藤ヶ谷太輔・真彩希帆、魂で惹かれ合う男女が見つけた愛は“真実”か“呪い”か。ミュージカル「ドン・ジュアン」観劇レビュー
ミュージカル『ドン・ジュアン』 撮影:田中亜紀藤ヶ谷太輔・真彩希帆、魂で惹かれ合う男女が見つけた愛は“真実”か“呪い”か。ミュージカル「ドン・ジュアン」観劇レビュー
モーツァルト作のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』などでヨーロッパを中心に広く知られる「ドン・ジュアン伝説」をフェリックス・グレイの作曲による情熱溢れる名曲でミュージカル化。
2016年、生田大和による潤色・演出のもと、宝塚歌劇雪組で日本初上演。欲望の赴くままに女と酒を求め続けて放蕩の限りを尽くす色男・ドン・ジュアンの物語は、多くの人たちを熱狂の渦に包みました。
外部作品としては、2019年に藤ヶ谷太輔を主演として迎えて上演。当時初めてのミュージカル出演であった藤ヶ谷が、甘いマスクの下に隠されたドン・ジュアンの魔性さを体当たりで演じ、観客を魅了。今回はそこに新たなキャストも加えて、待望の再演となります!!
ドン・ジュアン。
誰もが惹かれてしまう、魅力に満ちた男。天使のような眼差しで誘惑する、悪魔のような男。
彼を知る人々の口から語られる、ドン・ジュアンの人生。それがどんな男なのか、どんな容姿をして、どんな生き方をした男なのか。そんな、楽しみなような怖いようなワクワク感の中、眩しいほどの光に照らされてドン・ジュアンが登場するのですが、この登場シーンがとにかく芸術的でカッコいい! 「私は鉄壁だぞ」と構えて観ていたはずが、不覚にも、一瞬でふわっと身体が軽くなるような、一気に心を掴まれる感覚に。恐るべし…!
稀代のプレイボーイ、ドン・ジュアンを演じるのは、藤ヶ谷太輔さん。初演も拝見したのですが、想像以上に力強く甘い歌声や心の中が見えないようなミステリアスな魅力に吸い込まれそうになったことが記憶に新しいです。(こうやって書くと、私の鉄壁説はだいぶ怪しいですね…笑) あれから2年。大人の色気が増しに増した藤ヶ谷さんは、より異質な存在感を放ち、常にどこか満たされないような寂しい瞳が印象的でした。
正直観劇する前は、比べるものではないと分かっていながら、どうしても宝塚版がチラついてしまって、「宝塚が表現する“女性が憧れる夢の男性像”をリアルな男性で表現出来るのか」「あまりに生々しくなってしまうのではないか…」と多少の不安がありました。ですがやはり、リアル男性にはリアル男性にしか出せない野性的な色気と力強さがあり、つい女性たちが守ってあげたくなってしまうような危うさがあるのだと見せつけられました。それが新たな切り口で強調され、宝塚版とはまた違う魅力に溢れていると感じます。
騎士団長/亡霊 吉野圭吾 撮影:田中亜紀
ある日、いつものように1人の女性と逢瀬を遂げていたドン・ジュアンですが、相手の女性は騎士団長の娘。その事実を知った彼女の父親(吉野圭吾)が2人を引き裂こうと乗り込んで来てしまい、決闘に。その結末の結果、ドン・ジュアンは自分にしか見えない亡霊(吉野圭吾)に取り憑かれるようになります。
アンダルシアの美女 上野水香 撮影:田中亜紀
イザベル 春野寿美礼 撮影:田中亜紀
「ドン・ジュアンは、石のように冷たい心を持った男。愛に燃え上がってすべてを捧げたのに、何もなかったかのように捨てる」と、酒場で女性たちが歌います。その中心にいるのは、元宝塚歌劇団・花組トップスター、春野寿美礼さんが演じるイザベル。落ち着いた深い眼差しでドン・ジュアンを見守る彼女。ひと目で、「この2人にも確実に何かあったな」と思わせる、ただならぬ雰囲気を感じさせられて、またゾクッとします。
ドン・ルイ・テリノオ 鶴見辰吾 撮影:田中亜紀
エルヴィラ 天翔愛 撮影:田中亜紀
そんな酒場に現れる“ドン・ジュアンの妻”を名乗る女性、エルヴィラ(天翔愛)。彼女もまた彼の被害者となった1人で、個人的に、本作の中で一番芯が強くて、一途な人だと感じました。ドン・ジュアンからどんなにひどく冷たい仕打ちを受けても、振り向いてもらうために背伸びをして悪い女を演じたり、彼の父(鶴見辰吾)に直談判したりするほどの健気さに見ていて胸が痛みます。(付き合う相手で性格まで変わる人ってたまにいますよね。たぶん、そういうタイプの人。)
ドン・カルロ 上口耕平 撮影:田中亜紀
そんな、ひたむきに生きるエルヴィラを何かと気にして助けようと手を伸ばしてくれるのは、“ドン・ジュアンの友人”、ドン・カルロ(上口耕平)。彼もなかなかにドン・ジュアンに振り回されている人ではありますが、愛想を尽かすことはなく、むしろ正しい方向に導こうと必死で動いています。端から見れば、「なんでそんなに世話を焼くのだろう」と思うのですが、ある意味彼も本能のままに生きるドン・ジュアンを愛してしまっているという感じがして、誰もが惹かれてしまう色男の魅力の恐ろしさをまた思い知らされます。
マリア 真彩希帆 撮影:田中亜紀
そして、数多くいる女性たちの中で本作のヒロインとなるのは、石を愛し、石像と対話をして作品を創る女性彫刻家・マリア。演じるのは、今年4月に惜しまれつつも宝塚歌劇団を卒業した、元雪組トップ娘役の真彩希帆さん。登場した瞬間から、パァっと陽が差したような明るさと純白に包まれたオーラ、柔らかく包み込まれるような優しい歌声がスッと心に染み渡ります。
宝塚在団時から「その声はどこから出ているんだ!」という圧倒的な歌唱力で賞賛されてきた真彩さん。歌の神様に愛され、そして彼女も心から歌を愛する相思相愛な感じがビシビシ伝わって来て、歌う彼女を見ると私も幸せになるような、そんな気がするのです。(加えて、宝塚を目指していた頃は男役志望だったということで、ダンスで時折見せるキリッとしたお顔がなかなかにイケメン。ぜひ注目していただきたい!笑)
そんな彼女の工房に、亡霊に導かれてドン・ジュアンが訪れることから物語は一気に動き出します。ただ真っ直ぐ、瞳に光を宿して生きるマリアの姿を見て、石のように冷たい心だったドン・ジュアンが今まで感じたことのない感情に襲われ、マリアもまた、ドン・ジュアンが犯してきた罪を知りながらも、彼の不思議な魅力に興味を持っていきます。
人への “愛”を知ったマリアは、その名の通り聖母マリアのような壮大な母性に溢れ、ドン・ジュアンも生まれ変わったように澄んだ瞳で彼女を見つめていて、心がキュっと締め付けられる感覚に。
ラファエル 平間壮一 撮影:田中亜紀
ですがこの出会いによって、「真実の愛を見つけましたとさ」とめでたく終わるはずもなく。実はマリアには、戦地に出征しているラファエル(平間壮一)という婚約者が。このラファエルが、マリアのことを大事にしていなかったとかであればドン・ジュアンに気がいってしまっても仕方がないかなと思うのですが、そんなことはまるでなくて、むしろ一途に愛してくれている人だから本当に切ないんですよ…。彼からしてみたら、彼女が待ってくれていると信じて懸命に生き延びたのに、帰って来たら別の男に取られていたという悲劇。私でよければ抱きしめてあげたいくらい気の毒でならないですが、マリアにとっては、彫刻のほかにのめり込める“愛”という存在を教えてくれたのはドン・ジュアンだったわけで…。なかなか残酷な話です。「ラファエルの描き方を宝塚版と変えた」というようなことを、とあるインタビューで生田先生がお話されていましたが、その複雑なラファエルの切なさを平間さんはとても繊細に演じられていました。
私たち人間は、誰かを愛し、愛されて生きる生物。でもだからこそ、“愛”と“憎しみ”は裏表一体であり、時に人々の中の何かを変えてしまう。その美しさと恐ろしさを同時に考えさせられるような作品だなと改めて思いました。
ドン・ジュアン。
愛に燃え、愛に呪われた男。その呪縛から放たれるために、彼が出した答えとは。
初演から2年の時を経て、世界観をグッと締める映像技術、劇中で登場するダンスの一体感、1度聞くと耳に残る楽曲、演出の華やかさ、などなど視覚的にも聴覚的にもとにかく芸術作品としてのパワーがグレードアップ。登場人物たちの感情が迫ってきて鳥肌が立つような感覚や、自分も物語の中に危うく吸い込まれてしまいそうな感覚を、ぜひ体験していただきたいなと思います。
本作は、TBS赤坂ACTシアターにて上演中。11月6日(土)まで上演されます。
ミュージカル『ドン・ジュアン』
【作詞・作曲】フェリックス・グレイ
【潤色・演出】生田大和(宝塚歌劇団)
【出演】
ドン・ジュアン・・・藤ヶ谷太輔
マリア・・・真彩希帆
ラファエル・・・平間壮一
ドン・カルロ・・・上口耕平
エルヴィラ・・・天翔 愛
騎士団長/亡霊・・・吉野圭吾
アンダルシアの美女・・・上野水香(東京バレエ団)
イザベル・・・春野寿美礼
ドン・ルイ・テノリオ・・・鶴見辰吾
アンサンブルキャスト(五十音順)
一条俊輝、伊藤寛真、風間無限、鹿糠友和、仙名立宗、西岡寛修、西田健二、宮垣祐也、山野 光
弓野梨佳、小石川茉莉愛、島田友愛、鈴木百花、谷須美子、則松亜海、花岡麻里名、平井琴望、松島 蘭
2021年10月7日(木)~17日(日)/梅田芸術劇場 メインホール
2021年10月21日(木)~11月6日(土)/TBS赤坂ACTシアター
公式サイト
ミュージカル『ドン・ジュアン』
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