本作は、イギリスで最大の演劇賞とされる、ローレンス・オリヴィエ賞を受賞した、劇作家アレクシ・ケイ・キャンベルが描くサスペンスドラマの日本初演版。
演出は、第22回読売演劇大賞最優秀演出家賞や第69回文化庁芸術祭賞大賞など、多くの賞を受賞し注目を浴びる文学座出身の演出家・上村聡史が手掛けます。
そしてキャスト陣には、TV、映画、舞台など多方面で活躍する実力派が集結し、ウェルメイドな(二転三転する物語の最後に大どんでん返しが待ち受ける)戯曲の世界観を、重厚且つ繊細に彩ります!
ちなみに、タイトルの解説ですが、英語でBracken(ブラッケン)は植物のワラビ、Moor(ムーア)は原野や荒地を意味します。劇中では何十年も前に閉鎖され、今はワラビに覆い尽くされている炭鉱を「ブラッケン・ムーア(ワラビの野)」と呼んでおり、これは、近代以降、物理的・合理的という名のもとに人間が封鎖してきた精神性、神秘性を同時に表しているそうです。
舞台「ブラッケン・ムーア」岡田将生、木村多江、峯村リエ 写真提供:東宝演劇部
物語の舞台は、1930年代のイギリス。裕福な炭鉱主のハロルド・プリチャード(益岡徹)とその妻、エリザベス(木村多江)の元に、ジェフリー・エイブリー(相島一之)と妻のヴァネッサ(峯村リエ)、そして息子のテレンス(岡田将生)が訪ねて来ます。
この両家、かつては家族同士で仲良くしていたのですが、10年前にプリチャード夫妻の一人息子だったエドガー(大西統眞、宏田力のWキャスト)が、ブラッケン・ムーアという荒野の廃坑に落ちて亡くなった事故をきっかけに疎遠になっていました。
エドガーの父、ハロルドは、堅物で少し取っ付きにくそうな、The・一家の大黒柱!という威厳のある強いオーラを纏った人。しかし物語が進むにつれて、真の感情、息子への愛が垣間見えます。鋭く周りを観察するように動く益岡さんの目が、時折呼ばれる『お父さん!』という声に反応した時、とても悲しげな目に見えて、厳しくも、良いお父さんだったのだろうな…と、描かれることの無い、過去の父と息子の姿を想像して胸が熱くなりました。
舞台「ブラッケン・ムーア」益岡徹 写真提供:東宝演劇部
対して、エドガーの母、エリザベスは愛する息子を失った現実を受け入れられず、未だふさぎ込んだまま。目は開いていても、前は見えていない。手荒に扱えばすぐにでも壊れてしまいそうな儚さ。息子の死から立ち直らせようと周囲が力を尽くしても、『前を向くなんて無理』と、か細い声で返すだけ。木村さんの繊細な芝居が、静かに、でもドスンと重く、観客の心に強烈な息子への愛を訴えかけて来ます。
エドガーの親友だった青年、テレンスは、難しい長台詞を話しながら、座ったと思えば立ち上がり、あまり落ち着きの無い印象。(「岡田将生さんはどの椅子に座っても映えるなぁ」という楽しみ方は出来ました・・・笑) そんな、大人の男性へと成長を遂げたテレンスの姿を久しぶりに見て、エリザベスが亡き息子への思いを溢れんばかりに話し始めます。
舞台「ブラッケン・ムーア」木村多江 写真提供:東宝演劇部
しかしその日から毎晩、うなされたテレンスの恐ろしい叫び声が、屋敷中に響き渡るようになってしまいます。なんと、亡くなった当時12歳だったエドガーの霊が、何かを訴えるためにテレンスに憑依していたのです。
この、“22歳の青年=テレンス”から、“12歳の少年=エドガー”になった時の、岡田さんの豹変ぶりが凄まじい!初日前会見で木村さんも話されていたのですが、まるで捨てられた子犬の様に潤った瞳と、優しく甘える声。膝から崩れ落ちるように座り込む姿は、心なしか本当の子供のように小さく見えました。
外身はテレンス、中身はエドガー。目の前で起こっている信じがたい出来事に、両家の人々は混乱。特に、二人の母親達。エリザベスは、正気か狂気かわからない程に真剣な眼差しで、エドガーの母として寄り添い、話を聞き、愛を伝えますが、ヴァネッサからしてみたら、例え憑依されていても身体は自分の息子。テレンスとエリザベスの異様な空気感を悟って、必死で息子を守ろうとします。
この様子を客席から観ていて、とても複雑な恐怖感を味わうと共に、“母親”という生き物の強さと弱さを見ました。
舞台「ブラッケン・ムーア」岡田将生 写真提供:東宝演劇部
エドガーの霊に取り憑かれたテレンスは、プリチャード家のかかりつけ医であるギボンズ(立川三貴)でさえも手には負えず、やがて、家政婦のアイリーン(前田亜季)をも巻き込みながら、10年前、ブラッケン・ムーアで起きた知られざる事件の真相を明らかにして行くのですが、それは全て2幕のお話。
その全貌はぜひ、皆様ご自身で目撃していただきたいと思います。
全編を通して、セットは同じ屋敷のリビングですが、風や音、照明の使い方で、時に広くて暖かみのある部屋に、時に何かが出そうな不気味な空間に印象を変え、観ている間の体感が忙しい作品。加えて、けして明るい話ではありませんが、親子の愛・夫婦の愛など、総じて凄く“愛”に溢れた感動作だと思いました。
舞台「ブラッケン・ムーア」木村多江、益岡徹 写真提供:東宝演劇部
最後に、主演の岡田将生さんについて。
個人的なお話ですが、私は岡田さんを舞台で拝見するまで、「色が白くてスタイルが良く、親しみやすそうで可愛い方」というイメージでした。舞台に立つ岡田さんは、確かにそのイメージを裏切らない華やかさはありながら、映像で見ているよりも色んな顔を持っている方。本作に関しては、悩む姿さえも美しい。ずっと、苦悩しておいて欲しいくらいに・・・(笑)
そして、危うく吸い込まれてしまいそうな程の迫力がある。一度は、生で観て欲しい俳優さんのお一人だなと、本作で再確認させられました!
8月2日(金)から北千住・シアター1010で行われたプレビュー公演は既に終了。続いて、8月6日(火)から長野、愛知、静岡、東京、大阪で上演されます。
詳細は公式サイトで。
(文:越前葵)
舞台「ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~」
【作】アレクシ・ケイ・キャンベル
【翻訳】広田敦郎
【演出】上村聡史
【出演】岡田将生、木村多江、峯村リエ、相島一之、立川三貴、前田亜季、益岡徹、大西統眞(Wキャスト)、宏田力(Wキャスト)
2019年8月2日(金)~8月4日(日)/東京・シアター1010 ※プレビュー公演
2019年8月6日(火)/長野・ホクト文化ホール
2019年8月8日(木)・9日(金)/愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
2019年8月11日(日・祝)/静岡・静岡市清水文化会館(マリナート)
2019年8月14日(水)~27日(火)/東京・シアタークリエ
2019年8月30日(金)~9月1日(日)/大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
公式サイト
舞台「ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~」