
ミュージカル『コレット』が描く波乱の人生と衝撃のラスト!開幕直前取材会&観劇レビュー
フランスの文学界で最も高名な女性作家のひとり、シドニー=ガブリエル・コレットの物語。自著『ジジ』を舞台化する際に当時無名のオードリー・ヘプバーンを主役に抜擢し一躍スターにした立役者としても知られています。そんな彼女の波乱に満ちた生涯を描くオリジナル・ミュージカル『コレット』が2025年8月、東京・日本青年館ホール、大阪・梅田芸術劇場メインホールにて上演されました。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
あらすじ
19世紀末、フランスの田舎町――。読書好きな少女コレットは都会への憧れを抱いていました。そんな彼女の前に現れたのは、14歳年上の人気作家ウィリー。母親の反対を押し切り結婚したコレットは、華やかなパリの社交界へと足を踏み入れます。しかし、売れっ子小説家としてもてはやされるウィリーの正体は、無名の作家たちに指示して小説を書かせ、自分の名前で出版し、富と名声を独り占めする横暴でずる賢い人物でした。
ウィリーはコレットの才能に気付き、ゴーストライターとして小説を書かせます。『クロディーヌ』シリーズは大ヒットしますが、著書名は夫のもので、コレットは創作の喜びと葛藤に苦しむことに。そんな逆境の中、彼女は自らの道を切り開き、乗り越えていきます――。
激動のコレットの人生で魅せる明日海りおの魅力
主人公コレットを演じるのは、元宝塚歌劇団トップスター明日海りおさん。アンサンブルによるコーラスから始まり、様々な登場人物が現れるステージで、まずは明日海さんの透明感と美しさ、存在感に目を奪われました。田舎育ちの純真で可憐な少女から、数々の困難を経験し、したたかで自立した女性へと変貌していく過程を、明日海さんは歌声や瞳の演技、眼光の鋭さまで巧みに使い分けて体現しています。
囲み取材で共演の大東立樹さんが明日海さんを「透き通るような人」と語った通り、その佇まいや歌声には透明感があふれ、少女時代の瑞々しさから幾多の裏切りを経て強さを纏う姿への変化は、実に見事でした。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
当初コレットは、夫を信じ「必要とされたい」という純粋な思いで陰から支えていました。しかし度重なる裏切りや横柄な態度に失望し、やがて自身の経験を小説に昇華しつつ、踊り子・女優として自らの人生を切り開いていきます。
コレットが“籠の中のリス”のように、自由に見えて不自由だった人生から飛び出す決意と行動力には驚かされます。明日海さんのクレオパトラ姿をはじめとした七変化も大きな見どころです!
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史:
ここからは特に印象的なシーンや登場人物たちの様子もご紹介します。
書くことへの目覚め~作家としての一歩~
「私の女学校時代の話など読みたい人がいるの?」と自信のなかったコレットは、まだ何者でもない、ただの読書好きの一人の女性にすぎませんでした。「読者側」であり、自分が書く側に回る等、夢にも思っていません。しかし、そんなコレットが背中を押され、 “書くことの喜び”に目覚めていきます。この歌のシーンが歌詞の「鮮やかな景色を書留める」という表現や言葉を紡ぐ楽しさ、高揚感に満ち溢れていて、私は大好きな場面の一つです!才能が開花する瞬間を観客として目撃したようでした。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
夫の浮気から驚きの行動を見せるコレット
信じていた夫の浮気に気づいたコレット。許せない気持ちは当然あるものの、「書くこと」に目覚めた彼女は新たに“自分の作品を出版したい”という夢を抱き始めます。
しかし、簡単に出版を認めない夫をどう動かすか…。コレットが取った行動は、なんと夫の浮気相手の元を訪ねて「夫の扱い方」を教えてほしいと頼むという驚愕の方法でした。突然のお願いに浮気相手も思わず引き気味(笑)。このシーンのユーモラスさが物語に軽妙さを与えていました。
この浮気相手を演じたのが可知寛子さん。様々なミュージカルに欠かせない存在で、登場するたびに記憶に残るキャラクター作りをされています。安定感ある歌声に加え、くるくる変わる表情はコミカルな顔芸のようで、今作でも抜群の存在感を放っていました。
“心を揺さぶるように!”ゴーストライター達を鼓舞する夫 ウィリー
女たらしで浮気を繰り返し、手柄を独り占めする―そんな姿だけを見れば、ウィリーは強欲で最低な男です。けれども一方で、「売れる小説とは編集次第!才能+テクニックだ!」と鼓舞し、アイディアを与えては他人に小説を書かせ、それをさらに書き直させて“売れる作品”へと仕上げていくその手腕は、優秀な編集者としての資質でもあったのではないかと感じました。
彼は常にエネルギッシュで、自信に満ちており、愛人が絶えなかったのもそのカリスマ性ゆえかもしれません。田舎の文学少女にすぎなかったコレットにとっては、既に名の知れた作家だった彼は尊敬の対象であり、さらに自分を田舎町からパリの社交界へと導いてくれた存在でもありました。だからこそ、彼女は彼を陰から支え、後年になっても容易に離婚に踏み切らなかったのだと思います。常人には理解しづらい“二人だけの絆”が、そこにはあったのかもしれません。
そんなウィリーを今井朋彦さんは、まさに地の如く(笑)、最高に憎たらしく演じておられました。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
いつでも娘を想う母の存在
ゴーストライターとして生きる娘を見抜き、「陰で生きるのではなく、あなた自身が輝いていい」と伝える母の温かさは偉大でした。前田美波里さんが安定感ある芝居と包容力で、コレットの人生を支える大切な存在として印象的でした。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
注目の存在――大東立樹が握る物語の鍵
物語のカギを握るのが、大東立樹さん演じるストーリーテラー・ベルトラン。大東さんは今年「CLASS SEVEN」としてグループデビューしたばかりですが、子役時代は劇団四季に所属し『サウンド・オブ・ミュージック』クルト役や『ライオンキング』シンバ役で舞台に立ち、その後『Endless Shock』をはじめ数々の作品で経験を重ねてきた若手実力派です。
愛称はリッキーで、現役アイドルらしい透明感と陶器のような美肌、上品さ、そして正確な歌とダンスは舞台上の清涼剤のようでした。ストーリーテラーという立ち位置から、帽子をかぶっていることが多く表情が隠れてしまう場面もありますが、キラキラと黒目がちな瞳が覗く瞬間に思わず息を呑みます。その存在感は、作品全体を清らかに保つ光のようでもあり、明日海さんが纏う雰囲気ともどこか通じ合っていました。
囲み取材で「ずっと観ていた『エリザベート』の明日海さんにお会いできて最初はあわあわしていた」と話すリッキーのピュアな姿と、年上の共演者との仲睦まじいやり取りには癒されました。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
今作でリッキーは、ベルトランの他にピエール、コレットに惚れこむ御曹司エリオの計3役を演じます。落ち着いた姿から、はっちゃけた姿、愛するコレットを「僕以外の誰の目にも入れたくない」と溺愛する独占欲強めの年下ワンコ系男子と、役者として多彩な顔を見せてくれます。そして物語の終盤、“なぜ彼が3役を演じていたのか”が明らかになる瞬間―その答えに観客は身震いするほどの衝撃を受けるはずです。きっと皆さんもキャスティングの妙と演出の巧みさに完全に持っていかれることでしょう。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
間違いなく今作の鍵を握る重要な役どころであり、リッキーの無邪気さや可愛らしさを堪能できるのは大きな魅力でした。ただ一方で、彼は確かな歌唱力を持つため、大きく歌い上げるシーンがなかったのは少し残念です。また、小顔で発光するような美肌や美男子ぶりも、舞台全体で十分に引き出されていなかったのは惜しいところ。リッキーのポテンシャルを知っているからこそ、次の作品ではその魅力がより前面に押し出されることを期待しています。
後半、物語がハッピーエンドに向かいかけたその時、イザベルという女性が現れ、もう一波乱が巻き起こります。この場面は、死者が出るかもしれないと感じるほどの緊迫感に包まれ、舞台上の空気が一瞬で張り詰めました。血みどろの展開になるのかと息をのむ中、イザベルが激情し、嫉妬に狂い、怒りに燃え、憎しみを募らせていく姿は凄まじく、その感情が客席にまで犇々と伝わってきます。
緊迫と落差のある結末が用意されており、イザベルの登場時間は短かったにもかかわらず、強烈なインパクトを残しました。キャラクター性はもちろん、歌唱力も素晴らしく、楽曲のハマり具合も抜群。このシーンを目の当たりにして、余計に「リッキーにも同じくらいの大きな見せ場が欲しかった…!」と思わずにはいられませんでした。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
男装の麗人――七海ひろきの存在感
長身と端正なビジュアル、そして柔らかで包容力ある雰囲気が、コレットに寄り添う役柄にぴったりでした。宝塚時代からの同期である明日海さんと並ぶシーンは、舞台上の空気が一段と華やかになります。七海さんの男役出身ならではの中性的な魅力に加え、優しいまなざしや声色の説得力が、コレットが「自分をそのまま愛してくれる存在」に出会い自信を取り戻す過程をより際立たせていました。特にウィリーに放つ「愛と愛玩動物の違いがわからないのか?」という台詞は静かに胸を打ち、観客に深い余韻を残します。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
物語の終盤と衝撃のラスト
“燃えるような恋をして愛し合いたい”という思いから、コレットは性別を越えて、多くの恋を重ねていきます。彼女を認め、愛してくれる存在により彼女は自分を取り戻していきます。しかし本心では、白馬の王子(だと思っていた)夫ウィリーと“公私ともに愛し合い続けたかった”のではないか、とも感じました。奔放な恋愛遍歴の背景には、浮気で傷ついた心や埋められなかった夫婦関係を、他の恋愛で補おうとする切ない乙女心もあったのではないでしょうか。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
とはいえ、彼女自身もそうですが、周りの人や人間関係もしっちゃかめっちゃか――正直、まともな貞操観念をお持ちの方は頭が追いつきません。「おいおい…まじか…」とツッコミどころも満載です(笑)
全てを芸の肥やしにするのは男性だけじゃないんだなと感じさせられ、人生のすべてをネタ化して生き抜いた女性――コレットには舌を巻きました。途中から、何かのネジが外れたように、自分の本能のまま「捕らわれずに生きる」すさまじい行動力を見せます。
信じていた夫に浮気をされ、子どものように大切な作品を奪われ、裏切られ……普通なら卑屈街道まっしぐら!悲劇のヒロインとして夫の影に隠れ、ひっそりと人生を終えていたかもしれません。
それを考えると、コレットが「自分の人生」を諦めず、何度も再起して生きる図太さ、賢さ、したたかさは、見習うべきものがあります。スキャンダルに塗れた彼女の最後はフランスの国葬で締めくくられるーーその事実にも感嘆しました。
ミュージカル「コレット」製作委員会/岡本隆史
序盤から終盤にかけて、主人公の印象がこれほどまでに変化する作品も稀ではないでしょうか。
ラスト――予想をはるかに超えた衝撃の展開に「え? は? ん? えーーーー!」と叫びたくなり、眩暈がしそうなほど。会場も一瞬、凍り付いた空気に包まれました。実在の人物を元にした物語だという事実に、「嘘でしょ? 信じたくない…」と処理しきれない真実に茫然としつつ、「ただ美しく終わらないのが人生なのかもしれない」と自分をどうにか納得させ、複雑な気持ちで会場を後にしました(笑)。まさに“現実は物語より奇なり”です。
正直、ぶっ飛びすぎてコレットの行動には共感できない部分もありましたが(笑)男性優位の時代に苦難に負けず、自らの運命を切り開き生き抜いた姿には、現代を生きる私たちも背中を押されます。枠組みに捕らわれず、人は自分の思いのままに生きられる――もっとアグレッシブに自由に人生を謳歌して良いのだ、と強く感じました。
自分の人生を他人に振り回されて落ちるくらいなら、それを利用して這い上がる――くらいの粘り強さと、「絶対に夢を叶える!」という強い信念と行動力には、勇気をもらえました。
観客からは「ブラーヴィ!」の声が飛び交い、全員のキャスト・スタッフへの惜しみない拍手が響き渡りました。
脚本と音楽、オーケストラの生演奏、そして個性豊かなキャスト陣が織りなすエネルギー溢れるステージ!新作オリジナル・ミュージカルとして、日本の演劇界に新しい風を吹き込む作品だと感じました!
(文:あかね渉)
ミュージカル『コレット』
脚本・作詞・演出:G2
音楽:萩野清子
出演
明日海りお
今井朋彦 大東立樹(CLASS SEVEN) 七海ひろき
吉野圭吾 花乃まりあ
前田美波里
大月さゆ 可知寛子 中西勝之
辰巳智秋 小林遼介 コイタ奈央美 りんたろう 伊宮理恵 ユーリック武蔵 蛭薙ありさ
東京・日本青年館ホール
公演期間:2025年8月6日(水)〜17日(日)
大阪・梅田芸術劇場メインホール
公演期間:2025年8月21日(木)〜24日(日)