アイルランドの劇作家ショーン・オケイシーが書いた『The Silver Tassie 銀杯』は、民衆の姿をアイロニーいっぱいに描いた反戦悲喜劇。近年舞台での活躍が目覚ましい中山優馬さんを主人公に、森新太郎さん演出のもと、戦時下を生き抜いた人々を繊細かつエネルギッシュに描いたこの秋注目の作品です。
洗練された舞台セットに注目!
幕が開き、まず目を見張ったのが、白い柱に縁どられた箱庭のような舞台セット。右側に上がった傾斜、そして油絵のような質感で塗られた赤色の壁の部屋に、一瞬にして“物語”が立ち現われます。
森新太郎さん演出の舞台はいつも洗練された美術が印象的ですが、今回も期待を裏切らない、実にハイセンスなセット。
「この傾斜には、どんな意味があるのか……」
と、さっそく考察を始めたくなるほど、独創的かつ魅力的な劇空間に引き込まれます。
世田谷パブリックシアター『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司
このどこか絵画のようなヒーガン家で、シルベスター(山本亨)とサイモン(青山勝)という二人の初老の男性が喜劇的な会話を繰り広げ、観客はそこからこの舞台となる、“第一次世界大戦中のアイルランド”の空気、背景を感じ取っていきます。
このおじさん二人組、同じような動きをしたり、シンメトリーのポーズを取ったり、まるで漫才師のような“名コンビ”っぷり。
そこへやってくる、信仰心に厚く、見目麗しいのに堅物な娘・スージー(浦浜アリサ)との丁々発止なやり取りもコミカルでクスっと笑える場面になっています。
そんな彼らの元に、ヒーガン家の上に住むフォーラン夫人(長野里美)や夫のテディ(横田栄司)もやってきて、てんやわんやな(本当にてんやわんやな!)形相と共に市井の人々の“暮らし”が描かれていきます。
世田谷パブリックシアター『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司
そんな中、銀杯(優勝カップ)を抱えたハリー・ヒーガン(中山優馬)が試合から仲間たちと共に歓喜の声の中 帰ってきます。中山さん演じる主人公のハリーは、フットボールの花形選手。休暇をもらい戦地から故郷ダブリンに帰還中の身であり、この試合のあった日は、まさに休暇最後の日。
ハリーは自身の活躍により一点差で試合を制したことを興奮気味に語り、友人のバーニー(矢田悠祐)に銀杯にワインを継ぐように促します。
銀杯からワインを飲み干すハリーの姿は、若さと輝きの頂点に君臨している姿そのもの。
そんな明るく活気にあふれた時間も束の間、ハリー達には戦地へ戻る船の出航時間が迫っていて――。
自らを鼓舞するように、タイトルソングのスコットランド民謡『シルバー・タッシー』を盛大に歌いながらハリーたちは戦地へ向かいます。予期せぬ“未来”が待ち受けていることを、この時はまだ誰も知る由のないまま……。
人形だからこそ描ける戦争の“リアリティ”
二幕は一変、舞台は戦場の前線へ。塹壕の世界は灰色に包まれ、不穏さの象徴のように大砲のシルエットが浮かび上がります。
そしてここでは兵士たちが“人形”として登場するという、意表を突いた描かれ方に驚かされることに。
この人形、四等身で顔が大きく、青白い顔色の上に目や口が不気味にデフォルメされ、決して「かわいい」類の人形ではないのですが、どこか人形ならではのファニーさがあり、不思議な魅力と力強さが宿っています。疲れ果て消耗しきった兵士たちを人形が演じることで、“戦場”という異質な空間をより視覚に訴え、観る者の想像力を掻き立てるような役割を果たしているようにも見えます。舞台の上手では、唯一人間の姿のバーニーが縛られた姿で存在し、その対比もまた、様々な憶測を刺激される構図になっています。
世田谷パブリックシアター『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司
ハッとさせられたのは、歌っていた兵士4体がピタっと静かになり、まっすぐに客席と向かい合った場面。
人形が、“真顔”になった、と感じた瞬間でした。
人形なのだからずっと同じ顔であるはずなのに、シーンや照明、角度でまるで表情が変わって見えたのは、能を観賞した時に面が「表情を持った」ように見えた時と通じるものがあり、演劇の持つ魔力にゾクゾクさせられるシーンでした。
人々は踊り、次の時代を希望と共に切り拓く
戦争から帰還したハリーは下半身不随の体になり、人生が一変。
半ば自暴自棄になり、当たり散らすように叫ぶハリーの姿は痛々しく、そこにはかつて眩い光を放った生命力にあふれる青年の姿はどこにもありません。
心も蝕まれてしまったハリーを中山さんが鬼気迫る表情で魅せ、その鋭い眼光からしばらく目を逸らせなくなってしまったほど、休憩後の後半はグッと引き込まれていくシーンの連続でした。
戦争が奪うものは人間の肉体だけではく、“関係性”まで破壊していく、ということを劇中でまざまざと感じさせられる終盤は、反戦劇のストレートなメッセージそのものが劇を彩っていると言えるかもしれません。
世田谷パブリックシアター『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司
一方、戦争で心身を損なわれずにすんだ者たちは、次の時代へと希望を持って前進していく姿が最終幕の4幕ではダンスのシーンとして描かれます――。その描写には、人間の逞しさを感じずにはいられないと同時に、3.11の震災後に感じた「早く日常を取り戻したい」という強い希求が自分自身の中にも沸き上がった、あの時の“感情”も思い出されました。
遠い国の遠い出来事ではなく、この作品の持つ普遍的で力強いメッセージはこれからも観客の心に届き続けるだろう、そう感じさせるパワーに溢れた作品です。
公演は11月25日(日)まで、世田谷パブリックシアターにて上演。
多彩なキャスト陣による卓越した芝居、そして聞きごたえのある音楽をぜひ劇場で味わっていただきたいと思います。
(文:古内かほ)
舞台『The Silver Tassie 銀杯』
【作】ショーン・オケイシー 【翻訳・訳詞】フジノサツコ
【演出】森新太郎
【出演】
中山優馬 矢田悠祐 横田栄司 浦浜アリサ 安田聖愛 土屋佑壱
麻田キョウヤ 岩渕敏司 今村洋一 チョウ ヨンホ 駒井健介 天野勝仁
鈴木崇乃 吉田久美 野田久美子 石毛美帆 永石千尋 秋山みり
山本亨 青山勝 長野里美 三田和代
2018年11月9日(金)~11月25日(日)/東京・世田谷パブリックシアター
公式サイト
舞台『The Silver Tassie 銀杯』