(このレビューは、ダブルキャスト、トリプルキャストの中から、アーニャ役:葵わかなさん、ディミトリ役:海宝直人さん、グレブ役:堂珍嘉邦さん、ヴラド役:大澄賢也さん、リリー役:朝海ひかるさんver.を観劇して、執筆しています。)
まず初めに問います。
今これを読んでいる、あなたは“誰”ですか?
人は誰しも、生まれながらに宿ったピュアな自分と、環境によってつくられた自分を持っている。そして時に、“自分とは一体何者なのか”を見失ったりもする。
ミュージカル「アナスタシア」は、究極の“自分探し”の物語。そして、過去との再会と再生。ドラマチックな音楽に乗せて、愛に溢れた壮大な冒険が幕を開きます!
ミュージカル『アナスタシア』撮影:阿部章仁
舞台は、20世紀初頭のロシア帝国。当時の皇帝・ニコライ2世とその家族が豪華絢爛な宮殿で幸せに暮らしていたが、突如ボリシェビキ(後のソ連共産党)による襲撃を受け、一家は滅亡…したと思われていました。
しかし街中では、どういうわけか末娘であるアナスタシアの生存を噂する声がまことしやかに広がり、パリに住むアナスタシアの祖母・マリア皇太后(麻美れい)が、彼女を見つけた者に多額の報奨金を支払うと発表。そしてその魅惑のミステリーに、2人の詐欺師・ディミトリ(海宝直人)とヴラド(大澄賢也)が意気揚々と食いつき、アナスタシアによく似た少女を探して報奨金をだまし取ろうと画策します。
ディミトリとヴラドは、まさに悪友。やろうとしていることは犯罪だけれども常に真剣で情熱に満ちており、生き生きとしていて楽しそう。とはいえ、偽のアナスタシアがそう簡単に見つかるはずもなく、計画は難航。さすがの2人も希望を失いかけていたそのとき、「パリに行きたい」と訴える1人の少女が、2人の元を訪ねて来ます。
「病院でもらった名前は、アーニャ。記憶喪失だって言われて…」
覚えている限りの自分の人生となぜパリに行きたいのかを語るアーニャ(葵わかな)の歌はもちろん、彼女を挟むディミトリとヴラドの表情も、ぜひ確認していただきたい!(笑)。彼女の言葉にキラキラとした瞳で聞き入り、嬉しそうに意思疎通をする2人。「これは使えるぞ!!!!!」という完全な陽のオーラがアーニャの両サイドで勝手に放たれていて、おもしろかったです。
ミュージカル『アナスタシア』撮影:阿部章仁
葵わかなさんが演じるアーニャは、とても素朴。「プリンセスを探せ!」系の物語で、出てきた瞬間からまとう雰囲気が他とは何か違うということは多々ありますが、葵さんのアーニャは一見どこにでもいそうな女の子。だからこそ、誰にも教わっていない一族の内部を語り出したり、美しいお辞儀を披露したとき、ディミトリとヴラド、そして見ている私たちも彼女に大きな夢を見始めるし、その夢が現実に近づくにつれてダイヤモンドのように美しく輝いていく彼女を見て息を呑むのです。個人的には、葵さんのコロコロと変わる表情が、キャッキャと走り回る天真爛漫な子供時代のアナスタシアの姿と重なって、胸がキュっとなったりもしました。
ディミトリは、幼い頃に家族を失い、サンクトペテルブルクの路地裏で様々な悪知恵を働かせて生きてきた青年。彼の過去もかなり壮絶だったと思いますが、それを透けさせない逞しさを持っています。演じる海宝直人さんは、光属性の方。「爽やか」と検索したら「海宝直人」と即座にヒットさせてほしいと私は常日頃思っているのですが、そんな魅力が素晴らしく発揮された役だと思いました。最初はお金欲しさにアーニャを利用しようとしますが、徐々に、彼女を失われた家族の元に返してあげたいと思い始め、そして自分の中に芽生えた新たな感情に葛藤する。軽量な役作りのようで、その揺れ動きがとても丁寧。アーニャを見つめる瞳と放つ包容力の変化がとにかく胸キュンでした。
大澄賢也さんが演じるヴラドは、陽気なおじさま。人当たりが柔らかくて、紳士的。詐欺師としての才能は結構高いのだろうなと、要所要所で見て取れます。そして、とにかく可愛い!。正直今まで、大澄さんに感じてきたのとは違うベクトルのチャーミングさだったもので、幕間に急いでキャスト表を確認しました。身体から音符が出ているような可愛らしさ。ヴラドもアーニャを利用して報奨金を得たいという気持ちがありますが、彼にはもうひとつパリに行きたい理由があります。それはぜひ本編でご覧ください。これは、過去との再会と再生の物語…。
ミュージカル『アナスタシア』撮影:阿部章仁
そんな希望を見つけた3人とは対照的に、アナスタシアに生きていられては困る人たちがいます。そう、皇帝とその家族を歴史から葬り去ったロシア政府。そしてボリシェビキの将官グレブ(堂珍嘉邦)に、アーニャの暗殺命令が下されます。
グレブの父はかつて、残酷な襲撃の最中で任務を果たし、自らの命も終わらせました。それなのに、アナスタシアが生きているかもしれない。取り残された歴史を自分が終わらせる、父の息子として。私が拝見したグレブ役・堂珍嘉邦さんはキリっとした瞳が特徴的な方。「革命に感情はいらない」と語る眼差しの強さと取り巻く空気がなんとも重く、アーニャたちの冒険が想像以上に険しい道であることを予見させられます。それはグレブの環境によってつくられた姿ではあるし、どことなく可愛らしい(!?)部分があったりもするのですが、話が脱線するのでここではやめます。とにかくこのミステリーは、彼にとっても本当の自分と向き合うきっかけとなるのです。
ミュージカル『アナスタシア』撮影:阿部章仁
同じ頃、アナスタシアの祖母・マリア皇太后は、報奨金目当ての偽物たちから連日たくさんの手紙が届くようになり、失望していました。心のどこかでは愛するアナスタシアが生きていると信じたいと思っても、世間からいいように弄ばれていると感じて悲しくなってしまう。物語の冒頭で、小さなアナスタシアを優しい笑顔と歌声で包み込むマリア皇太后の姿が描かれるのですが、その頃とは別人のように心を閉ざして表情はかたく、一気にいくつも歳をとったように見えたのが印象的でした。
ミュージカル『アナスタシア』撮影:阿部章仁
傷心するマリア皇太后をそばで支えるのは、朝海ひかるさん演じるリリー。普段は凛とした佇まいでしっかりと皇太后の周りをガードする忠実な侍女ですが、夜はロシア人たちが集まるクラブで派手に息抜きをしています。そのギャップが清々しくてカッコよく、個人的にとても好きなキャラクターです。そして、演じる人によってだいぶ印象が変わるのではないかなぁとも思うので、役替りがとても楽しそう。拝見した朝海さんは元宝塚歌劇団のトップスター。歌やダンスのキレのよさはもちろん時折覗くアグレッシブさが魅力的で、私も守ってもらいたいと思いました(※そういう話ではない)。2幕ではとある再会で彼女の本来の乙女な部分も見えてとてもキュートなので、要注目です!
ここで今更、ミュージカル「アナスタシア」のおすすめポイントを3つご紹介!
♢“アナスタシア伝説”は史実♢
ニコライ2世とその家族の結末と末娘アナスタシアの生存説。そして大量のアナスタシアたちの出現。これらが実際に起こった事件であり、それらに着想を得てこの物語が描かれていると思うとまた見え方も変わってくるので、深掘りがお好きな方は歴史を調べてみるのもおすすめ。当時の情勢、人々の生き様が色濃く描かれた作品なので、フィクションだけれども、もしかしたらノンフィクションかもしれないと思うようなロマンを感じます。
♢耳に残る楽曲の数々♢
この作品はとにかく楽曲が素晴らしい!登場人物たちの感情にとても寄り添ったメロディと歌詞なので、歌がまるでセリフのように真に迫ってきます。物語や人物関係を頑張って理解しようとしなくても自然と心に染みてくる、この感覚がとても気持ちが良い作品だと思います。
観劇済みの皆様はどの楽曲がお好きですか?私はディミトリとヴラドがアーニャにアナスタシアの生い立ちとロマノフ家の歴史を教える「♪やればできるさ」が一番のお気に入りです!(アーニャの早口言葉、練習しました…笑)
♢セットと映像の豪華さ♢
ロマノフ家の宮殿、サンクトペテルブルクの街並み、グレブの執務室、運命の場所パリetc.
同じ舞台の上で繰り広げられているとは思えない、セットチェンジのスムーズさと豪華さ。背景にはとても色鮮やかなLEDの映像が使用されているのですが、どれもとてもリアルで美しく、自分もアーニャたちと一緒に冒険をしているような気分になります。没入感がとても楽しいです。
ミュージカル『アナスタシア』撮影:阿部章仁
これは、究極の“自分探し”の物語。そして、過去との再会と再生。
ロシアを抜け出したアーニャたちの運命、彼女を追うグレブが下した決断、マリア皇太后の心の行方は…。ぜひ劇場で目撃してください。
(先日発表されましたが、今回の公演は配信・映像化の予定はないとのこと!)
本作は、東京・東急シアターオーブにて10月7日(土)まで上演されたのち、大阪・梅田芸術劇場メインホールでも上演されます。
詳細は公式サイトで!
https://www.anastasia-musical-japan.jp/index.html/
(文:越前葵)
ミュージカル『アナスタシア』
【脚本】TERRENCE McNALLY(テレンス・マクナリー)
【音楽】STEPHEN FLAHERTY(ステファン・フラハティ)
【作詞】LYNN AHRENS(リン・アレンス)
【振付】PEGGY HICKEY(ペギー・ヒッキー)
【演出】DARKO TRESNJAK(ダルコ・トレスニャク)
【出演】葵わかな、木下晴香 / 海宝直人、相葉裕樹、内海啓貴 / 堂珍嘉邦、田代万里生 / 大澄賢也、石川禅 / 朝海ひかる、マルシア、堀内敬子 / 麻実れい
(アンサンブル 五十音順) 五十嵐耕司、伊坂文月、井上花菜、工藤彩、熊澤沙穂、小島亜莉沙、酒井大、杉浦奎介、渡久地真理子、西岡憲吾、武藤寛、村井成仁、山中美奈、山本晴美 / (リトルアナスタシア) 内夢華、鈴木蒼奈、戸張柚 / (スイング) 草場有輝、篠崎未伶雅
2023年9月12日(火)~10月7日(土)/東京・東急シアターオーブ
2023年10月19日(木)~10月31日(火)/大阪・梅田芸術劇場 メインホール
公式サイト
https://www.anastasia-musical-japan.jp/index.html/
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