舞台『すべての幸運を手にした男』

Travis Japan川島如恵留初単独主演!ダンスを封印しストレートプレイに挑戦! 『すべての幸運を手にした男』取材会&観劇レビュー

川島如恵留さん(Travis Japan)が単独初主演を務める舞台『すべての幸運を手にした男』が、2025年11月~12月に東京グローブ座で上演されます。
舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁

今作は、世界を代表する劇作家アーサー・ミラーの初期の傑作戯曲で、1944年にニューヨークで世界初演され、今回新訳で日本初演が実現しました。

囲み取材では、主人公のデイヴィッド・ビーヴス役の川島さん、ビーヴスの恋人へスター・フォーク役の花乃まりあさん、兄のエイモス・ビーヴス役の大野拓朗さん、父のパターソン・ビーヴス役の羽場裕一さん、そして演出を担当したリンゼイ・ポズナーさんが登壇されました。今記事では、囲み取材の様子と観劇レビューについてお伝えしていきます。

あらすじ
アメリカ中西部の小さな町。デイヴィッド・ビーヴス(川島如恵留)は、独学で技術を身につけ、自宅の納屋で小さな自動車整備工場を営んでいる。野球選手を夢見て懸命に練習を重ねるが、芽が出ない兄。それでも兄に夢を託し続ける⽗。恋人のヘスターとは7年にわたって交際しているが、彼女の⽗から強く反対され、いまだに結婚には至っていない。
だが、ある夜を境にデイヴィッドの人生は幸運に彩られ始め、人生の障害は次々に消え去り、ついにヘスターと結ばれる。周囲の人々が困難に直面する中、続いていくデイヴィッドの成功。しかし、自らの力でなにかを成し遂げた実感がない彼は、次第に将来への不安を募らせていく。
そして、ヘスターが我が子を宿したとき――、その不安はひとつの確信へと変わるのだった。

 
初日を迎え、川島さんは
「とてもとても楽しみです! 舞台上では我々はマイクを使わずに地声で、生の声でお届けする形の作品となっております。声を最後の一滴まで全部絞り出していきたいと思いますので、よろしくお願いします!」とキラキラした目で意気込みを語っていました。役者陣の地声で舞台を楽しめるというのは距離感の近さや“生”の舞台ならではの良さを感じます。

「昨日までは、緊張の渦に巻き込まれているんじゃないかと思っていたんですが、いざこうして初日を迎えて、ステージに立ってみると、緊張の“き”の字も無くて、すごく楽しみでワクワクしているんですよ。それもそのはず。すごくたくさん準備をしてきたので何も怖がることがないんです。そして、このステージ上で二度も衣裳付きの通し稽古をさせていただいて、誰も不安なことなく、しっかりとした気持ちで臨めるということが自信につながっているので、怖さは全く無くて、すごく楽しみでございます」と、初日に向けて積み重ねた時間が確かな自信となり、舞台に立つその姿には晴れ晴れとした光が宿っていて、座長としての頼もしさが伝わってきました。

「初の単独主演を『すべての幸運を手にした男』という作品でさせていただけることに、本当に幸運を感じていますので、12月まで全公演を楽しんでいきたいと思います」と爽やかな笑顔で語ってくださいました。

川島さんの印象について、羽場さんは「明るくていいんじゃない♪」と答え、⼤野さんも「ポジティブだよね。リンゼイさんからのノートの全てを受け⽌めて、絶対に消化してやってやる︕って感じだったり」と川島さんの勤勉さや真面目さ、やる気漲る姿をほめてらっしゃいました。それを聞いた川島さんは「それは、感覚としては“Travis Japan魂”なんです!Travis Japanというグループが『全部を受け止めて、それを全部形にして成長していこう』というメンバーが集まっているので、それがこのカンパニーに少しでもいい影響をお渡しできていたらいいなと思います」とTravis Japanでの活動や在り方が今回の作品にも活きているようでした。

演出のリンゼイさんは、川島さんについて、「本当に酷(ひど)かった。冗談です(笑)」とジョークを発し、それに対して川島さんが膝から崩れ落ちるという場を和ませるようなやり取りがありました。

「如恵留さんとのコラボレーションは楽しかったですし、いい関係が作れました。僕からの演出に対してもとてもオープンだったし、細かくディテールまで応えてくださって、素晴らしい稽古時間を過ごすことができました。そして、稽古を通して如恵留さんがすごく成長して、どんどん役を掴んでいく様を見るのも嬉しかったですし、常に完璧を求めて稽古をしている姿にも感心しました」と称賛されていました。それを受け、川島さんは嬉しそうな表情で「いい質問をありがとうございました。」と答えていました。

本作の見どころについて、大野さんは
「皆さんの人生において、誰しも起こり得るというか、誰しもが直面するであろう“運”と“努力”と、そこの葛藤を登場人物たちみんなが直面したりして進んでいく物語だと思うんです。観てくださる皆さんも共感できる瞬間が至る所に散りばめられていると思いますので、登場人物たちの葛藤だったり、祈りだったりとかに気持ちを寄り添いつつ、この作品を楽しんでいただけたらと思っております。人間の心理を描き出すのがアーサー・ミラーの真骨頂だと思うんですけど、それが存分に散りばめられているのでぜひ楽しんでいただければ」と魅力について語ってくださいました。

稽古中、みんなストイックで真剣に台本とにらめっこしていたそうですが、囲み取材では、羽場さんが自分のバッグからマイクを出して渡すといった笑いも交えた雰囲気で和気あいあいとした仲の良さを感じました。

舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁

舞台自体は、ストレートプレイということで、歌やダンス、派手な演出はなく、俳優の芝居や演技力が試されるような重厚感のある内容でした。また、マイクに頼らない生声は、俳優の緊張感をより研ぎ澄まし、声の響きや熱のこもった演技に自然と引き込まれました。

川島さんと言えば、アクロバットや華やかなダンスのイメージが強く、宅建など複数の資格を持つ“知性派アイドル”としても活躍されています。今作ではその幅広い才能に加え、俳優としての引き出しの多さを改めて感じさせてくれました。
子役時代は劇団四季でヤングシンバを務めていた経歴を持つ川島さんならではの、長い舞台経験に裏打ちされた確かな表現力が光っていました。

主人公デイヴィッドは、明るく真面目で、謙虚さや周りへの感謝を忘れない人物です。家族を大切にし、優しく、幼馴染のへスターを一途に愛する情熱があり、仕事にも勤勉な好青年。個人的にきちんと「ありがとう」「ごめんね」が言える部分は好感が持てましたし、穏やかな川島さんと重なる部分も多く、端正で爽やかな顔立ちに黒髪、ツナギ姿のラフな格好ながら、清潔感と品が漂っていて素敵でした。

場面は、デイヴィッドの修理工場であるガレージと、家のリビングというシンプルな二つの空間で構成されています。ガレージは本来、工具が散らばり油の匂いが漂う“雑然とした場所”のイメージがありますが、舞台上では整理され、小ぎれいに整えられています。そこには、デイヴィッドの几帳面でまっすぐな性格が表れているように感じました。

デイヴィッドは運もそうですが、その実直さや誠実さゆえに周囲からさまざまな援助を受け、やりたかったことを成し遂げていきます。しかし彼自身は、努力している兄や能力がある友人ガスの方が報われるべきなのに、“特別な何か”や“幸せになる明確な理由”がない自分が幸せになってはいけないのではないかと素直に喜べずにいます。ヘスターや友人は「幸せや成功はあなた自身が掴んだものだから、素直に受け取るべき」と諭します。しかし彼は、幸せな出来事が起こるたびに「同じだけの不幸が訪れるのではないか」という恐怖に包まれ、次第に自ら不幸を求めるような思考に囚われていきます。

こうした考え方には、幼い頃から続いてきた兄優遇の環境も影響しているのではないかと感じました。兄エイモスは幼い頃から野球の才能を評価され、父はその期待を一身に兄へ注ぎ、時間も愛情もほとんど兄に費やします。成人してからもその姿勢は変わらず、父の子どもに対する兄弟間の温度差は明らかでした。

それでもデイヴィッドは孤独感を表に出さず、純粋に二人を応援し、努力を続ける兄を尊敬し続けます。そんな環境でも妬まず、擦れることもなく、自分のやるべきことをコツコツと積み重ね、小さな整備工場を営んでいます。デイビッドは特別に学んだわけではないのに“なんとなくできてしまう”ため仕事が舞い込みますが、本来なら整備士としてのセンスや才能の表れであるはずのそれを、彼は「努力していないのに評価されている」と捉え、負担に感じていきます。
その後ろめたさこそが、彼を誰よりも謙虚にし、驕ることなく、素直に他者から学び続ける姿勢へと繋がっているように感じ、彼の魅力にも繋がります。しかし、マイナス思考に陥る様子に彼の深い自信のなさがにじんでいるように感じました。

川島さんはデイヴィッドの心の揺れを丁寧に表現していて、晴れやかで柔和だった表情が徐々に青ざめ、精神が崩れていく過程を、息づかいにまで細やかに落とし込んでいました。驚いた時や恐怖に怯える場面で、大きな瞳がさらに見開かれる表情が特に印象的でした。

舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁

今作は“人生で幸せと不幸は同じだけくる”という、いわゆる「正負の法則」や運をテーマに、交錯する人間ドラマを描き出していきます。

デイヴィッドは「幸せになれば、その代償(不幸)を払わなければならない」「それは呪いで、理屈なんかない」と言います。しかし、思い込みという「呪い」をかけているのはデイヴィッド本人のようでした。

劇中、物語は極端な方向へと話が進んでいきます。詳細はネタバレに繋がるのでお伝え出来ませんが、幸せが続くことで、不安や恐怖が高まり疑心暗鬼になった主人公と周囲の人間との関係が少しづつ不穏な空気に包まれていきます。

彼の思い込みは、客観的に見るとやや大袈裟にも映ります。(私も心の中で、「落ち着いて、デイヴィッド!」と何度も突っ込みました。笑)観客として距離を置いて見れば、彼がどれほど“もったいない選択”をしていて、どれほど滑稽で残念に見えるかは明らかです。

けれど――もし自分が当のデイヴィッド本人で、その渦中にいたとしたら、果たして冷静でいられるのだろうか?と考えてしまいました。幸せなほど、ふとした瞬間に不安が忍び寄ることがある。友人に成功ばかり語れば自慢に聞こえるのではと気にしてしまい、つい“失敗談も話して均衡を取らなきゃ”と思う気持ちも、実は理解できてしまう。

そう思うと、デイヴィッドの葛藤は、決して彼だけの特異なものではなく、誰の心にもひそむ影のようなものなのだと感じました。

なぜなら、“運”や“幸・不幸”の概念は、世界中で古くから語り継がれてきた普遍的なものだからです。
「人生、悪いことばかりじゃないよ。きっと良いことがあるよ!」と、人を励ますためによく用いられる一方で、その裏には「良いことがあれば、悪いこともある」という認識も潜んでいます。ゆえに、心が揺れるのも自然なことなのだと思います。

舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁

せめて周囲の人々も夢や成功を掴んでいれば、彼の罪悪感もいくらか薄れたのかもしれません。けれど現実はそうではなく、父独自の練習法を何十年も積み重ねながらも“もう少し”のところで花開かない兄、そして事業に失敗してしまう友人がいます。そんな彼らを間近で見守り続けてきたデイヴィッドが、「(彼らが成功しないのは)おかしい」と叫ぶ瞬間。そこには、現実の残酷さや虚しさ、そして人生の儚さが凝縮されているようで胸を締めつけられました。「誰も悪くない」はずだから「どうか努力が報われてほしい」と願わずにはいられません。

兄エイモスと父の関係はどこか共依存にも見え、長年信じてきたものが揺らいだ瞬間、その関係の脆さが露わになって息苦しくなるほどでした。
華やかなスター選手がいる影には、二人のような存在が何万人もいるのでしょう。努力が必ずしも実を結ばないという、静かで厳しい現実がありました。

舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁

友人のガスは、デイヴィッドが憧れるほどの整備士としての経歴や知識、実力を備えた頼もしい存在です。性格も明るく誠実かつ謙虚、品のある人物です。デイヴィッドと通づる部分も多く、二人が自然に仲良くなるのも納得できます。
しかし、彼は成功せず、ガスを頼ったデイヴィッドの方が結果的に成功を収めます。その状況は、まるで掛け違えたボタンのようで、デイヴィッドが戸惑う気持ちも理解できます。

それでもガスは、デイヴィッドを恨むこともなく(台詞にはないものの内心ではどう感じていたかは別として)、表立って嫉妬心を見せることはありません。デイヴィッドの人柄や仕事ぶりを認め、良好な関係を保ちます。ですが後半では、長年構築した二人の関係が崩れそうになる場面があり、清廉潔白で”いい奴”である彼が疑われる様子は辛いものがありました。
真面目に生きるガスだからこそ、最後は幸せになってほしいと応援したくなる役柄でした。古川耕史さんのスマートな姿が、ガスの人物像にぴったりでした。

舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁

他にも、デイヴィッドを取り巻く印象に残った役柄や俳優の皆さんについてもご紹介します。

駒木根隆介さん演じるJ•Bフェラーは、裕福な商人でありながら、子どもができず酒に溺れてしまう役どころ。お金はあっても”本当に欲しいものを手に入れられない空虚さ”を物語っていました。しかし、彼は影の部分を持ちながらも、朗らかで、財力や人脈を活かし、デイヴィッドに人を紹介したり、支援する人の良さを感じます。”徳を積んでいる彼だからこそ”色々報われて欲しいなと感じていましたが、後々判明した”事実”には胸が張り裂けそうになりました。

余談ですが、駒木根さん、どこかで観たことがあるなと思っていたら、SixTONES・松村北斗さん、なにわ男子・西畑大吾さん主演のドラマ『Knockin on Locked Door』で、汗っかきな刑事役を演じられていました。印象に残っていた俳優さんで、今作でも重要な役どころを担っていらっしゃいました。
舞台『すべての幸運を手にした男』写真:阿部 章仁
デイヴィッドに大きなビジネスチャンスをもたらすダン・ディブルを演じる内田紳一郎さん。以前、長澤まさみさん主演の舞台『おどる夫婦』に出演されていた時にも感じたのですが、内田さんは演技力の高い俳優さんの中でも、特に“キャラクター作りの巧さ”が際立っている方だと思います。独特の台詞回しや間の取り方で、今回も「ああ、こういう人いそう」と思わせるリアリティのある人物像を見事に立ち上げていらっしゃいました。

スキンヘッドで車いす姿の退役軍人ショーリーは、論理的でどこか上から目線の物言いをする、少し癖のある人物です。永島敬三さんがその存在感をしっかりと放つ演技で魅せていました。

誰しもが日常の中でふと感じる“運”や“幸・不幸”。それらは時に、人生そのものを揺るがしかねないほど大きな出来事へと姿を変えます。日々の小さな積み重ねが人生を形づくり、自分の在り方や振る舞い、考え方、言葉、行動――そのすべてが、自分の人生を創りもすれば、壊す材料にもなり得るのだと気づかされました。

ガスの「自分が人生の主になること」という言葉は、まさにその核心を突いています。確かに“運”というものは存在するのかもしれません。けれど、たとえそれを手にしたとしても、その出来事をどう捉えるかによって、幸せにも不幸にも変わっていく。大金を得たからといって必ず幸福になれるわけではないのと同じように、“外側の出来事”そのものは決して答えではないのです。
だからこそ、運や環境に振り回されず、自分自身の軸を保つことが大切なのだと強く感じました。

劇中、ヘスターや友人達と同じように「デイヴィッド頼むから素直に幸せを受け取ってくれ」と私も心の中で叫ばずにはいられない場面も多くありました(笑)
しかし、「自分なんか」と卑下してしまうデイヴィッドの性格や自己肯定感の低さは、SNSの発達で若くして活躍する人も多く、他者との比較も容易にできる現代で、普通を良しとしながらも個性が求められ、「普通の自分はダメ」と考えがちな日本人にも共感する部分もあるのではないでしょうか。

今作は約80年も前の話ながら現代に生きる我々にも響く作品となっています。アーサーミラーの原作が持つ生きるうえでの教訓にもなるようなメッセージが静かに伝わってくるようでした。
すべての幸運を手に入れた男が葛藤し、辿り着く結末とは⁈ぜひ劇場でお楽しみください。
(文:あかね渉

公演情報

『すべての幸運を手にした男』
作:アーサー・ミラー
翻訳:高田曜子
演出:リンゼイ・ポズナー
美術・衣裳:ピーター・マッキントッシュ

出演:
川島如恵留(Travis Japan) 
花乃まりあ  大野拓朗  古河耕史
駒木根隆介  永島敬三  栗田桃子  
内田紳一郎  大石継太  羽場裕一

■公演日程・会場
東京グローブ座 (東京都新宿区百人町3-1-2)
2025年11月14日(金)~12月2日(火)

公式サイト
https://alltheluck.jp/

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