こんにちは、大森晴香です。ふだん、「制作」あるいは「プロデューサー」という肩書で活動しております。よく何やってるかわからないポジションだと言われます。今回は、「制作」というお仕事の紹介がてら、「制作という職業の未来」を考察してみます。
「制作」はいつか消える?消えない?
数年前にオックスフォード大学のマイケル A. オズボーンさんが発表した論文「あと10年で消える職業・なくなる仕事/THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」の中に「娯楽施設の案内係・チケットもぎり係(Ushers, Lobby Attendants, and Ticket Takers)」が含まれていました。
この先、テクノロジーがどんどん発達していったら、私は失職するんだろうか? なんとなく、そうはならないような直感がうごめくので、それを直感ではなく理屈で考えてみようと思います。
ITの恩恵を享けてきた制作の仕事
おおざっぱにいうと、演劇の現場において作品を作る以外の仕事は全部制作だと言ってもいいんじゃないかと思うほど、制作の仕事は多岐に亘ります(その中でもプロデューサーと制作では役割が分かれますが、今は便宜上、いっしょくたで考えます)。劇場の予約もキャスティングもお弁当の手配もチケットのもぎりも、制作の守備範囲です。
未来の話ではなく過去をふりかえっても、制作はITの恩恵を多分に享けてきました。たとえば15年前、私が大学に通いながら友人の劇団を手伝っていた頃、チケット管理はオンラインではありませんでした。お弁当検索サイトもありませんでした。インターネットにつなぐにはLANケーブルが必要でした。それがITの進展のお蔭で、場所も時間も選ばず仕事ができる世の中になってしまいました(良し悪しは別として)。きっとこの間に「やらなくてよくなった仕事」、あるいは、「かかる労力が半減した仕事」がやまほどあると思います。
どこまで自動化・機械化できるのか
ここで未来に目を転じてみようと思います。制作の仕事はどこまでテクノロジーで代替可能なのか。人間がやる必要・意味のある役割は残るのだろうか。
たとえば宣伝。人間よりも効果の高いプロモーションがAIには可能だ、と言われてもなんの驚きもありません。チラシやポスターを作って配ったり、マスコミにプレスリリースを送ったり、ポータルサイトに書き込んだり、SNSを使ったり、雑誌社に営業に行ったり…いろいろなことを考えて行動しているわけですが、私には「完璧な戦略」は描けないし、「完全無欠な戦略の遂行」もできません。それは私が人間だから。AIは機械だからこそ、可能性があります。
キャスティングはどうでしょう。この役柄に合う俳優、あるいはビジネス的な観点でこの興行でお客さんを呼べる俳優、みたいなことを考えたときに、ひととAI、どちらがより多くの情報を持っているかといったら、量で勝ることは人間には難しくなっていくでしょう。制作者の人脈の範囲を超えたオファーを可能にするサービスがもうすでにあると言われても、私は驚かないと思います。
稽古場予約やツアーの移動宿泊手配はすでにネット検索の時代になっていて、制作の手を介さなくても完了するシステムが生まれるのもそんなに時間はかからないんじゃないかと思います。劇場受付やグッズ販売・在庫管理も、人間である必要はどんどん薄れていくでしょう。予算管理もそのうち人間よりも精度の高い予算を立てて運用してくれるAIが生まれてくるんじゃないかと思います。
制作の仕事の事務的な側面はほとんど機械化できるし(というかすでにだいぶ機械化されているし)、いまは制作者の経験や創造力や人脈や人格が活きている分野であっても、やがて機械化・自動化されていく仕事は膨大にある。これは決して悲しいこととか寂しいこととも限らなくて、そうやってどんどん手放して、最後に残る「人間ならではの仕事」だけにエネルギーを使えるということだと思います。
では、最後に残る、人間ならではの仕事、とはなんなのでしょうか。
最後まで残る「機能」はなにか
今、私がもっとも多くお請けしている役割は「制作進行」と「当日運営チーフ」と呼ばれるものです。意外とあとの方まで残るんじゃないかと思っています。いわゆるマネジメントの役割です。
「制作進行」は、部門や組織をまたがって進行する演劇興行において、ひととひとをつないで調整・進捗管理をする仕事です。公演を実施するにあたって必要な仕事をタイミングよく抜け漏れなく進めていくために、プロデューサー・主催者の意図を汲み、計画・予算を立て、関係者と連絡を取り合って業務を遂行するポジションです。今のところ、パターン化できる部分としにくい部分が入り乱れているように感じられることから、人間向きな役割なんじゃないかと思っています。
劇場いりしてからの制作業務を仕切るのが「当日運営チーフ」です。受付・もぎり・グッズ販売・場内整理・取材対応・楽屋付などなど、ひとつひとつの仕事はやがて機械にとってかわられてもおかしくないと思っていますが、その段取りを考えてプログラムするのはしばらく人間によるところが大きいのではないかと思います。
しかし、比較的あとまで残るだろう、とは思いますが、やがてこれらも無くなっていくんじゃないかな、と予感しています。人間だからこその感情やしがらみが進行を停滞させることもなきにしもあらずですし、やがてAIが人間よりも的確なタイミングに的確な判断を下す日が来るかもしれないから。
マネジメント的な業務すら人間の手を離れる時代が来たとして、それでも残るのはなにか、をさらに考えてみると、私は「企画」ではないかと思います。
「企画」は人間ならでは
「これをやりたい」という意思は、人間ならではです。この作品を上演したい、この作家と演出家のコラボが観たい、この俳優にこの役柄を演じてほしい、などなど、そもそもの公演の発端となる情熱・エネルギーは人間からスタートするものです。それをいかに効率よく上演にこぎつけるかは機械の方が長けている時代が来るかもしれないけれど、感情を持たないAIには、ここの部分だけは担えないと思うのです。
こう考えると、厳密に言えば残るのは「制作」ではなくて、「プロデューサー」だけなのかもしれません。
今回は、制作の未来を考えついでに制作のお仕事紹介になったらいいな、と思って書いてみました。あまりハウツー的なお役立ち情報にはならないと思いますが、制作という仕事に興味を持っていただけたら嬉しいです。
そして制作業を営む同志の皆さま。制作はどこの現場に行ってもいくらでもお仕事があるというか、圧倒的な業務量に押しつぶされそうになることもあると思います。そんなとき、うまくテクノロジーや外部サービスに頼って、本当に自分である必要のある業務にエネルギーと時間を集中できるといいですね。自戒も込めて。
(文:大森晴香)