2021.12.23  7

[演技術考 II ] 新劇の誕生 〜踏路社の演技術に見る演劇と音楽の互換性〜



[演技術考 II ] 新劇の誕生 〜踏路社の演技術に見る演劇と音楽の互換性〜
[演技術考 II ] 新劇の誕生 〜踏路社の演技術に見る演劇と音楽の互換性〜
 

[演技術考 II ] 新劇の誕生 〜踏路社の演技術に見る演劇と音楽の互換性〜

 
大正時代に踏路社という劇団があった。その実験的な試みは新劇運動と呼ばれた。後の俳優座創始者の一人、俳優兼演出家、偉大なる演技コーチとしても名高い青山杉作と、俳優にして日本映画最初期の巨匠監督でもある村田実により、俳優・岸田辰彌(後の宝塚歌劇演出家にして、宝塚レヴューの創始者)、日本最初期の専任演出家(注釈)・関口存男(注釈)らの同人が集められ、1917年に結成された劇団である。彼らの活動がその後、築地小劇場、劇団新東京を経由し俳優座、文学座といった、いわゆる“新劇”(注釈)として開花することになる。

 
新劇黎明期の俳優や劇場関係者たちの名刺
新劇黎明期の俳優や劇場関係者たちの名刺

その彼ら(踏路社メンバー)が、西洋演劇の土壌で“日本語による演技術”を獲得しようとした様々な試みは大変興味深い。また、その試みが演技を出すもの=演出家の誕生に寄与した点も注目に値する。中途半端に“演劇”という言葉が市民権を得た現代において、彼らが真摯に向き合った西洋演劇と日本語の切実なる問題意識とそれに伴う実践は、今だからこそ改めて検証するに値する問題である様に思われてならない。

彼らは、作曲家・山田耕作が主張した「アクションには割切れが必要である」という発言に感銘を受け、その更なる研究に没頭する。

「アクションと「物言う術」の相関関係から、抑揚、緩急、音楽、光線等のスペクタクルを構成する全要素の組合せ、按配の問題として、これを統一するのが演出の技能であるというところまで進められたのである。」(松本克平『日本演劇史〜新劇貧乏物語〜』1966)

青山と関口は、アシスタントの印南が丸善の二階で見つけた洋書 George E.Shea 著 “Acting in Opera”を参考文献とし、“アクションと言葉の割り切れ”についての更なる研究を続ける。歌がダメだった青山は、台詞のリズムに関しては敏感だったという。そして、この“台詞のリズム”を掴ませる為、青山と関口は踏路社第3回公演『春のめざめ』の稽古にメトロノームを用いたという。しかし、メトロノームでは芝居の局面に応じて自由自在に拍子やテンポを変えることが出来ない。そこで、青山は指揮棒を用いてテンポ、リズム、ピッチを示し、俳優たちに高低強弱、変化、転換、間の緩急を呑み込ませる方法を取る様になったという。一時期、演出家が指揮棒を持つのがステイタスとなった様だが、その創始者である青山本人が照れてしまい指揮棒を持たなくなったことから次第にそうした流行は過ぎ去ったという。世が世なら、今でも日本の演出家は指揮棒を持って演技を指揮していた?かもしれない。

ちなみに、村田実が演出する予定だったにも関わらず、映画の撮影に忙しくアシスタントだった土方与志があとを引き継いだ柳原白蓮『指鬘外道』という作品がある。この作品で作曲・指揮を担当したのが山田耕作。ところが、主宰者がオーケストラに約束の前金を払っていなかったことから、公演当日になって本番が危ぶまれる事態となり、この作品が実質的な演出家デビューとなる土方は、俳優として出演中だった関口とともに主宰者とオーケストラの間に入り、どうにか事態を収めるべく奔走したそうである。土方にとっては災難というか、飛んだ演出家デビューとなった。

それはともかく、演出を担当した土方自身が踏路社のイプセン『幽霊』を観て影響を受けたと公言しており、何を隠そう俳優として出演していた関口自身がその『幽霊』の演出家であった事を考えれば、こうした演技における踏路社イズムとでも言った様なものと、山田耕作が奏でる音楽のコラボレーションが如何なるものであったのかはとても気になるところだ。余談ではあるが、私は演出家としては偶然にも土方の孫弟子に当たる。そして関口存男と血の繋がった曾孫でもある。不思議なご縁だ。後年、祖母から「映画の試写会で隣に座った山田耕作に会釈していた(曾祖父さんが)けど、向こうもそんな感じで、何だか知り合いみたいだったわよ」と聞かされていたが、実際、一緒に作品を創っていたことがあった訳だからそれもその筈だ。

まあ、それはさておき、ここでは”芝居の局面に応じてテンポが変更される“という点に注目して頂きたい。これこそ音楽と演劇を大きく隔てる点である。もちろん、音楽でも曲中でのテンポの変更はよくある話だ。だが、演劇には音楽の様な拍子の概念がない。3拍子、4拍子といった、いわば西洋合理主義的簡略化をもってして”演劇の時間“は制御できない。むしろ、そこではじかれてしまう端数こそが演劇のリズムにおける生命線だ。すなわち、拍子なきところでのテンポ変更という時間軸における複雑な構造を持つのが演劇の特徴であったりもする訳だ。  
※前回『演技術考Ⅰ』では、上記西洋合理主義的簡略化を“東洋と西洋の音階の比較”において説明しているがリズムも然り。(『演技術考Ⅰ』参照

テンポ、リズム、ピッチ、高低強弱、変化、転換、間の緩急を指揮棒で指示などというと、オーケストラの話に聞こえなくも無いが、それが演劇の話だという点にこそ注目して頂きたい。そうなんです、始まりがあって終わりがあり、生まれたかと思えば瞬く間に消えゆく運命の“時間の芸術”としての音楽と演劇、これらには上記の如く共通点が非常に多い。少なくとも、演劇において耳を使用する部分に限定すれば、もはや音楽の一分野と言っても過言ではない。物理現象面に限って言うならば、そこに目で見る要素が加わったものが演劇と定義出来なくもない。また、そうした物理的機能を意図的に何らかの意味(ストーリー等に反映される)をもって統括したものが演劇なのだと言うこともできるだろう。

まあ、残されている当時の資料を見ると、これがなかなか難しいことを考えていたのがよく分かる。演出家の作品解釈はもはや哲学研究といった趣すらあり、それらを心理レベルに落とし込む。そうした成果を技術指導をもって俳優と共有し、様々な舞台機構や俳優の身体、演技術を媒介とし、作品世界を如何に観客と共有可能とするか? そうした真摯な実験を読み取ることができる。

 
関口存男による当時の演劇研究ノート
関口存男による当時の演劇研究ノート

新劇黎明期、大正期の演劇青年たちの“関心”と、知性を軸とした彼らの弛まなき“探究心”こそ、現代の我々が今一度立ち戻る場所を示唆しているのではないだろうか? 

ちなみに彼らが真摯に実験を試みていたまさにその時、世の中はスペイン風邪が猛威を奮っていた真っ只中。そして現在、私たちはコロナ禍に生きている。

この2年、「演劇の火を絶やしてはならない」という言葉を度々耳にするが、果たして公演を続けることだけが“演劇の火”なのだろうか? この機会に“過去”の歴史を振り返り、“現在”を客観的に見つめ直し、来るべき“未来”の創造を思い描いてみるのも“演劇の火“に薪を焼べることになるのではないだろうか?

 
 


 
⇒舞台制作スタッフや俳優・観客の役に立つコンテンツ集
制作コラム、映像制作コラムなどの読み物もあります!

 

 
(文:関口純 ※文章・写真の無断転載を禁じます)

この記事を書いたのは

関口純
劇作・演出・作曲家。楽劇座芸術監督として7年間で100作品以上の演出を担当する。曽祖父は新劇の演出家、祖母はギタリスト、父は新劇プロデューサー、母は女優という芸術一家に生まれる。幼少期よりピアノ、十代の頃より音大教授に作曲を師事。その後、クラシックからポップス、劇音楽に至るまで幅広い分野でミュージシャンとして活動する傍ら、劇作・演出家の津上忠氏のもとで演出の研鑽を積む。日本テレビ音楽(株)顧問(サウンドプロデューサー)等を経て、現職。

 

 

最近の記事

ミュージカル『リトル・プリンス』
【動画3分】加藤梨里香、土居裕子のWキャストで名作を上演! ミュージカル『リトルプリンス』1月8日に日比谷シアタークリエで開幕
45
公演中 01月08日(土) 〜 02月06日(日)
『ミネオラ・ツインズ』宮川舞子撮影
性格は正反対の双子姉妹を大原櫻子が演じ分ける! 舞台『ミネオラ・ツインズ』1月7日にスパイラルホールで開幕
11
公演中 01月07日(金) 〜 01月31日(月)
『META歌舞伎 Genji Memories』
中村壱太郎、中村隼人出演 リアルとバーチャルが融合する仮想空間の歌舞伎公演『META歌舞伎 Genji Memories』1月下旬に配信予定
1
劇団☆新感線『乱鶯』『けむりの軍団』Blu-rayが2022年3月17日(木)に同時発売
古田新太主演の2作 劇団☆新感線『乱鶯』『けむりの軍団』Blu-rayが2022年3月17日(木)に同時発売
3
『怪盗☆ドラゴンカンパニーvol.2 グレイン島のレジスタンスと禁断の果実』
あいつらが、帰ってくる! たやのりょう一座公演に内木志、天木じゅんらが出演! 『怪盗☆ドラゴンカンパニーvol.2 グレイン島のレジスタンスと禁断の果実』1月19日からCBGKシブゲキ!!で上演
11
公演中 01月19日(水) 〜 01月23日(日)
PLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier 埠頭にて』稽古場レポート
PLAY/GROUND Creation # 2『Navy Pier 埠頭にて』稽古場レポート
33
公演終了 12月18日(土) 〜 12月26日(日)
コンテンポラリーダンス公演『awayness』
坂田有妃子が長年想い描いていた構想を実現する コンテンポラリーダンス公演『awayness』12月21日から千葉市美術館さや堂ホールで開催
10
公演終了 12月21日(火) 〜 12月23日(木)
Japan Musical Festival 2022 ライブ・ビューイング
中川晃教、加藤和樹らが出演のミュージカルコンサート『Japan Musical Festival 2022』が1月28日に全国の映画館でライブビューイング
74
もうすぐ 01月28日(金) 〜 01月28日(金)
41周年興行『狐晴明九尾狩』完走記念! 劇団☆新感線エグゼクティブプロデューサー・細川展裕がオリジナルNFTを1セット限定で販売
6
音楽劇『海王星』山田裕貴、松雪泰子 撮影:岡千里
【動画3分】山田裕貴、松雪泰子、ユースケ・サンタマリアらが出演の音楽劇『海王星』が12月6日にPARCO劇場で開幕
51
公演中 12月06日(月) 〜 01月27日(木)
音楽劇『夜来香ラプソディ』左から木下晴香、松下洸平、白洲迅
松下洸平、白洲迅、木下晴香が出演する音楽劇『夜来香ラプソディ』2022年3月からBunkamuraシアターコクーンほかで上演
14
COCOON PRODUCTION 2022『広島ジャンゴ2022』
天海祐希×鈴木亮平のダブル主演のウエスタン活劇!?『広島ジャンゴ2022』2022年4月5日からシアターコクーンで上演
6
公演日程 04月30日(土) 〜 05月16日(月)
ゴットサンZ『ミル貝の逆襲』
ゴットサンZ兼子佳那子作品、連続上演第2弾『ミル貝の逆襲』参宮橋トランスミッションで12月17日~19日に上演
13
公演終了 12月17日(金) 〜 12月19日(日)
狂夏の市場『あたま山心中 散ル散ル、満チル』
狂夏の市場が、竹内銃一郎の名作『あたま山心中 散ル散ル、満チル』を尼崎・狂夏の市場劇場で12月3日から12日まで上演
11
公演終了 12月03日(金) 〜 12月12日(日)
昭和精吾事務所 誕生月企画公演『氾濫原3』
語りだけで情景を鮮明に想起させる昭和精吾事務所による短篇集『氾濫原3』12月9日(木)から絵空箱で上演
8
公演終了 12月09日(木) 〜 12月10日(金)
近藤芳正Solo Work『ナイフ』reboot 特別インタビュー
近藤芳正Solo Work『ナイフ』reboot 特別インタビュー/2022年1月21日から水戸・豊橋・東京・兵庫・山口で上演
4
公演中 01月21日(金) 〜 02月13日(日)
舞台『あの子より、私。』
黒谷友香主演 理想の物件をめぐる《内見バトル》を描く 舞台『あの子より、私。』2022年1月15日から東京・大阪で上演
4
公演中 01月15日(土) 〜 02月06日(日)
ナイロン100°C『イモンドの勝負』撮影:引地信彦
ナイロン100°Cによるナンセンスコメディ『イモンドの勝負』が 11 月20日に下北沢・本多劇場で開幕/兵庫、広島、北九州公演あり
4
公演終了 11月20日(土) 〜 12月26日(日)
古川雄大主演「シラノ・ド・ベルジュラック」
古川雄大、馬場ふみか、浜中文一らが出演の舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』2022年2月7日から東京・大阪で上演
25
公演日程 02月07日(月) 〜 02月27日(日)
unrato#8『薔薇と海賊』
三島由紀夫の異色ファンタジーに霧矢大夢、多和田任益、田村芽実らが挑む unrato#8『薔薇と海賊』2022年3月4日から東京・大阪で上演
4
公演日程 03月04日(金) 〜 03月26日(土)
『マーキュリー・ファー Mercury Fur』メインビジュアル 撮影:設楽光徳
吉沢亮、北村匠海らが出演の舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』メインビジュアルが公開/2022年1月から上演
51
もうすぐ 01月28日(金) 〜 03月11日(金)
PLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier』
青柳尊哉、中丸シオンらがほぼ全編モノローグの四人芝居に挑む PLAY/GROUND Creation #2『Navy Pier 埠頭にて』12月18日から横浜赤レンガ倉庫で上演
14
公演終了 12月18日(土) 〜 12月26日(日)
FPAPプロデュース『世界は右側でデキている』
2020年4月。世界は一変する。 FPAPプロデュース『世界は右側でデキている』12月18日(土)、19日(日)にレソラNTT夢天神ホールで上演
2
公演終了 12月18日(土) 〜 12月19日(日)
劇団☆新感線 いのうえ歌舞伎『神州無頼街』左から福士蒼汰、宮野真守
福士蒼汰と宮野真守のバディが伝奇時代劇に挑む! 大阪・東京公演に加え静岡公演が決定! 劇団☆新感線 いのうえ歌舞伎『神州無頼街』2022年3月17日から上演
56
公演日程 03月17日(木) 〜 05月28日(土)
ミュージカル『魍魎の匣』 撮影:岩田えり
小西遼生 主演ミュージカル『魍魎の匣』11月10日にオルタナティブシアターで開幕
18
公演終了 11月10日(水) 〜 11月15日(月)
市川海老蔵、戸塚祥太(A.B.C-Z)
六本木歌舞伎2022に市川海老蔵、戸塚祥太(A.B.C-Z)が出演/2月18日から東京・福岡・大阪で上演
3
公演日程 02月18日(金) 〜 03月21日(月)
平 常×宮田 大『Hamlet』、『虫めづる姫君』
東京文化会館が児童・青少年向け舞台公演「シアター・デビュー・プログラム」を開始 12月に平 常×宮田大『Hamlet』、2月に『虫めづる姫君』を上演
1
公演終了 12月18日(土) 〜 12月19日(日)
劇団☆新感線『偽義経冥界歌』特別上映会
劇団☆新感線『偽義経冥界歌』特別上映会が12月3日(金)、4日(土)に博多座で開催/トークゲストはいのうえひでのりと中島かずき
1
公演終了 12月03日(金) 〜 12月04日(土)
劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』11月23日(火・祝)に全国の映画館でディレイビューイング
中村倫也、吉岡里帆、向井理らが出演の劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』11月23日(火・祝)に全国の映画館でディレイビューイング
45
公演終了 09月17日(金) 〜 11月11日(木)
京都の老舗和菓子屋を舞台に繰り広げられる男女五人の物語 空降る飴玉社『ここは野分前夜、朱の麓』11月13日(土)、14日(日)に新宿眼科画廊で上演
17
公演終了 11月13日(土) 〜 11月14日(日)

 ≫もっと見る
 

編集部ピックアップ!

エントレがおすすめする他の舞台



Copyright 2022 Village Inc.