自分自身を愛し、すべてが変わり始める ミュージカル『VIOLET』観劇レビュー
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
舞台は1964年、アメリカ南部の片田舎。
主人公のヴァイオレットは幼いころ、父親による不慮の事故で顔に大きな傷を負います。25歳の今まで人目を避けてきましたが、あらゆる傷を癒すという奇跡のテレビ伝道師に会いに、西へ1500キロ、人生初の旅に出るところから物語は始まります。
本作『VIOLET』は、梅田芸術劇場が英国の150年以上の歴史を持つチャリングクロス劇場と共同で企画・制作・上演したミュージカル。演出家の藤田俊太郎が単身渡英して作り上げた2019年の英国初演、2020年日本公演を経て、今年2024年に待望の再演が決定しました。ヴァイオレット役には三浦透子さん・屋比久知奈さんのWキャスト、他にも個性豊かなキャスト陣が揃い、愛に溢れた作品が帰ってきました。複雑な人間模様や、矛盾だらけの感情…人間味のある不器用な愛すべき登場人物たちに注目です!
様々な人と多様な価値観に出会う旅、そして新しい自分とも
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
自分の顔にある傷のせいで、人生の多くが犠牲になった(と思っている)ヴァイオレット。家族に愛され友達と笑いあい、素敵な恋愛だって、もっと楽しい人生を送れたはずだった。その傷は心にもおよび、人目を避けて過ごしてきた25歳の彼女は卑屈な性格で陰な雰囲気をまとっています。セリフの端々にためらいやネガティブさを滲ませ、話す時は相手がついていけないほど早口に。一方で、無邪気で子供のような一面もあり、自分の傷を治してくれると信じてやまないテレビ伝道師様のこととなるとキラキラと瞳を輝かせます。感情はまるでジェットコースター。陰と陽を激しく行き来してとにかく感情の忙しい、人間らしいキャラクターに引き込まれていきました。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
彼女の唯一の望みは、幼少期に顔に負った傷を治すこと。
大小あれど誰もが持っているコンプレックス。それと変身願望。小さいころはヒーローかお姫様か、大人になっても自分ではない何者かになりたい、なれる気がしている。いつの時代も変わらない願いだと思います。ヴァイオレットは、コンプレックスである傷を消し、「新しい顔」を手に入れて生まれ変わりたいと強く願っています。私もキレイになって輝けるという希望を抱いて、目をとじて輝いている自分を何度も想像して…彼女には自分の傷、顔は醜いという意識がこびりついていて、変身を切望するその姿は痛いほど胸に迫ります。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
長距離バスには様々な人が様々な目的で乗車しています。乗客の一人、黒人兵士のフリック(東啓介さん)とは、外見が理由で自身を判断されるという共通点から意気投合。人種差別という、理由は違えど外見でによって差別や偏見を受け、本当の自分を理解されない苦しさを知っています。
しかし境遇は似ていても、他人の傷は完全には分かり得ないもの。その痛みを知っているはずのヴァイオレットでさえ、無神経に肌の色の話を口走り、フリックを傷つけてしまいます。自分の日常でも同じようなことあるよな、と思いつつ、人は完全に分かりあうことは難しいことを改めて感じさせられました。悲しいですが、きっと分かり合える瞬間があるだけなのだと思います。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
フリックは、はじめこそヴァイオレットの旅の理由を聞いてからかいますが、彼女の行く先を静かに見守る人物でもあります。東さんは舞台上でも存在感があり、パワフルな歌声とどっしりと構えた立ち姿。軍服を着ていても分かる身体の厚みは動く度に迫力を感じ、包容力にあふれていました。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
同じく長距離バスに居合わせた、白人兵士のモンティ(立石俊樹さん)。立石さんは軽やかな身のこなしが魅力で、瞳の使い方が印象的でした。目を見つめられたら溶けてしまいそうな甘い眼差しでヴァイオレットをとらえ、かと思えばフリックとふざけている時は遊園地ではしゃぐ少年のよう。
モンティは旅の途中にヴァイオレットと一夜を過ごすことになります。はたして彼はヴァイオレットを癒し、彼女にとって支えとなる大切な存在になり得るのでしょうか。
その他にも、バスの乗客の老婦人(樹里咲穂さん)や、ヴァイオレットが愛してやまないテレビ伝道師様(原田優一さん)など、旅の中で様々な人物と出会っていきます。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
そして、人間の機微を包み込む、ダイナミックな音楽の数々も外せません。
長距離バスの旅は疾走感のある音楽と共に進んでいき、父親との回想シーンでは懐かしさとのどかさを感じるカントリーミュージック、メンフィスの夜では熱く燃え上がるソウルミュージック、聖歌隊が歌いあげるゴスペルなど…人間関係を縫うように音楽が張り巡らさえており、豪華キャスト陣による歌声は圧巻です。
長い旅の末、見つけるものとはー。
長いバス旅の末、彼女がたどり着くのはどこなのか、そこには何が待っているのか、本当の傷はどこにあるのかー。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
不幸だと思い込んできた少女時代の思い出や憎き父親の存在、ずっと聞けなかった言葉。
傷つき傷つけられ、いっそのこと一人でいたいと思っても、やっぱり人は一人では生きられないのかもしれません。色々なものに惑わされ苦しみながらも、行動を起こし外の世界に踏み出したことで、ヴァイオレットの過去と未来が変わっていきます。
ミュージカル『VIOLET』撮影:岡千里
私もヴァイオレットと一緒に自分を顧みて、思い返される忘れたい過去に少し胸を痛めながらも、前に進もうとするヴァイオレットに勇気をもらいました。ヴァイオレットが自分の足で進み、たどりつく先をぜひ劇場で見届けてください!
本作は、東京・東京芸術劇場プレイハウスで上演されたのち、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティでも上演されます。
詳細は公式サイトで!
https://www.umegei.com/violet/
(文:真来こはる)
ミュージカル『VIOLET』
【音楽】ジニーン・テソーリ
【脚本・歌詞】ブライアン・クロウリー
【原作】ドリス・ベッツ「The Ugliest Pilgrim」
【演出】藤田俊太郎
【出演】
ヴァイオレット:三浦透子 / 屋比久知奈
フリック:東啓介
モンティ:立石俊樹
ミュージックホール・ シンガー:sara
ヴァージル:若林星弥
リロイ:森山大輔
ルーラ:谷口ゆうな
老婦人:樹里咲穂
伝道師:原田優一
父親:spi
ヤングヴァイオレット:生田志守葉 / 嘉村咲良 / 水谷優月
【スウィング】
木暮真一郎 / 伊宮理恵
【日程】
2024年4月7日(日)~2024年4月21日(日)/東京・東京芸術劇場 プレイハウス
2024年4月27日(土)~4月29日(月・祝)/大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
2024年5月4日(土)/福岡・キャナルシティ劇場
2024年5月10日(金)~2024年5月11日(土)/宮城・電力ホール