とんでもないものを観てしまった。三谷幸喜新作ミュージカル『新宿発8時15分』観劇レビュー


撮影:宮川舞子

「とんでもない舞台」が、4月9日に幕を開けました

15名のキャスト全員が、過去に三谷作品への出演経験を持つゴージャスな顔ぶれ。その俳優陣が一堂に集い、一人が何役もこなしながら歌い、舞台上を縦横無尽に駆け抜ける登場人物は、なんと100役以上。三谷幸喜 新作ミュージカル『新宿発8時15分』が4月9日、日本青年館ホールにて開幕しました。

事前に三谷さんはこう語っていました。

誰も観たことのない、聴いたことのないミュージカルを作ろうと思っています。こんなゴージャスな出演者を集めて、こんなことをやるのかと、観る人すべてが驚愕するようなミュージカルを。ひょっとするとこれってとんでもないことかも知れません。

”誰も観たことのないミュージカル!?”と気になり過ぎましたので、気合と根性と執念で初日のチケットをなんとか入手し観劇してきました。テンション高めに、でもネタバレには注意しつつ、レビューをお届けします。

「やりたい放題」と言いたくなる最強の布陣

豪華すぎるキャスト陣に、チケットは各方面で悲鳴が上がるほどの激戦。噂には聞いていましたが、こんなにとは・・と落ち込みつつも期待はさらに高まりました。

そして、15名中13名が、2022年上演の『ショウ・マスト・ゴー・オン』に出演したメンバーだと知り、驚くと同時に深く納得しました。そこに加わるのが天海祐希さんと香取慎吾さん。

天海さんにとっては三谷作品への出演4作目。「そんなところに天海さんが⁉」と思わせるような、三谷さんにしかできない起用を今迄にされてきた間柄です。香取慎吾さんも今回で3作目。三谷さんにとっては「安心して無茶ができる」布陣、言葉を選ばなければ、「やりたい放題」の最強キャストと言えるのではないでしょうか。

NHKのインタビューで三谷さんが「天海さんは何でもやってくれる(笑)」とおっしゃっていましたが、実際に観て思ったのは、「天海さんに何でもやらせ過ぎですよ、三谷さん(笑)」ということ。これはもはや、天海祐希の贅沢遣い祭です。もっとも、他のキャストの方は舞台上に出ていますから、仕方ないとも言えますが(笑)。香取さんも少し懐かしさを感じる衣装で登場し、「あ!!」となる瞬間がありました。

あの人が、こんなことを……これが三谷幸喜だ。

観劇してまず伝えたいのは、本当にとんでもない舞台だった、ということです(笑)。「あの俳優さんがこんなことを……」「こんなことまで……」「あのキャラまでも・・・」という状態が終始続きます。天海さんのみならず、歌舞伎界の未来を担うと言われる尾上松也さんまでもがあんなことに……。

そして、なんとも不思議な存在の新納さんが演じる地質学者。動きがとっても可愛くて見逃せません。ふわふわした存在なのに、歌ったら・・やっぱり、流石です。

しかも15名が100役以上を演じ分けるため、誰がどこで何をしているかを把握することはほぼ不可能です。観客の感想の多くが「目が足りない(笑)」というのも、強く頷いてしまいます。一人一人について書きたいところですが、情報量が多すぎてネタバレ祭りになってしまうため自粛します。ただ、皆さんが幅広な役を見事に演じ分けていたことだけは、お伝えしておきたいと思います。あのキャスト陣だからこそ実現した舞台であることは間違いないです。

日常の「電車の遅延」に、100人分の物語が宿る

舞台の設定は、電車利用者であれば誰もが遭遇する可能性のある「鉄道事故による電車の遅延」。ひとつの事故が、乗客だけでなく鉄道関係者、乗客の家族、たまたま通りかかった人など、無数の人々の人生に波紋を広げていきます。

普段から電車を使っている人であれば、劇中のシーンの多くが「あるある」と頷けるものばかり。そして劇中では、そこにいる一人一人の物語にスポットが当てられていきます。日頃から遭遇している状況の裏に、ここまでの物語が潜んでいたことに気づいていた人がどれだけいるでしょうか。そして、このミュージカルのようにその時に居合わせた方との縁で運命が…なんてことも実際あるかもしれません。その点に着目する三谷さんは、やっぱり流石です。


撮影:宮川舞子

シンプルな装置が生む、驚くほどの密度と没入感

演奏者も同じ空間で、アイコンタクトが届く距離に配置されています。生バンドが舞台上に配置されるケースは他にもありますが、今回の舞台では演奏者が独立した存在として切り離されて見えるのではなく、演奏者も含めてひとつの物語を進行するメンバーの一員として、不思議と自然に溶け込んでいました。
そして、音楽で驚いたことがもう一つ。演奏者の皆さんも何役も・・というか、複数の楽器を演奏されています。しかも、とっても楽しそうに!ぜひ、舞台奥にも目を向けてみてください!

更に、衣装さえも舞台上に置かれ、すべてが丸見えの空間。待機する席も舞台上です。それでいて不思議なほど気にならず、むしろ心地よいし、小さく色んなアクションをしていることにも気づきます。

舞台上が指令室になり、線路になり、車内になる。椅子と衣装だけで場面を切り替えるシーンも多いにもかかわらず、情景はしっかりと伝わってくる。その潔さに、思わず感動を覚えます。
また、オフィスで働いている人なら、きっと同じような動きをしたことがあると思うような椅子の使い方!お見事です。

瞬きをした瞬間に見逃してしまうほど一瞬で過ぎ去っていく役もありますが、それもまた、実際の現場にいる”通り過ぎていく人々”のリアリティそのもの。刻々と変化していく状況が見事に表現され、集中が途切れる瞬間がまったくありません。正直、これこそが「ショウ・マスト・ゴー・オン」なのではと思うほどでした。


撮影:宮川舞子

思わず口ずさんでしまうメロディと、必見のダンスシーン

「ミュージカルというよりも音楽劇に近い」と天海さんもおっしゃっていましたが、まさにそんな印象です。セリフが突然歌になるタイプの作品は個人的に少し苦手意識がありますが、本作はメロディが基本的に軽快で聴いていてとても心地よく、思わず口ずさんでしまうような曲が次々と流れてきます。三谷さんも突然歌い出すのが苦手らしいので、心地よいと感じたのも納得です。
もちろんソロ曲も数曲あり、ファンには堪らない時間です。そして、ぜひその歌詞に注目してみてください!笑ったり、大きく頷いたり、そうだよなぁ~って背中を押されたり、多くのメッセージが散りばめられています。

個人的に最も共感してしまったのが、香取さんが歌った「僕の願い」という快速の歌。思わず深く頷いてしまいました。いつも思っていること、そのままです! 今回のお話は三谷さんご自身の体験談から発想を得ているとのことでしたので、きっと三谷さんも同じ悩みをお持ちなのだろうと思ったり(笑)。

天海さんの最初のソロ歌唱シーンは、ご本人が語っていたとおり「視界に入る範囲でおかしなことが起きているけど笑うわけにはいかない」歌唱シーンです。観劇の際はどうぞご注意ください(笑)。そして最大の見せ場は、天海祐希さんと香取慎吾さんのダンスシーン。スター同士が繰り広げるダンスは、カッコよさと可愛さが共存した、目が離せない素敵なシーンです。


撮影:宮川舞子

伏線回収の快感と、確かなメッセージ性

何より唸らされたのが、ラストの伏線回収。「あぁ、そういうことか……」と思わず声が漏れてしまいました。観ている最中はこんなに笑ったのはいつ以来だろうと思うほど笑いに溢れていながら、たくさんのメッセージがしっかりと伝わってくる。ハチャメチャに見えて、ちゃんとストーリーが力強く走っている。この絶妙なバランスを出せるのが、三谷幸喜なんだ!と、三谷さんの凄さを見せつけられた感じがしています。

公演時間は1時間40分。事前に聞いたときは「短い!」と感じましたが、体感はむしろ長いくらいでした。それは退屈だから・・ではなく、圧倒的な集中と密度の高さの証です。緩急が見事で、「笑って」「考えさせられて」「キュンとして」「しんみりして」クラップで盛り上がって……このような体験は、正直初めてでした。

幕が下りた後も鳴りやまない拍手が、すべてを物語っていました。面白いくらい早々からアナウンスが繰り返されましたが、本当に拍手が鳴り止みませんでした。コメディとして「面白かったね!」で終わらず、しっかりとしたメッセージと見事なストーリーの着地があったからこそ、「あんなことやらせてぇ~」で終わる舞台に決してなっていないからこそ、あの満足感と客席からの割れんばかりの拍手が送られたのだと思います。

この舞台がもたらすもの

この舞台が観客にもたらした効果があるとしたら、それは「優しさ」ではないでしょうか。電車が止まってしまったとき、陰で多くの人が懸命に動いてくれていること、そして様々な事情を抱えた人々がそこにいることに、自然と思いを馳せられるようになる。イライラするよりも、この舞台を思い出してうっかり笑ってしまいそうな気さえします。駅で怒りだしたり、駅員さんを理不尽に責めたりする人が少しでも減ったらいいなぁ~。。そんなことまで思ってしまうほどです。

そして、後半の歌の歌詞にもあるように、知らず知らずのうちに誰かに助けられ、そして、自分も誰かの役に立っているかもしれない……そんな気づきも、この舞台はそっと与えてくれます。人と人とのつながりが少しずつ薄くなってきている今だからこそ、必要なメッセージであり、目を向けたいポイントだと思います。

そう考えると、余計に多くの人に観てほしい舞台だと感じます。
また、結末を知ってから観ると見え方が変わってくる気もします。ぜひ、複数回観たいし、観て欲しいところですが、チケットの激戦ぶりを考えると、なかなか難しいのが悲しい現実(笑)。

ぜひ、みなさんもこの奇跡のミュージカルの目撃者になってください。東京公演の当日券は激戦が続いていますが、チャンスはあります!東京の次は、大阪、福岡と続きます。ぜひチケットを勝ち取ってくださいね。

(文:松坂柚希

公演情報

シス・カンパニー公演『新宿発8時15分』

◻︎作・演出
三谷幸喜

□音楽
荻野清子

◻︎出演
天海祐希、香取慎吾、尾上松也、ウエンツ瑛士、シルビア・グラブ、新納慎也、今井朋彦
秋元才加、峯村リエ、藤本隆宏、小澤雄太、大野泰広、中島亜梨沙、小林隆、浅野和之

□演奏
荻野清子(ピアノ)、近藤淳(リード)、岸徹至(ベース)、萱谷亮一(ドラム・パーカッション)

◻︎企画・制作
シス・カンパニー

□プロデューサー
北村明子

◻︎公演日程
【東京公演】
公演日程:2026年4月9日(木)~26日(日)
会場:日本青年館ホール

【大阪公演】
公演日程:2026年5月1日(金)~17日(日)
会場:SkyシアターMBS

【福岡公演】
公演日程:2026年5月22日(金)〜30日(土)
会場:キャナルシティ劇場

□公式サイト
シス・カンパニー:新宿発8時15分特設ページ

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