
『マタ・ハリ』一人一人に異なる刺さり方をする生き様が舞台に。
『マタ・ハリ』再々演!大人気の人物譚が再び。
『マタ・ハリ』が帰ってくる。
そう聞いてチケットを手に取った人も多いと思います。本作は2018年に日本初演を迎え、2021年に再演。そして今回が再々演となりました。キャストの経歴、ホールの規模感からみても、ここまでの規模感の公演が7年の間に再々演を迎えるのは『マタ・ハリ』という作品が深くお客様心に刺さったことをよく表していると思います。遅くなってしまいましたが、本稿ではそんな再々演のゲネプロの模様をお届けします!
激動の時代、1人の女性の生き様。

(左 アルマン役:加藤和樹さん 右 マタ・ハリ役:愛希れいかさん)
簡単にイントロを語りましょう。
舞台は第一次世界大戦下のフランス。思いがけず長引いた戦争は多数の死者と「戦争」という事象の残酷さを人々に突き付けていました。そんな中、ダンサーのマタ・ハリは妖艶な踊りとその美貌、そして大戦に関与しないという立場を明らかにすることで戦時下の国々を自由に行き来することができました。戦時下においてその事実は大変な力の象徴でもあります。
その力に目を付けた軍人ラドゥーはドイツの情報を盗むように彼女に迫ります。はじめは応じないマタ・ハリでありましたが、ひょんなことから出会った青年アルマンに惹かれていくと同時に一度だけスパイになることを決意します。しかし、その決断は悲劇の幕上げとなっていきました。
人々を惹きつける情動の嵐。
この物語の魅力は各々の感情が嵐のように激しく揺れ動くこと。そしてその荒々しき様を役者たちが全身で表現することだと思っています。実際にマタ・ハリを演じた柚希礼音さんや演出家の石丸さち子さんはゲネプロ前の公開取材にて稽古場を「戦い」であったと語るほどでした。この作品を演ずるにはそれだけのエネルギーが必要なのでしょう…
それはラドゥーもアルマンも変わりません。というより、兵士、夫の帰りを待つ妻、劇中では時に名前が明らかにされない彼ら彼女たちも変わりません。何故なら名無しの役たち、それぞれが一般市民として戦争を表現しなければラドゥーやアルマンの葛藤が全く響かないからです。ラドゥーやアルマンといった軍でそれなりの権力をもつ人間は力を持たない人間が儚く無慈悲に散りゆく様に葛藤するのですから。そういった文字通りの全員で作り上げる舞台は凄まじい熱量を届けます。それでは実際の芝居の様子を観ていきましょう!
マタ・ハリ役としての甘美な美しさ。

(マタ・ハリ役:柚希礼音さん)
今回マタ・ハリを演じたのは2018年から演じている柚希礼音さんと2021年から演じている愛希れいかさんの2人。作曲を務めたフランク・ワイルドホーンさんは「こんな美しい人たちがいますか?」と冗談交じりに語っていましたが、2人の美しさは確かに浮世離れしています。
ゲネプロでは柚希礼音さんが演じられました。圧巻だったのは肉体美とダンスの妖艶さで、マタ・ハリとしての説得力を格段に高めています。年齢を公開していない柚希さんだが芸歴を考えれば若手ではありません。そんな女優がこれだけの美を維持しているのはすさまじいプロ意識と断言できます。特にダンスは引き込む力が段違い。私はダンスに関しては素人であり、ダンスの細かな評価は出来ません。しかし、柚希さんのダンスは正に傾国の美女で人を狂わせる力があると感じました。この知識がない人間にもリーチする力は本当に驚嘆の一言に尽きます。
また、ミュージカルであるため当然歌もあります。マタ・ハリとして膨大な運動量をこなしながら質量のある歌声を届けている様子はまさに歌姫。権力を越えた力を美貌とスキルで得ていたマタ・ハリとピッタリ重なっていきました。
悪役とは言い切れない…しかし、間違いなく悪役である。
物語の鍵を握るラドゥーは非常に難しい役どころになっています。物語上ではアルマンとマタ・ハリを引き裂く悪でありながらもその葛藤は非常に人間味に溢れています。今回ラドゥーを演じたのは2018年から演じられている加藤和樹さんと初参加の廣瀬友祐さん。どちらも整った顔立ちと180cmを超える長身を併せ持つ俳優であり、その風貌は40代にはみえない若々しさを備えています。

(ラドゥー役:廣瀬友祐さん)
そんな年齢を感じさせない風貌はラドゥーにはピッタリ。軍でそれなりの権威を持ちながら、妻を持つラドゥー。一方でマタ・ハリに対する自身の感情は若者のように性欲で振り回されてしまいます。このギャップにピタリとハマる。

(ラドゥー役:加藤和樹さん)
ゲネプロでは加藤さんが演じられました。俳優だけでなく声優としても活躍の場を広げる加藤さんの声は低音がよく響き非常に聞き取りやすいです。『マタ・ハリ』の音楽は叙事詩を表現するかのように荘厳な音楽が多いため、オーケストラの音圧がかなり厚くなっています。その中でも歌詞をしっかりと届ける姿は流石のスキルの高さ。公開取材でコロナの影響で千秋楽まで走り切れなかった前回(2021年)への悔しさを語っていた彼は気合十分でアップデートした姿をお客様に魅せています。
若者として軍人として「生きる」ということ。

(アルマン役:甲斐翔真さん)
この物語のヒーローであるアルマン。『マタ・ハリ』という主人公の名を冠したミュージカルではありますが、アルマンも登場時間的にもかなりのウェイトを占めています。今回のアルマンもWキャスト。ラドゥーも演じている加藤和樹さんが2018年以来となる7年ぶりに演じます。加えて初参加の甲斐翔真さんが演じており、なんと加藤さんと甲斐さんは13歳差。しかし、爽やかな若者の甲斐さんと同じ年齢の若者を演じているのは加藤さんがどれだけ若々しいかを示しているでしょう。
ゲネプロでは甲斐さんがオンステージ。27歳でありながら、数々のミュージカルで経験を積む甲斐さんは堂々たる振る舞いでマタ・ハリにもラドゥーにも絡んでいきます。彼の声質は少し高めの中音域でイメージでいえばアニメのイケメンキャラクターのような華のある声です。その声がラドゥーの加藤さんと張り合うことでよく映えます。特に中盤から終盤にかけて2人が共に歌うシーンは必見でしょう。

(マタ・ハリ(柚希礼音さん)とアルマン(甲斐翔真さん)の一幕)
マタ・ハリと愛を育むシーンも外せません。ところで、演劇には時間の制約があります。どうしても一幕の時間を長くしすぎてしまうとお客様とキャストの集中力が続きません。その中で物語を俯瞰視点から描かなければならないのです。つまり、時間にして30-40分の中で出会い、激しく恋に落ちます。言うは易く行うは難しきことを平然とやっているのです。
そんな恋愛模様を柚希さんと甲斐さんは緻密に行っています。戦時下の明日もわからぬ恋は現代よりもきっと1日1日が重い。だからこそ激しく、時に泥のようにぬかるんでいる。そんな細部を歌声で2人は表現します。特にアルマンの故郷であるリヨンに立ち寄った際の歌は要注目です。アルマンにとって大事な場所であるリヨンはマタ・ハリが過去を打ち明けることでアルマンにとって更に価値が増すことになりますが、同時にマタ・ハリのスパイ容疑がバレた場所となってしまいます。そんな悲喜を詰め込んだ場所でアルマンは高らかにマタ・ハリと「これから」を歌うのです。初見では希望に満ちた歌ですが、未来を知っていることで深みが増すでしょう。
大黒柱のような安心感ある芝居の力。

(アンナ役:春風ひとみさん)
ここまで経験値のある役者さんが演じられていることを紹介してきました。しかし、上記のメインキャラクターたちの情動の振り幅が大きいことによってお客様の中には一抹の不安を抱える方もいらっしゃいます。それは「なんか疲れたなあ」とか「面白いけど観るのしんどいな」とかそういった漠然とした感想になることもあるでしょう。
そんな中でアンナは一貫しています。ずっとマタ・ハリの味方だからです。マタ・ハリもそれをわかっているから、ルーティンとして同じ質問を毎公演でします。つまり、お客様は安心して観ることができる役ともいえるでしょう。アンナを演じたのは春風ひとみさん。2021年から演じられています。還暦を過ぎられた女優さんですが発生や滑舌はまだまだ響き届きます。また、独特の安心感は先に書きました情動、そして戦時中という状況の中で特に光ってみえるようです。
「大切な誰かが強い意志で破滅に向かっていくのを止められない」という状況は小さなことでも身に覚えのある人は多いかもしれません。アンナ、そして春風さんの芝居から何かを感じとる人も多いのではないでしょうか…
スケールの大きさという楽しみ。
少し現実的な話ではありますが、ミュージカルはストレートプレイに比べてお金がかかります。演出に加えて、音楽的な面で幅広いことを行うからです。つまり、必然的に1年でお目にかかれる回数が少ないこともしばしば。だからこそ観る人には目一杯楽しんでほしいです!
また販売されている配信チケットでも生の観劇には劣ってしまうかもしれませんが、疑似最前列的に楽しむこともできます。むしろ俳優の表情をしっかりと見ることができるという点では圧倒的に優れた形です。是非、楽しんでください!
(文:田中諒)
ミュージカル『マタ・ハリ』
訳詞・翻訳・演出 石丸さち子
〈出演〉
マタ・ハリ:柚希礼音/愛希れいか
アルマン:加藤和樹/甲斐翔真
ラドゥー:加藤和樹/廣瀬友祐
ヴォン・ビッシング:神尾佑
アンナ:春風ひとみ
パンルヴェ:中山昇
企画・製作:梅田芸術劇場
◻︎公演日程
【東京公演】
公演日程:2025年10月1日(水)~10月14日(火)
会場:東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
【大阪公演】
公演日程:2025年10月20日(月)~10月26日(日)
会場:梅田芸術劇場メインホール
【福岡公演】
公演日程:2025年11月1日(土)~11月3日(火・祝)
会場:博多座
【ライブ配信日程】
11/2(日)17:00公演/11/3(月・祝)12:00公演
両日共に11/9(日)23:59まで視聴可能となっています。
ご購入方法は『マタ・ハリ』舞台公式サイトでご確認ください!


 
							 
							 
							 
							 
							 
							 
							