
昭和100年の今年―名作『中学生日記』が舞台で新たな息吹を放つ!観劇レビュー
今作は、1972年から2012年まで NHK名古屋放送局制作で全国放送されていたテレビドラマ『中学生日記』を舞台化した作品です。
そして2025年は、昭和から数えてちょうど “昭和100年” の節目の年。
その記念すべき年に、昭和という時代を生きた中学生たちのメッセージが、令和を生きる私たちへと届きます。
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あらすじ
老夫婦が静かに話し出す。
「ここがこんなに静かになるとはな。昔はあんなに笑い声で溢れていたのに」
「もう50年も前だもの」
「じいちゃんの頃は文化祭で何をやったの?」
「自主映画さ。脚本も撮影も全部自分たちで。みんな本気だった」と誇らしげに語る。
それはまさしく1970年大阪万博の年。
何もかもが不器用だった時代を力強く懸命に生きた若者たちがいた。
「受験の大事な時期に無駄なことはするな」
強制や偏見、差別と戦いながら、繊細で壊れそうな一瞬の時間を大切に生きた生徒たち。
「今の僕たちを見てください。これが僕たちの今です!」
青春の刹那を切り取った彼らの叫びが心を揺さぶる奇跡を生む。
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中学生時代は平成ど真ん中世代の私ですが、かつてドラマで親しんでいた作品だったこともあり、舞台化を知った瞬間に懐かしさがふっと蘇りました。その世界観が舞台ではどのように立ち上がるのか――その点が気になり、今回観劇へ足を運びました。
舞台となるのは1970年、大阪万博が行われた年です。そして2025年の今年も大阪万博が開催され、作品の背景と現代が時事的に呼応している点が印象的でした。
現代よりも、人と人の直接的なかかわりが強かった昭和の時代。当時と今で異なる部分、そして時代を越えて変わらない部分、その両方があると感じました。
当時は携帯電話やインターネットが普及しておらず、連絡網で家に電話をかけたり、駅の伝言板で待ち合わせをしたり、そこにつぶやきを書き残すこともあったようです。そうした点は大きく今と異なります。一方で、共通する部分も多くあります。塾や習い事があっても、子どもの世界の中心はやはり“家と学校”であること。そこにまつわる悩みが大半を占めること。文化祭などの学校行事が青春の思い出の1ページとして残ることなど、今と変わらない姿が確かにありました。
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今作は、担任教師として新しく赴任してきた大山先生(小南光司さん)と生徒たちのやり取りを中心に物語が進みます。最初はどこか距離のあった先生と生徒たちが、“交換ノート”を通して少しずつ信頼を深めていきます。
生徒たちは、そのノートに悩みや不安、今考えていることを書き連ねていきます。
それに対して大山先生が返事を書く——という構図なのですが、この演出が非常によく、生徒一人ひとりにしっかりフォーカスされていきます。
ノートを通じて、生徒たちの内に秘めた部分が少しずつ明らかになり、彼らの個性や家庭環境までもが立ち上がってくるようでした。
物語は、“中学3年生最後の文化祭”という一つの行事にクラス全員で取り組む様子を描いていますが、そのモチベーションやアプローチは生徒それぞれで大きく異なります。
多くの生徒が登場しますが、どの生徒についても背景まで大切に描かれていました。
観劇しながら、自分自身の中学3年生の頃——あの揺れに揺れていた時期を思い出しました。クラスの空気感や文化祭の出し物決めなど、一つ一つのシーンに触れるたび、記憶がよみがえり、思わず感情移入してしまう場面が多くありました。
中3の受験期で、受験勉強と中学最後の行事で想い出を作りたい気持ちとの葛藤。
友人関係の悩み、親との関係性など……生徒たちの誰かに自分の姿が重なる部分がいくつもありました。
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クラスでは明るくムードメーカーとして振る舞う男子生徒。しかし実際には、高校進学はせず家業を継ぐことが“当然”のように決められており、本当は進学したい気持ちがありながらも言い出せず、胸の内で悩み続けていました。
シングルマザー家庭の男子生徒。外面は素行が悪い粗暴な生徒に見えますが、弟が体調を崩した際に、親が仕事を休めないからと学校を休んで看病する姿がありました。まだ中学生ながらに親代わりをする姿はヤングケアラーとしての一面も感じられました。
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絵を描くことが好きで、将来は学校の先生になりたいと考えている女生徒。
文化祭ではポスター担当になり、一生懸命描き上げようとしているものの、父親からは「受験勉強に集中すべきだ」と言われ、絵を描く時間を制限されてしまいます。
父の希望は、彼女が女子高・短大へ進み、地元の銀行に就職し、花嫁修業をして結婚するというコース。当時“女性の幸せな一般的ルート”と認識され、“良いこと”として定義づけられた敷かれたレールを、わが子にも歩ませようとします。それがわが子にとって一番幸せな道だと信じ、道を外れないようにと願うがゆえに厳しく接してしまう父親。そこには親の愛情や責任感もあると感じましたが、同時にそれは支配や押しつけと紙一重でもあります。「わが子のため」という名目ですが、強制的な抑圧は現代では教育虐待の一つとみなされる部分もあるのではないかと感じました。
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シングルマザーで、女手ひとつで育てた息子がメイクに興味を持ち、楽しそうにしていること自体は嬉しいものの、「普通じゃないのでは」と悩む母親。
近所の人に知られたら噂になるのではないかと世間体を気にし、また、自分が思い描いていた道と違う方向へ息子が進んでいくことに「怖さ」を感じています。
令和の現代では「男性がメイクをする」ことも一般化し、ジェンダーに関する認識も大きく変わってきました。もちろん今でも偏見は残っていますが、「男性らしさ」「女性らしさ」が強く求められた昭和の風当たりは、相当厳しいものだったと予想されます。
母の気持ちも理解できる一方で、性自認が多様化した現代に生きる私たちにとって、改めて考えさせられる部分でもありました。
現代の日本でも、いじめや自殺、教師や親の体罰といった問題は依然として存在します。しかし、昭和のように大人の子どもへの強い抑圧が当たり前だった時代と比べれば、今は少しずつでも「子どもたちが自分らしく生きられる社会」に向かって進んでいるのではないかと、前向きに感じました。
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劇中、生徒にフォーカスが当てられる場面は多いですが、この舞台の主人公は、実は担任教師の大山先生です。そのため、子どもたちだけでなく、教師の葛藤も描かれています。
途中、大山先生の過去も少しずつ明らかになっていきます。子どもに寄り添いたいという思いが強い一方で、子どもと親、他の教師、そして世間とのあいだで板挟みになり、苦しむ姿が印象的でした。
大山先生は、自分がどうあるべきか、そして生徒たちにどう向き合うべきかを日々模索しています。子どもにとっては、親とは異なる視点や考え方で、気持ちに寄り添い導いてくれる大人の存在が必要だと感じます。けれども、それは時に親の価値観とぶつかり、「余計なことはしないでほしい」というクレームとして返ってくることもあります。
誰しも、何かや誰かの存在を気にしながら悩み、揺れる瞬間があります。大山先生の姿には、そうした人間関係や周囲の期待が重なり合う「社会」の仕組みが映し出されているように感じました。そしてその構図は、時代が変わってもなお、多くの人が抱え続けているものなのだと思いました。
大山先生を演じた小南光司さんは、イケメンで一見クールな印象の先生に見えます。しかし、悩みながらも少しずつ生徒に歩み寄り、関係を深めていく姿をナチュラルに表現されていて、とても好感が持てました。常に生徒に寄り添い、一人一人の個性を大切にしながらそっと後押しする言葉をかけるその姿に、「こんな先生がいてほしかったな」と思わされるような温かさがありました。
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担任教師以外にも、学園ものらしく個性豊かな先生たちも登場します。
生徒思いに見えながら、結局は自分の出世や立場を大切にするような腰巾着の教頭。柔和な表情の奥にどこか含みのある校長。保健の先生が気になる妄想全開の学年主任の体育教師。生徒の内面を気遣う、綺麗目な保健の先生。Rockな音楽もこよなく愛する音楽教師。
先生方のやり取りは、やや小芝居ちっくに感じましたが(笑)、キャラクター性が際立つわかりやすい演出で、センシティブな内容を描く物語の中でも気楽に楽しめました。
生徒役の方々は、囲み取材で30代以上の方もいると話されていましたが、皆さんそれぞれの役の特徴を的確に捉えた演技をされていて、年齢を意識させないほど物語に溶け込んでいました。そのため、とても自然に作品の世界へ引き込まれました。
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また、女声・男声・混合で歌い分ける合唱のシーンは、歌詞そのものに込められた想いに加えて、生徒たちの澄んだ歌声が胸の奥に響き、どこか懐かしい情景を呼び起こしてくれました。一方で、冒頭のダンスシーンは力強く、どこか現代的なエッセンスもあり、その対比が作品全体の印象をより鮮やかにしていたように思います。
昭和を舞台にした作品でありながら、平成世代の私にも十分に響くテーマが込められていた今作――価値観も環境も変わった令和の若者にはどう受け止められるのか、とても興味深く感じます。
舞台は12/9までの上演ですが、千秋楽公演の配信が12/15まで行われますので、ぜひ配信でもお楽しみください!
(文:あかね渉)
舞台『中学生日記』
脚本・演出:長戸勝彦(東京印)
出演者:
小南光司、二宮礼夢、織部典成、三本木大輔、石渡真修、佐倉初、三田美吹、
武田智加、吉田知央、澤邊寧央、氏家蓮、西川岬希、嶋村心杏、伊藤あいみ、
おばらよしお、図師光博、茂手木漣、安芸武司、斉藤レイ、霧生多歓子、
二瓶有加、田中彪、小笠原健、幸村吉也、長戸勝彦
【開催日程】
2025年12月5日(金)~9日(火)
【会場】
東京都 シアター1010
⭐︎12/9(火)14:00千穐楽公演
のディレイ配信があります⭐︎
【配信期間】
2025/12/9(火)22:00~2025/12/15(月)23:59

