまりに強い拒絶の言葉は、見ていて“言葉の暴力”のようにも感じられました。だらしなく、自己中心的な部分がある孝志ですが、それでも必死に妻へすがる姿には不憫さもあり、だからこそ二人のやり取りは、単純な“夫が悪い”“妻が悪い”では割り切れない気持ちになりました。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
拒絶の言葉を浴び「ここまで言われて私は恭子としたいのだろうか?」と孝志は自問自答します。恭子の「私に対する愛情ではなく、執着では?」という言葉も印象的でした。愛情には、相手を思いやる視点があり、執着には、「自分が満たされたい」という欲求が中心にあるように感じます。もちろん孝志にも寂しさや孤独はあるでしょう。けれど、“愛している”と言いながら、その実態が「性欲の処理」や「自分を安心させたい欲求」が隠れているのではないかという問いかけには、思わず考えさせられました。
恭子はその後も、「今の孝志には魅力を感じない」「輝いてない」と、胸の内に溜め込んでいた本音を突きつけます。
さらに、孝志が以前より執拗に恭子を求めるようになったのが、彼女が受賞して以降だったことにも触れ、「自分のテリトリーの外で妻が評価され、活躍することを快く思っていないのではないか」と不満をぶつけます。
すると孝志も感情を露わに反論し、次第に二人は激しく罵り合っていきます。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
劇中ドラマでは、若かりし頃の夫婦役として、小栗有以さんと、ゆうたろうさんが出演しています。二人の初々しく愛らしい姿が映し出されるたびに、かつてどの夫婦にもあったであろう、ときめきや愛情、相手を思いやる気持ち、そしてきらきらと輝いていた“二人だけの時間”を感じさせます。
だからこそ、時を経た現在の夫婦とのギャップがより際立ち、「あの頃は確かに愛し合っていたはずなのに」と胸が締め付けられました。過去と現在を対比させることで、二人の関係性の変化がより鮮明に浮かび上がっていたように思います。
出会った頃は、夫に憧れや尊敬の気持ちがあった。「今も大嫌いになったわけじゃない。でもしたくない」埋められない温度差が、二人の間には確かに存在している―― そんな夫婦の関係性をリアルに描き出し、恭子の抱えるもどかしさや鬱屈した感情を、橋本マナミさんは確かな表現力で丁寧に体現していました。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
実母や義母との関係性に触れる場面もありますが、親との距離感や親に対する複雑な感情には、共感する部分が多くありました。
何かあるたびに「お父さんに聞かなきゃ」と口にする母。そこには、母自身の意思よりも常に父の意向が優先され、父の機嫌や顔色をうかがいながら、“夫中心”に人生を生きてきた女性の姿が滲みます。
現代ほど女性の社会進出が一般的ではなかった時代背景を考えれば、そうした価値観が根付いていたのも無理はないのかもしれません。
それでも、父に依存する一方で、その父への不満や愚痴を娘に延々とこぼし続ける母の姿には、どこか歪さも感じさせます。
そんな母に対し、「こんな老人にはなりたくない」と吐き捨てる恭子の言葉には強い嫌悪感がありました。
ただ、その感情には、「自分はこんな人生を送りたくない」という将来への恐れや、反面教師として見ている部分も含まれているように感じます。だからこそ、その言葉には鋭さだけでなく、どこか切実さもありました。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
劇中、特に強く心に残ったのが、
「イライラして八つ当たりしてる。私、自分の人生を人のせいにしてる」という恭子の言葉です。
「夫のせいで」「家事や子育てで時間がないせいで」
「親が褒めて育ててくれなかったせいで」――。
恭子は、自分の人生が思い通りにいかない理由や、抱えている不満を次々と口にします。もちろん、人は誰かや環境に期待し、影響を受けながら生きているものですし、育ってきた環境や置かれた状況が、その人に与える影響は決して小さくないと思います。
それでも最終的に選択を重ね、“今”を生きているのは自分自身。
つまらない人生にしているのは自分なのに、夫や母親に本音をぶつけて一時的にスッキリすることでしか感情を処理できない――。そんな自分自身の姿を客観的に見つめ直し、「誰のせいにもせず、自分の人生を生きたい」と伝える恭子の言葉には大きな重みがありました。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
私自身は独身で、子どもも旦那もいません。
それでも、この夫婦の物語には胸に響く部分が数多くありました。
人の成功や幸せを素直に喜べなかったり、羨ましく感じてしまったり。
「時間がない」「上司が」「会社が」――気づけば、自分以外の何かを理由にしてしまうことは、きっと誰にでもあると思います。
だからこそ、この作品は単なる“夫婦の問題”を描いた物語ではなく、
「自分は、自分の人生をちゃんと生きられているか」
という問いを、観る側にも静かに投げかけてくる作品なのだと感じました。
写真:福岡諒祠(株式会社GEKKO)
終盤、自分自身を見つめ直し、もう一度前を向いて生き始めた孝志。そんな彼の姿を見て、「今のあなたなら――」とこぼす恭子。
一人の人間として、そして異性として、もう一度向き合えるかもしれない――。二人の間に、そんな微かな希望の灯火が見えたように感じます。
だからこそ、この先の二人がどんな関係を築いていくのか、想像を掻き立てられるラストでした。
ぜひ劇場で、二人がそれぞれ選び取っていく未来の行方を見届けてください。
(文:あかね渉)
【原作】足立紳
【脚本】足立紳、新井友香
【演出】新井友香 【映像監督】井上博貴
【出演】
河合郁⼈ 橋本マナミ
松崎祐介(ふぉ〜ゆ〜) 宇垣美⾥
映像出演 小栗有以(AKB48) ゆうたろう
したいとか、したくないとかの話じゃない2026
【日程・会場】
東京公演:2026年5月12日(火) 〜 5月17日(日)
会場:よみうり大手町ホール
大阪公演:2026年5月29日(金) 〜 5月31日(日)
会場:COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール

