
2025年最も心を震わせる舞台『おどる夫婦』観劇レビュー|長澤まさみ×森山未來主演、timelesz松島聡 競演
撮影:細野晋司
2025年は始まったばかりですが、早くも「今年一番好きな舞台」に出会ってしまったかもしれません!
私はちょうど長澤まさみさん世代なので、“長澤まさみ×森山未來”タッグの映画『世界の中心で、愛をさけぶ』や『モテキ』はもちろん観ています。そんな二人が14年ぶりに共演すると聞いて、胸が高鳴りました!
さらに共演者には、timeleszの松島聡さん!私は彼のデビュー当時から応援していて、紆余曲折を経てグループ名を変更し、新メンバーとともに再スタートを切った現在まで、その歩みを見守ってきました。今回の出演はまさに大歓喜でした!
そして、ドラマやCMで引っ張りだこの小野花梨さん、名バイプレーヤーの皆川猿時さんと、脇を固める俳優陣も実力派ぞろいで、期待は高まるばかりでした。
今作の素晴らしさは、決して豪華なキャストの知名度に頼った作品ではない点です。
物語は、ある夫婦の10年の軌跡を描いており、日常の何気ない会話や瞬間を丹念に描写しています。派手な演出はなく、むしろ「人間の営み」や「人生」「日々の暮らし」にしっかり目を向け、日常や感情の揺れに寄り添って描かれています。
その中で誰もが抱く“言葉にならない思い”を丁寧にすくい上げ、静かに心に響くような作品に仕上がっていました。
ふとした瞬間の表現や心の機微がリアルで繊細で、観ている側は自分の日常や記憶と重なり、自然と共鳴する感覚を味わいました。物語そのものが深く、演出も緻密で、舞台空間全てが語りかけてくるような完成度の高さを感じました。
キャスト一人一人の確かな実力が光り、その個性が交差することで生まれる化学反応のような響き合いを肌で感じることができました。
作・演出を手掛けたのは蓬莱竜太さん!新作書き下ろしで、豪華なキャスト陣も相まって、観劇前から期待していましたが、その期待を大きく超えて、物語、演出、そして役者陣のすべてのバランスが絶妙でした。ぜひお勧めしたい作品です!
長澤まさみと森山未來、静かに響きあう共鳴
近年の長澤まさみさんは、もはや「美人女優」の枠にとどまらず、コメディエンヌとしての才能も開花させ、幅広い役柄を自在に演じる実力派俳優として確固たる地位を築いています。そんな彼女が本作では、「静かな演技」で観る者を引き込んでいきました。
長澤さんが演じるキヌは、デザイナーでありながら自身の見た目には無頓着。仕事に全力を注ぎ、誰かを裏方として支えることに喜びを見出す人物です。今回はその美貌をあえて封印し、飾らないラフでナチュラルな装いで登場します。
それにもかかわらず、いや、だからこそ――長澤さんのスタイルの良さと、内からにじみ出る存在感が際立ち、観客の目を引きつけました。
森山未來さんは、自然体でありながら、ふとした瞬間に感情が深く響く演技をされていて、心が揺さぶられました。特に、森山さん演じるヒロヒコがお母さんとの思い出や、長い間胸の奥で燻っていた後悔を吐き出す場面は、心臓をえぐられるような苦しさがあり、涙が止まりませんでした。言葉にならない思いが溢れ、観ているこちらまで感情の波に飲まれるようでした。
一見、性格も価値観も違うようで、どこか根底では似ている――そんな夫婦を演じる長澤まさみさんと森山未來さんの掛け合いが、とても自然でしっくりと心に馴染みました。
二人を取り巻く家族や友人たちの姿、夫婦の関係性から、それぞれの苦悩と葛藤が浮かび上がります。ここからは印象的だった共演者の魅力についてお伝えします。
撮影:細野晋司
松島聡の人生が息づく役、光也
キヌの弟・光也を演じたのは、松島聡さん。今回のキャスト陣は実力派揃いでしたが、その中でも“役者・松島聡”としての輝きに、私は一番驚かされました!
(以下、親しみを込めて“聡ちゃん”と呼ばせていただきます。)
まず、最初にビジュアルに目を奪われました!ホワイトコーデは、聡ちゃんと光也の持つ純粋で誠実な人柄を表現していて、清潔感が際立ち、まさに爽やかなお兄さん!私は2階席から観ていましたが、遠目からでもイケメンオーラがビシビシと伝わってきました。まるで少年から青年へと成長する過渡期のようで、無邪気さや純真さの中に、ほんのりとした色気とアンニュイな雰囲気が感じられました。
光也という役は、短期記憶障害を抱えた難しい役柄ですが、ふわっと柔らかく、繊細な雰囲気をまとった姿は、まさに聡ちゃんにぴったり‼︎自然でありながら深みのある演技に引き込まれました。
「自分なんか…」と自虐的でネガティブ、うまくいっている人への羨望や苛立ちから、つい嫌味を口にしてしまう――そんなうだつの上がらないライターの義兄・ヒロヒコ。
そんな彼に対して光也は、「僕は読んで感動した!すごいよ」と、嘘のないまっすぐな言葉で称賛を贈ります。飾らず、まっすぐに相手の良さを認められる光也の姿に、心を打たれました。なんだか、そのまっすぐで飾らない言葉の投げかけ方が、とても“聡ちゃんぽく”感じられて、胸がじんとしました。相手をちゃんと見て、素直に「すごい」と言えるその優しさも、彼自身の魅力そのものだなと思います。
記憶障害のせいで、以前に交わした大切な会話を忘れてしまい、そのことで相手を傷つけてしまった——。その事実に直面した光也は、自分を許せず、激しく責めてしまいます。
でもそれは、彼がとても繊細で、傷つきやすく、何より相手の気持ちを思いやる心を持っているからこそ。その姿が痛いほど胸に響きました。
そして、ひどい言葉をかけられても怒ることなく、「言い合いができて楽しい!面白い」と受け止めてしまう光也の器の大きさに、思わず驚かされました。
そんな姿は、どこか聡ちゃん自身と重なるようで、リンクする瞬間がいくつもありました。
それは、松島聡という人が、ただ表面的に明るいだけの存在ではなく——心の奥底にある痛みや迷い、どうしようもない孤独を抱えながらも、それらと真摯に向き合い、乗り越え、今この瞬間も闘いながら生きているからこそ、言葉の一つひとつ、表情の端々に、揺るぎない説得力と深みが宿っているのだと思います。
光也があれほど清らかでいられるのは、生まれ持った優しさだけでなく、「そのままの彼」を無条件に受け入れてくれる姉や母の存在があったから。一方で、本人は「もっと頑張らなきゃ」「こんなんじゃだめだ」と自らを責め、もがいています。それは他者にはどうすることもできない、“本人だけの闘い”なのだということが、ひしひしと伝わってきて、胸が締めつけられました。今にも消えてしまいそうな小さな灯火のような儚さ、壊れてしまいそうな硝子のような脆さ。それでも崩れぬように微笑み、糸を張るように気持ちを立て直していく姿には、言葉では言い尽くせないほどの美しさと魂の強さを感じました。
この「光也」という役は、松島聡という人間でなければ成立しなかった——そう思えるほどの説得力がありました。
演技が上手く、さまざまな役をこなせる役者さんはたくさんいます。でも、観客の心を震わせ、深く響かせることができる人が、果たしてどれほどいるでしょうか。
「光也」という役は、聡ちゃんがこれまでの人生で経験し、積み重ねてきたものすべてを、余すことなく注ぎ込んだ役だったのではないかと思います。
“アイドル松島聡”として笑顔を振りまいてきたその裏で、見えないところで必死にもがき、悩み、葛藤しながら、それでも人間らしく、誠実に生きてきた“松島聡”という人間だからこそ、演じることができた、伝えることができた——そんな役だったと感じました。
感情やエネルギーを爆発させるシーンは、パニック障害を抱える聡ちゃんにとって、きっと大きな勇気が必要だったのではないかと推測します。(それも舞台期間中に何度も同じシーンを演じるわけですから)
聡ちゃんをこれまで見守ってきた方々には、彼が全身全霊で舞台で表現している姿をぜひ観てほしいと強く感じました。今作は、彼にとって大きな挑戦だったのではないかと思います。
物語に深みを添える共演陣
内田慈さんは、長澤まさみさん演じるキヌの幼なじみ役を演じていました。配役を知った当初は、実年齢の印象から「年齢感に少しギャップがあるのでは?」と違和感を覚えましたが、舞台が始まるとその印象はすぐに払拭されました。キヌを認め、大切な友人として支える一方で、仕事で成功していくキヌに対してどこか嫉妬や劣等感を抱いてしまう――
そんな複雑な感情を、内田さんは非常に巧みに表現していて、思わず感情移入してしまいました。微妙な心の動きをしっかりと描き出す演技が光る、とても印象的な役どころでした。
今作では、皆川猿時さんの個性や魅力が爆発しています!劇中でさまざまな役柄を演じていましたが、どのキャラクターも超個性的で、強烈な存在感を放っていました。七変化のように次々と姿を変え、全力ではっちゃけながら役柄になりきっているその姿に、思わず引き込まれました。「次はどんな魅せ方をしてくれるのだろう?」と、皆川さんの登場をわくわくしながら待っている自分がいました。今作は割とモノローグ的な静かな場面も多いですが、皆川さんの存在や場面がコミカルで良いアクセントになっていました!
小野花梨さんは、どこかに本当に“いそう”と思わせる人物を自然体で演じるのがとても上手だと感じました。そのリアリティと温度感が、色んな作品に引っ張りだこな理由だと感じました。
内田紳一郎さん演じるヒロヒコのお父さんと伊藤蘭さん演じるキヌのお母さんの役柄は田舎の漁師の父と都会の教育ママのコントラストが効いていて、夫婦の育ってきた環境やお互いの価値観の違いがはっきりとわかり、そんな二人とその家族が関係性を築いていくことの難しさを表現していました。内田さんの、おおらかで細かいことを気にしないお父さん役は方言も自然でハマり役でした。
伊藤さん演じるキヌの母が娘や息子を心配するあまり、つい口出ししてしまったり、思いが強すぎてすれ違い、母娘の間に確執が生まれてしまう様子は、「あるある」と感じる親子関係そのものでした。
「生きるとは?」当たり前の価値に気づく時
「生きるとは」と光也が語る場面も心に残りました。
“満員電車に揺られる” “誰かがたわいもない理由で口論している光景” “駅前のTSUTAYAに借りに行く”そんな日常の一コマを描きながら、私たちがその“当たり前”をどれだけ当然視しているかを改めて認識させられました。時にはそれを“つまらない”や“大したことない”と感じることもありますが、地震や災害でその当たり前が突然奪われることで、日常の大切さや、家族の存在の重さに気づき、後悔することがあるのだと感じました。
目の前の仕事やあれこれに追われ、毎日をあくせく過ごしている中で、「幸せとは何か?」や「生きるとは?」といった本質的な問いに向き合わせられる作品でした。
また、東日本大震災やコロナ禍など、作品に織り交ぜられた背景も物語をさらに深め、視点を変えて考えさせられる部分が多かったです。私は熊本地震の際、熊本出身ながら、東京に住んでいたため、森山さん演じるヒロヒコの心情に重なる部分がありました。
今作では人間の、どこか胸に引っかかるような感情や、ふと見えてしまう嫌な一面、イラっとする瞬間も描かれますが——それすらも「そこはかとない人間らしさ」として丁寧に包み込まれているようで、誰かが悪者になることはなく、それぞれに抱えた思いや事情が自然と伝わってきて好感が持てました。
登場人物一人一人が、一瞬を、一日を一生懸命生きながら、他者との関係性を紡いでいる姿に温かみを感じました。
撮影:細野晋司
また、見どころとして、小野花梨さんは「場面転換時のセットの大道具の動き」にも注目して欲しいとコメントされていました。話の展開に沿うように流動的で自然な様子は“まるで物が意志を持って生きているような、劇場自体が大きな生物のような空間”だと表現されていました。私自身、いつの間にか蓬莱ワールドに引き込まれる様な不思議な体感がありました。回る舞台で場面によって速さや動きが変わり、スローモーションのように見せ方を変えたり、出演者が傍観者のように見ていたりと、演出が興味深かったです。
私は、どんなに体調を整え、大好きな推しが出ていたとしても内容が面白くないと夢の世界にいってしまうタイプです。(笑)しかし、今作は夜勤明けのほぼ寝てない状態でしたが、アクションや派手な演出がない作品ながら3時間超全く眠気に襲われず、夢中で集中して観てしまいました。それぐらい役者の皆さんの演技や物語に引き込まれました!
「どんなクライマックスになるのだろうか?」と前半では全く予想がつかなかったのに、後半にかけて想像を遥かに超える展開が繰り広げられ、「おどる夫婦」というタイトルの伏線が回収された瞬間、思わず唸ってしまいました。タイトルにはさまざまな意味が込められていると思いますが、物語を通してその意図が伝わり、納得できました。
夫婦の時間って、まるで天気のようだなと思いました。快晴ばかりじゃなく、時にはピカッと晴れて楽しい日もあれば、大喧嘩で雷が落ちるような嵐の日もある。何事もなかったように、ふわりと心地よい陽気に戻る日もあれば、ずっともやもやと曇り空が続くこともある。そんなふうに、はっきりしない空模様のなかでも、二人で時間を重ねていく——それが夫婦というものなのかもしれないと、舞台を観ながら感じました。
夫婦が共に過ごした10年は、「いろいろあったね」の一言で片付けるには、あまりにも重く、複雑で、生々しい時間でした。クラブで踊った、あの混沌とした夜の最低な思い出や家族との関係で抱えたもやもややわだかまり。それらすべてが「乗り越えた」とは言い切れないまま、それでもなお「一緒に在る」という選択をしている——その積み重ねが、最後のふたりのシーンを一際美しく、心に残るものにしていたのだと思います。
それは、他人にはわからない、ふたりにしかわからないことであり、ふたりだからこそ分かち合えるもの。だからこそ「夫婦」とは、他の誰とも代えのきかない、特別な関係なのだと感じました。そこには、温かな許しと、静かに灯る希望が確かにありました。
私は結婚していませんが、それでもこの作品は胸に深く響きました。それは、登場人物の誰かや、ふとした瞬間や感情に、自分自身を重ねられる場面があったからだと思います。
家や職場でのギスギスした会話や空気感、夫婦・親子・友人同士の関係性、仕事への向き合い方や毎日の繰り返し…。胸がぎゅーっとする気持ち、ぐわぐわ、ごわごわ、もやもや、ゾクゾク、チリチリ…。名前のつかない感情や余韻、そしてそれにまつわる情景達が脚本や台詞という「言葉」に起こされ、俳優たちによって命を吹き込まれます。さらに、音楽・照明・衣装・小道具・舞台美術といったあらゆる要素が一体となって表現され、それがしっかりと観客の心に届いてくる……この舞台では、そのすべてが見事に成り立っていました。
単なる演出家やキャストの自己満足で終わるような作品ではありません。観客は、目の前で繰り広げられる“生”の役者同士の感情のぶつかり合い、アドリブの妙を肌で感じながら、物語のテーマやメッセージを自然と受け取り、心が震えるような感覚に包まれます。
まさに「舞台だからこそ味わえる醍醐味」が凝縮された、素晴らしい作品でした。
場面の詳細をここでお伝えできないのがもどかしいですが、その全容はぜひ、劇場でご自身の目で体感してください!
(舞台ならではの仕掛けも多くありますが、良質な作品ですので、多くの方に届けるため、映画化も検討して欲しいし、映画の表現も観たい作品だなとも思いました。)
(文:あかね渉)
舞台『おどる夫婦』
■出演:長澤まさみ、森山未來、松島聡、皆川猿時、小野花梨、内田慈、岩瀬亮、内田紳一郎、伊藤蘭
■作・演出:蓬莱竜太
東京公演
2025年4月10日(木)~5月4日(日・祝) THEATER MILANO-Za(東急歌舞伎町タワー6階)
大阪公演
2025年5月10日(土) ~5月19日(月) 森ノ宮ピロティホール
新潟公演
2025年5月24日(土)、25日(日) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
長野公演
2025年5月31日(土)、6月1日(日) サントミューゼ 大ホール(上田市交流文化芸術センター)
公式サイト
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/25_odorufuufu/