フランシス・ホジソン・バーネットの小説『秘密の花園』(1911年発表)を原作に1991年にブロードウェイで初演され、同年のトニー賞では助演女優賞、脚本賞、装置賞の計3部門を受賞したミュージカル『シークレット・ガーデン』が、石丸幹二・花總まりを始めとした実力派俳優陣を迎え、東京・シアタークリエにて開幕されました。
ここでは、初日組のキャスト(メアリー:池田葵 、コリン:大東リッキー)で行われた公演の模様をお届けします。
それぞれが抱える葛藤、孤独が突き刺さる第一幕
まず目を見張るのが、蔦が幾重にも張り巡らされたようなデザインの舞台装置。まるでモダンなインテリアのような印象も受け、シンプルでありながらもグッと別世界へと観客をいざないます。その真ん中に、木のブランコに乗ったリリー(花總まり)が高音の美しい歌声と共に上からゆっくりと降りてきて、幻想的な世界が幕を開けます。
ミュージカル「シークレット・ガーデン」花總まり
舞台は1900年代初頭のイギリス。インド領で育った少女・メアリー(池田葵)は、流行り病のコレラで両親を亡くし、ノースヨークシャーに住む叔父・アーチボルド(石丸幹二)の家へ引き取られることに。
アーチボルドは最愛の妻・リリーを亡くしてからは心を閉ざし、外界との交流をシャットダウン。妻の面影を残す息子・コリン(大東リッキー)とも距離を置くようになります。
この繊細で気難しいアーチボルドを演じるのは、ミュージカルでは勿論、映像や音楽番組など多岐に渡り活躍する石丸幹二さん。今もなおリリーを探し彷徨う姿からは、アーチボルドが抱える哀しみや孤独感がひしひしと伝わってきます。
ミュージカル「シークレット・ガーデン」石丸幹二、池田葵
そんなアーチボルドを静かに見つめ、見守る亡き妻・リリー役の花總まりさんは、先日出演された「ロマーレ」では奔放で数々の男性を手玉に取る魔性の女・カルメンを演じられていましたが、今作では一転、優しく慈愛に満ち溢れた女性像に。リリーは所謂“幽霊”として舞台上に存在するのですが、登場人物たちと直接会話をすることがない分、語りかけるような様々な表情に引き込まれます。リリーをより幽玄的に魅せている真っ白なバッスルドレスも素敵です。
リリーとアーチボルドのデュエット「A Girl In The Valley」は、動きをシンクロさせ、それぞれにワルツを踊る姿が印象的。二人がどれだけ深く愛し合っていた夫婦だったかがうかがえるような、愛に満ちた美しいナンバーです。
ミュージカル「シークレット・ガーデン」石丸幹二
メアリーのお世話係・マーサを演じるのは、圧倒的な歌唱力とキュートなルックスを兼ね備えた、昆夏美さん。マーサは「○○だべ」「んだな~~」など、絵に描いたような方言で勢いよく話しだし、登場から強烈なインパクトを与えるのですが、その独特な訛りが彼女の人懐っこさや率直な性格を表しているようで、とってもチャーミング。人を寄せ付けようとしない態度のメアリーにも、グイグイ遠慮なく語りかけます。そんなマーサの人柄に触れて、メアリーも少しづつ心を開いていきます。
松田凌さん演じるマーサの弟・ディコンは植物や動物と会話ができる、純粋な心を持った少年。マーサ同様訛った話し方が牧歌的な印象を与えます。
“凍りついた滝を溶かして そう 春が来た”とディコンが歌うように、まさに“春”を連れて来たような明るさとおおらかな雰囲気が魅力的な男の子です。
コマドリと話すディコンには、メアリーも興味深々。ディコンはメアリーと歌を通して、コマドリとの交流を手助けしてあげます。
そしてコマドリが教えてくれたかのように、メアリーは秘密の庭の鍵を手に入れることに――。
ュージカル「シークレット・ガーデン」石丸幹二、石井一孝
石井一孝さん演じるアーチボルドの弟・ネヴィルもまた、アーチボルド同様にリリーの面影を残すメアリーの存在に戸惑い、心を揺さぶられます。
アーチボルドにとってメアリーと暮らすことは負担になるのではないか、とメアリーと離れさせようとするネヴィル。
堅物で思い込みが激しく、強引に物事を決めてしまうような男性に見えるネヴィルですが、その行動の根底には、“大切な家族を亡くし塞ぎ込んでしまった兄を支える”、という使命感があり、自分の人生も捧げてきた、優しい心の持ち主です。
密かにリリーを想い続けていたネヴィルの切ない心情が吐露されるナンバー「Lily’s Eyes」は、アーチボルトと共に亡きリリーを想い偲ぶドラマティックで壮大なナンバー。それぞれのリリーへの想いがぶつかり合い、重なり合う男性同士の二重唱は迫力満点、聞きごたえたっぷりです!
大人向けの絵本のような手触りで描かれる、人の心の連鎖が生む奇跡
“私がわたしのままでいられる、自分のことを好きになれる居場所が欲しい”と二幕冒頭でメアリーが歌う「The Girl I Mean To Be」は、そうだよね、そんな場所が、生きていくには必要だよね、とメアリーの純粋な希求に心から共感できるナンバー。
自分にとってそんな風に思える場所って、どこだろう―?
曲を聞きながらふとそう思ったときに、わたしにとってはそれが“劇場”なのかもしれない、舞台からたくさんのエネルギーをもらって、作品を通して自分と向き合える、唯一無二の時間。それが自分にとっての“秘密の花園”なのかも……、そんな思いが客席でよぎった瞬間でもありました。
リリーに導かれるように“秘密の花園”のドアを見つけ、鍵を開けたメアリー。
“命の芯”を見つけよう、忘れ去られ、枯れた庭園にもう一度息を吹き込もう――、そう歌うディコンとメアリーのナンバー「Wick」では、ディコンと共に庭の手入れをすることで彼女の心も蘇生していく様子が描かれ、メアリーの心の底から楽しそうで活き活きとした笑顔が眩しく、観ているこちらも幸せな気持ちに。
ディコンをはじめ、他者との温かな交流と共にメアリーの心が変わっていくと、彼女もまた、他者へ変化をもたらす力を宿すように。病弱さや家庭環境から、すっかり意固地でわがままな少年に育ってしまったアーチボルドの息子・コリンと真正面から対峙する姿は、頼もしくさえ感じるほど。メアリーとコリンの関係性の変化もぜひ注目していただきたいポイントです。
アーチボルド、メアリー、コリンのそれぞれの孤独、心の傷が互いの存在に癒され、再び生きる力を取り戻していく姿が、雄大な音楽と幻想的な世界観でゆっくりと、そして丁寧に描かれていく本作。終盤、彼らと共に生まれ変わる、うっとりするほど美しい“庭園”にもぜひご注目を!
3人の“家族”の物語は、始まったばかり。その新しいスタートラインに立つ彼らの姿を、ぜひ劇場で目撃していただきたいと思います。
本作は7月11日(水)までシアタークリエで上演。その後、厚木、久留米、兵庫で上演されます。
詳細は公式サイトで。
(文:古内かほ)
ミュージカル「シークレット・ガーデン」
脚本・歌詞:マーシャ・ノーマン
音楽:ルーシー・サイモン
原作:フランシス・ホジソン・バーネット「秘密の花園」
演出:スタフォード・アリマ
出演:石丸幹二、花總まり
石井一孝、昆夏美、松田凌
池田葵(Wキャスト)、上垣ひなた(Wキャスト)
大東リッキー(Wキャスト)、鈴木葵椎(Wキャスト)
石鍋多加史、笠松はる、上野哲也
大田翔、鎌田誠樹、鈴木結加里、堤梨菜、三木麻衣子
2018年6月11日(月)~7月11日(水)/東京・シアタークリエ
2018年7月14日(土)~16日(月)/神奈川・厚木市文化会館
2018年7月20日(金)・21日(土)/福岡・久留米シティプラザ ザ・グランドホール
2018年7月24日(火)・25日(水)/兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
公式サイト
ミュージカル「シークレット・ガーデン」