50年目に叶った奇跡の新演出版――『コーラスライン』日本プレミア公演観劇レビュー

撮影:樋口隆宏

ミュージカルの金字塔が、新演出となって日本へ

1975年にニューヨークのオフ・ブロードウェイで幕を開け、その後ブロードウェイに進出して約15年間のロングランを記録したミュージカルの金字塔『コーラスライン』。
その日本プレミア公演が、9月8日、東京建物 Brillia HALLにて開幕しました。

今回の公演は、初演から50年の時を経て、奇跡的に新演出と新振付の許可が下りた「最強版」。演出のニコライ・フォスターと振付のエレン・ケーンが、オリジナルの精神を受け継ぎつつ、ドラマをより深く掘り下げ、さらに元ロイヤル・バレエのプリンシパルのダンサーでもあり、日本でも人気のアダム・クーパーさんが演出家ザック役に決まったことで、開幕前から大きな期待が寄せられていました。


撮影:樋口隆宏

アダム・クーパーとの再会と観劇のきっかけ

私がこの舞台を観ることを決めた理由は2つありました。ひとつは、過去に好きだったドラマの中で『コーラスライン』が少しだけストーリーに組み込まれていて、ずっと気になっていたこと。
そしてもうひとつは、アダム・クーパーさんが出演するということでした。

アダムさんと初めて出会ったのは、2023年の舞台『レイディ・マクベス』。その時は派手な役柄ではなかったので、いつかスポットライトを浴びる姿を観たいと思っていました。
先日、新国立劇場オペラパレスでのガラ・コンサート『LIFE IS BEAUTIFUL』で、その願いは叶い、スポットライトを浴び、歌って踊るアダムさんのとてつもない格好良さに改めて魅了されました。
今回はミュージカル作品ということで、迷わずチケットを手配しました。

チケットを取った後、当たり前なのですが、全編英語だと気づき、「字幕でも楽しめるだろうか?」と少し不安になりましたが、その心配は無用でした。ここからは、私にとって初の海外キャスト作品の観劇レビューをお届けします。


撮影:樋口隆宏

幕が上がる前から始まる“リアル”

日本の舞台とは違うな、と感じたのは幕が開く前からでした。今まで観てきた舞台では、幕の内側から音がすることはありませんでしたが、今回はキャストの声が微かに聞こえてきます。これから始まるショーの向かう気持ちの高鳴りや緊張感が、すでに客席側にも伝わってくるようでした。
開演アナウンスが始まり、いよいよ幕が上がるタイミングで、客席から自然と拍手が起こったことも、私にとっては初めての体験でとても新鮮でした。

そして幕が上がると、そこにはブロードウェイの世界が広がっていました。生バンドによる迫力のある音楽に、切れのあるダンス。オープニングで一気にボルテージが上がり、気づけば『コーラスライン』の世界に引き込まれていました。今でも、「5,6,7,8!」と、ザックのカウントと軽快な音が脳内で再生されます。


撮影:樋口隆宏

字幕初心者仲間の皆様へ

一番心配だった字幕についてですが、席によっては見えづらいものの、心配するほどではありませんでした。個人的には、字幕を見たい場合は、センターブロックよりもサイドブロックの席がおすすめです。
今回、私はセンターとサイドの両方の席で観劇しましたが、それぞれに良さがありました。

センターブロックは、言うまでもなく、迫力あるダンスや歌を正面から観ることができるのは格別です!しかし、視界に字幕は入ってきません。字幕を読もうと横を見ると、目の前にいるキャストが観られない…というジレンマに襲われます。とはいえ、使われている英語はそこまで難しくないので、ある程度英語がわかる方なら問題ないと思います。

ちなみに私の場合は、センターブロックの時は、雰囲気を感じ取ることを優先し、ある程度字幕を「捨てることにしました」。事前のインタビューでも「細かい言葉がわからなくても、舞台から感じ取るものがある」とのニュアンスのお話がありましたが、まさにその通りで、センターブロックでは真正面から浴びせられる舞台のパワーを感じることに集中することをおすすめします。

一方、サイドブロックの場合は、舞台の中央を見ようとすると自然と字幕が視界に入ってきます。キャストの立ち位置によって、左右の字幕を使い分けることもでき、理解と没入の両立がしやすかったです。
あくまでも個人の意見ですが・・・。

新演出が描き出す「二重の視点」

過去の演出を拝見していないので比較はできませんが、新演出は元の骨格を感じさせつつ、ドラマを深く掘り下げているように感じました。
特に印象的だったのは、演出家ザック役のアダム・クーパーさんが、たびたび客席側からステージに向かって語りかける演出です。元々の演出では、ザックはステージ上には現れず、客席から神の声の様な出演の仕方だったようです。

今回の新演出では、冒頭からザックはステージ上にいますが、頻繁に客席に移動します。客席にいる時のザックと、舞台上でダンサーたちと関わっている時のザックは距離感も勿論ですが、マイクの使い方も異なっていたため、オーディションのリアリティをより高めているように感じました。

アフタートークで、アダムさんが実際に客席に座ることもあるというエピソードが披露され、お嬢さんが隣に座った際に「あれは誰?」などと話しかけられ、「芝居に集中させて!」と返したという微笑ましいやり取りがあったそうです。私の観劇回では上手のサイドや後方にいらっしゃることが多かったですが、近くにいらっしゃったら心拍数が上がってしまいそうですね(笑)。


撮影:樋口隆宏

『コーラスライン』のもう一つのストーリー

最終オーディションで、ダンサーたちが「自分自身について語ってほしい」と求められ、過去や夢、家族のことや、自分の容姿についてなどの葛藤を吐露する場面は、この舞台の核心です。
彼らが語る内容は、初演の際の演出家マイケル・ベネットが、実際のダンサーたちに深夜にインタビューをして集めたストーリーがベースになっていると知り、胸が熱くなりました。

そして、今この舞台に立っているキャスト自身も、過酷なオーディションを勝ち抜いてこのステージに立っていることに思いを馳せると、そこには、役としてのストーリーとキャスト自身の物語が重なり合ってこの作品の世界観に繋がっていることに気付きます。
さらに、演出家ザックを演じるのが、実際に演出家でもあるアダム・クーパーさんであることで、この物語が単なるリアリティ(再現)ではなく、「リアル」そのものなのだと感じ、私はより深く物語の世界に引き込まれていきました。

新演出版では、演出家ザック自身のストーリーも新演出版では表現されています。冒頭でも触れた通り、元の演出版を拝見していないため、違いは分かりませんが、ザック自身の「人間らしさ」にも注目していただきたいです。

また、ラストの「One」につながる前の、ザックを演じるアダム・クーパーさんの舞も必見です。


撮影:樋口隆宏

「多様性」と2人の日本人キャスト

この作品は、ことさら「多様性」を前面に打ち出しているわけではありません。しかし、最終選考に残った17人のキャラクターは、それぞれが実に多様な背景を持っています。

今ほど「ダイバーシティ」が注目されていなかった50年も前の作品でありながら、声高に主張せずとも、登場人物の存在そのものが多様なメッセージを自然と提示しています。この点に、作品の持つエネルギーの高さと、50年もの間愛され続ける理由があるのだと感じます。

そして、忘れてはならないのが、2人の日本人キャストの存在です。
途中で一箇所だけ日本語のセリフが飛び出したので「えっ?」と思いましたが、その際は、日本人のキャストだと確信は持てませんでした。後でキャスト表を確認して、2名いらっしゃることを知り、急に親近感が湧くと共に、海外のキャストと共にステージに立っていることに同じ日本人として嬉しくなりました。ぜひ、その日本語のセリフにも注目してみてください。


撮影:樋口隆宏

照明と舞台美術が織りなす”リアル”

この作品の大きな見どころの一つに、舞台美術と照明の巧みな演出があります。
オーディションの設定ゆえ、舞台の両サイドにある袖幕がなく、照明機材やスタッフの動きまで観客の目にさらされます。それは、まさにオーディション現場そのもの。
そして、高い天井から降りてくる沢山の照明機材が”バーン”とダンサーたちを輝かせる様子は本当にかっこ良く、むき出しの演出が、作品のリアリティとドラマ性を一層高めているように感じました。

また、舞台上には大きなが設置されており、そこに映し出されるダンサーたちの姿が、作品に奥行き与えています。鏡に映るダンサーたちの後ろ姿や照明、そして時折映り込む客席の様子は、ショーの要素が強いこの作品の美しい世界観を魅せ、楽しませてくれます。ぜひ、鏡の中の世界にも注目してみてください。


撮影:樋口隆宏

「コーラスライン」という名の光と希望

照明の中でも特に印象的だったのは、床に引かれた白い「コーラスライン」を際立たせる光の演出でした。

「コーラスライン」とは、舞台稽古でコーラスとメインキャストを分けるために引かれる線のこと。本作は、この線を越えてはならないダンサーたちが主役の物語です。彼らが一人ひとり語るストーリーには、日本人には馴染みがない部分もあるかもしれません。しかし、彼らが抱える夢や葛藤は、観る者自身の心に響き、前に進む力を与えてくれます。

もちろん、それは俳優のように舞台に立つ職業でなくてもすべての人に通じることだと思います。


撮影:樋口隆宏

ラストナンバー「One」が放つ光

ラストナンバー「One」は、この舞台を象徴する歌であり、さまざまなメッセージが込められていることを感じます。
全員が同じ衣装と振り付けで踊るこの曲は、一人一人のストーリーが重なり合い、ダンサーたちが一つの大きな光、“集団としての輝き”へと繋がっているように感じます。それは、一人ひとりの努力と物語が、やがて大きな力となることを感じさせてくれます。

 一人一人がコーラスラインを超えて輝いている姿に、何か上手く行かないことがあったとしても「必ず輝く場所がある」と、字幕の歌詞を追いながらですが、強いメッセージを感じました。
そして、最後のキラキラして全てが「金色(ゴールド)」の世界が、輝く場所の一つの象徴なのではないかと、このレビューを書きながら感じました。

キャストに自分の姿を重ねて・・

『コーラスライン』を観ていて、物語終盤に歌われる“What I did for Love(愛した日々に後悔はない)”がとても心に沁みました。「我が人生に後悔なし」それだけ人生をかけられることに出会えたら、結果はどうであれ、幸せなことなんだと感じました。

そして、観ていると思わず応援したくなるキャストがきっと現れます。私はとポールDianaとPaul気になりました。
あなたは誰に共感し、誰を応援したくなりましたか?

最後に、
映像で観るのと生で観るのは、心への響き方が本当に違います。言葉がすべて拾えなくても、身体と光と呼吸が物語を運び、心に響く感動を与えてくれます。
ぜひ劇場に足を運び、生でしか感じられない感動を体験してほしいと強く思います。

「これが観たかったんだ」と必ず感じてもらえる作品だと思います。


撮影:樋口隆宏

 

(文:松坂柚希)

公演情報

ミュージカルコーラスライン日本特別公演

出演_アダム・クーパー他
原案・振付・演出_マイケル・ベネット
台本_ジェームズ・カークウッド/ニコラス・ダンテ
音楽_マーヴィン・ハムリッシュ
作詞_エドワード・クレバン
共同振付_ボブ・エイヴィアン
演出_ニコライ・フォスター
振付_エレン・ケーン
セットデザイン_グレイス・スマート
ミュージカル・スーパーヴァイザー_デイヴィッド・シュラブソール
衣裳デザイン_エディ・リンドレー
照明デザイン_ハワード・ハドソン
音響デザイン_トム・マーシャル

主催・制作_TBS
読売新聞社
ぴあ
ローソンエンタテインメント
TSP

協力_トリックスターエンターテインメント (東京建物 Brillia HALL公演)
企画招聘_TSP

◻︎公演日程
【日本プレミア公演】
公演日程:2025年9月8日(月)~9月22日(月)
会場:東京建物 Brillia HALL

【仙台公演】
公演日程:2025年9月27日(土)~9月28日(日)
会場:仙台サンプラザホール

主催:仙台放送

【大阪公演】
公演日程:2025年10月2日(木)~10月6日(月)
会場:梅田芸術劇場メインホール

主催:サンライズプロモーション大阪

【東京凱旋公演】
公演日程:2025年10月10日(金)~10月19日(日)
会場:シアターH

□公式サイト
TSP

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