
嘘が嘘を呼ぶドタバタコメディ『キャッシュ・オン・デリバリー』—混乱の渦に巻き込まれる快感— 観劇レビュー

『キャッシュ・オン・デリバリー』
嘘が嘘を呼ぶドタバタコメディ『キャッシュ・オン・デリバリー』—混乱の渦に巻き込まれる快感— 観劇レビュー
King Gnuの井口理さんが、メジャーデビュー後初の舞台出演を果たす作品として注目を集めた舞台『キャッシュ・オン・デリバリー』。
本作は、イギリスの劇作家マイケル・クーニーによる戯曲で、嘘に嘘を重ねることで混乱が雪だるま式に膨らんでいく“ひとつの空間で展開される”ドタバタ・コメディです。

『キャッシュ・オン・デリバリー』撮影:高橋聖英
舞台になるのは、ある一室。
登場人物たちはそれぞれの事情を抱えているわけですが……中でも主人公のエリック・スワン(井口理さん)は、ロンドン郊外で妻と暮らす一見平凡な男。しかしその裏では、架空の間借り人をでっちあげ、社会保障手当を不正受給するという大きな秘密を抱えていました。
「もうやめよう」と決意した矢先、社会保障省の調査員が突然自宅を訪問。
嘘を隠しきれなくなったエリックは、2階に住む本物の間借り人・ノーマン(矢本悠馬さん)を巻き込み、その場しのぎの言い訳を重ねていきます。
ところが、ひとつの嘘はすぐに次の嘘を呼び、状況はあっという間に収拾不能に。
ごまかせばごまかすほど事態はこじれ、エリックとノーマンは、逃げ場のないドタバタ劇の中心へと放り込まれていきます。

『キャッシュ・オン・デリバリー』撮影:高橋聖英
特に印象に残ったのは、舞台出演が今回初だという井口さんの声の在り方。
状況が悪化するにつれて増していくエリックの焦りや切迫感を、大きな身振りや視線の泳ぎの“動き”だけではなく、流石はアーティスト、“声”で表現していました。常にどこか地面から1センチ浮いているような、落ち着ききらないトーン。緊張で浮遊しているような響きがあり、人物の不安定さや焦燥感を直感的に表現していました。時には声がひっくり返りそうな場面もあり、憎めないひょうきんさと危うさが同居したエリックのキャラクターが際立っていました。普段の心地よい充実感のある井口さんの声とはまた違う新たな一面を垣間見た感覚でした。
一方、矢本さんは井口さんとは対照的で、同じ混乱の渦中にいながらも、どこか揺るがない図太さや鈍感さ、声のハリを感じさせる人物像。しっかりと地面に足をつけたまま状況を受け止めている印象がありました(ある種の開き直りとも言えるかもしれません)。この“浮遊感”と“地に足”のコントラストが、二人の掛け合いをより可笑しく、よりスリリングに見せていたように思います。

『キャッシュ・オン・デリバリー』撮影:友澤綾乃
誰が誰に何を隠しているのか、どの嘘がどこで食い違っているのかを把握しようとすると、観ている側の頭も自然とフル回転!正直なところ、少し置いていかれそうになる瞬間もありました。
ただ、この作品の面白さは、物語を一言一句“理解し切ること”ではありません。
むしろ途中から訪れる、「もう全部は追えない、お手上げ!」という感覚そのものが、面白さになっていく。その転換が起こる瞬間こそが、本作の真骨頂だと感じました。

『キャッシュ・オン・デリバリー』撮影:友澤綾乃
理屈ではどうにもならない状況を、ただただノリと勢いと身体(時々愛嬌も!)で押し切っていく大立ち回りのシーンは、思わずのけぞって笑ってしまうほど。登場人物の掛け合いが、単なるドタバタでは終わらず、噛み合わなさそのものが笑いに変わる精度を持っているのも魅力です。焦っているのに伝わらない、必死なのにすれ違う——そのもどかしさが、心地よい可笑しさを生んでいるのかもしれません。その可笑しい空間を“間”や表情、セリフで生み出していく、他のキャストにも注目です。
気になるのは、嘘は最後まで通用するのか、そして二人はこの混乱を乗り切ることができるのか——という点。

『キャッシュ・オン・デリバリー』撮影:友澤綾乃
観終わったあとに残ったのは、疲労感と爽快感が同居する不思議な余韻でした。「この混乱を、最後まで走り切る俳優たちを観た」という確かな満足感が、あとからじわじわと効いてきます。
俳優の瞬発力や身体性、そして追い詰められたときにこそ立ち上がるエネルギーに惹かれる方には、ぜひ一度触れてほしい一作です。可笑しな展開に、きっと元気をもらえるはず。映像化された暁には、もう一度この“混乱”を味わいたい——そんなふうに思わせてくれる舞台でした。
(文:真来こはる)
『キャッシュ・オン・デリバリー』
【作】マイケル・クーニー
【翻訳】小田島恒志
【演出】小貫流星
【出演】
井口理、矢本悠馬、山崎紘菜、高木渉、入野自由、妃海風、まりあ、脇知弘、明星真由美、小松和重
2025年12月5日(金)〜21日(日)/東京・THEATER MILANO-Za
2026年1月8日(木)〜12日(月・祝)/大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール

