
安田章大、関西弁で魅せるアングラの世界─『アリババ』『愛の乞食』観劇レビュー
2025年8月31日(日)東京・世田谷パブリックシアターにて、Bunkamura Production 2025『アリババ』『愛の乞食』が開幕しました!
唐十郎さんが旗揚げした劇団「状況劇場」によって1966年に『アリババ』、1970年に『愛の乞食』が初演されました。その初期作品『アリババ』、『愛の乞食』を新宿梁山泊主宰の金守珍さんが演出されます。今作では初の全編“関西弁”で連続上演します。
撮影:細野晋司
主演を務めるのは、SUPER EIGHTの安田章大さん。6⽉に上演された新宿梁山泊主催のテント公演でも同演目に出演されました。今作は同じ演目ですが、関西出身の安田さんをはじめとする役者陣の関西弁の魅力を加え、新たにお届けされます!
共演には、壮一帆さん、伊東蒼さん、彦摩呂さん、福田転球さん、温水洋一さん、伊原剛志さん、風間杜夫さんと、個性溢れる役者が揃いました。
こちらでは、囲み取材会とゲネプロの様子をお届けします!
あらすじ
【アリババ】
雨の中、真夜中の高速道路を駆け抜けて行った黒い馬を探す宿六。 そしてその妻の貧子。 二人のもとに老人が姿を現し、あの馬は赤いはずだと言う。 ブランコが馬の嘶きのように音を立てて揺れだしたころ、隅田川に流した遠い記憶がよみがえってくる。 「朝は海の中、昼は丘、夜は川の中。それはなあに?」
【愛の乞⾷】
生命保険会社に勤める田口は、公衆便所で具合の悪そうなミドリのおばさんを介抱していた。 そこに、セーラー服姿の少女・万寿シャゲが帰ってくる。 今夜からここは、キャバレエ「豆満江」になるのだ。 さらに支那人のチェ・チェ・チェ・オケラと、刑事の馬田と大谷が現れる。 男達は万寿シャゲに、かつて海賊時代に出会ったある事件の生き残りの女の面影を見出す。 と、その時――彼方より、伝説の海賊ジョン・シルバーの足音が響く。
正直に言うと、あらすじを読んだだけでは、ほとんど意味が分かりませんでした(笑)。『アリババ』では、黒い馬や赤い馬、海や丘、川といった象徴的な描写が次々と現れ、登場人物や物語の流れが頭の中で追いつかない。『愛の乞食』も、キャラクターが入り乱れ、時間や場所が飛びながら出来事が描かれるので、読んでいるだけで「え、どういうこと?」と頭がパニック状態に。
私は前作の舞台『少女都市からの呼び声』で唐作品やアングラ演劇に初めて触れました。複数回観劇しましたが、理解が深まるどころか謎は深まり、独特の世界観やグロテスクさに圧倒されました。そのため、今作を観劇するにあたり、大きな覚悟を持って臨みました。
しかし、今作はそれ以上にわからない!(笑) 唐十郎作品のあらすじは、読んで理解するものではなく、「世界観の入口をちらっと見せるもの」だと思った方がスッキリします。読んだだけで「意味不明!」と感じるのは、作品の狙いそのものかもしれません。だからこそ、実際に舞台を観て初めて、幻想や象徴、アングラ特有の世界観を体感できるのだと思います。そして、頭が混乱する難易度高すぎ君状態だからこそ、観劇の一瞬一瞬が想像以上に刺激的で面白いのかもしれません。
読者の中には、作品を観て理解を深めたかったり、何かの期待を込めて、この観劇レビューを読んでくださっている方もいるかもしれません。私もその期待に応えたい気持ちと、作品へのリスペクトを込めて、今までにないくらい全集中で観劇に没頭しました。
リズミカルで捲し立てるような早口の関西弁の台詞を、一言一句逃すまいと耳を澄ませて聞いていました。ですが…私の率直な感想は「なんじゃこりゃー⁇⁇⁇⁇」でした(笑)。
前作を越えてさらに炸裂する唐ワールドに、自分の中のあらゆる情報や知識、思考を総動員して挑むも、理解が追いつかず、完全に「わけわからーん!」状態。思考停止寸前でした(笑)。どれだけの人がこの作品や世界を理解できているのか?と、お客さんはもちろん、演者やスタッフ全員に聞いて回りたいほど、不思議で難解な作品でした。
自分で言うのもなんですが、舞台・ミュージカルライターとして多くの作品を観ているので、割とぶっ飛んだ設定や難解な作品に触れる機会も多く、読解力や理解力には自信があります(笑)。
しかし、そんな私でも今作では、さまざまな部分が結びつかず、“?”が多過ぎました。正確に言えば、考えても考えても繋がらない「全く訳がわからない」部分と、「わかりそうでわからない」部分があり、非常に気持ちが悪い。
理解したくてもできない悔しさに苛まれ、途中からは「観客に理解させるつもりはないのでは?」とさえ思えてきて、憤りさえ感じ始めました。まるで、愛が憎しみに変わるような感覚です(笑)。
理解できないからこそ、怖くて不気味に感じてしまうのかもしれません。主演の安田さんは「知らないものに触れる時は怖いかもしれませんが、触れてしまえばそこの楽しさを追求していくことができるので、すごく贅沢な生き方に変わるのかなと思います」と囲み取材で語っており、その言葉に触れると「わかれば楽しくて、美しい世界なのかも?」と思わされました。けれども実際のところは、何しろわからなかった…(笑)。
安田さん自身も「活字だけを見ただけではわからず、演じているうちに繋がってわかってきた」と話していました。役者は何十回、何百回と台詞を繰り返し、その人物に生きることでやっと世界観を掴むのだと思います。だから観客が一度で全てを理解するのは、やはり難しいのでしょう。
舞台は本来「感じ方は人それぞれ」で、観客に委ねられる部分が多いものです。しかし今作は、理解したくても追いつけない、受け止めたくても受け止めきれない場面が多く、歯痒さを覚えました。知りたい、分かち合いたいのに、届かない…そんな感覚です(笑)。
時代背景や唐さんの思想、台詞や小道具の意味、二作品同時上演の理由などを、演出の金さんの解説つきで観直すことができたら嬉しいなと思いました。そうでもなければ「アングラはアングラのまま」で終わってしまうのではないでしょうか。せっかく多くの人が触れる機会だからこそ、わかる人だけの世界に閉じるのではなく、“知ったその先へ進める工夫”がもっと欲しいと感じました。
ちなみに、金さんは取材で「場当たりでも、涙が出てしまうくらい感動しました」と仰っていました。多くの観客がその感動を共有できると嬉しいです。
「緑のおばさん」や音楽、歌詞に重なる部分も気づきましたが、すべてを理解し意味を回収するには至りませんでした。だからこそ、繰り返し足を運び、その世界に深く踏み込んだり、観劇した人同士で語り合いたくなるのだとも思いました。
(私も幕間や観劇後に仲間と沢山語らいました!)
撮影:細野晋司
ただ、理解が追いつかない部分も多かった中で、一つだけ自信をもってお伝えできるのは、憲兵姿で壮大な海を背に立つ安田章大は、驚くほどミステリアスで、美しく、そしてカッコいい!ということです。ポスターに映る端正な憲兵姿と、さえないサラリーマン役とのギャップ、さらに関西弁で自然体に語り、舞台で駆け回る躍動感あふれる姿。そのすべてが、役者としての振り幅の大きさを感じさせました。
また、少女・万寿シャゲが首を絞められるような状況でも、彼に惹かれてしまう気持ちが何となくわかってしまったのです(決して私はドMではありません、笑)。それほどまでに、人を抗いがたく引き込む危険な色気がありました。
撮影:細野晋司
安田さんと伊原さんの身長差・体格差も舞台上で効果的に作用しており、サラリーマン姿では小さく弱々しく見える安田さんが、憲兵姿になると一転して神々しいオーラをまとい、大きな存在感を放ちます。さらに、鋭い眼差しの奥には、悲しみや人の痛みを知る深い人間性のようなものも垣間見えました。
撮影:細野晋司
今作では、多くの人が無差別に、時には理由もなく(理由が分かる場合もあれば、そうでない場合も)刺されたり殺されたりします。その光景は、観る者に強い衝撃を与え、人によって抵抗感や好みの差が生まれるかもしれません。
歴史的背景、唐さんの人生、そして人間の二面性――ふざけているかと思えば、あっさり人を殺すその姿――戦後の追い詰められた時代、訳の分からない混沌とした極限状況。劇中では、人を殺して金歯を抜き取るという、現代では想像もつかない狂気じみた“お金の稼ぎ方”まで描かれます。そのリアリティは、観客に戦慄と共に、時代の過酷さを突きつけます。
安全な時代に生きる私たちからすれば、“人が簡単に死ぬ”ように見えます。しかし、戦争や世相を踏まえれば、当時の人々にとって「死は日常のすぐそばにあった」のだと想像できます。劇は、過去の極限状況を描きながらも、時空を超えて、常に人は生と死の狭間で生かされている――そんな普遍的な真実を、私たちに突きつけているのではないかと感じました。
そして、生と死の狭間を彷徨った経験を持つ安田章大だからこそ演じられる部分、伝えられる部分があるのだと思います!
撮影:撮影:宮川舞子
できれば新宿テント公演も観て、今作との比較をお届けしたかったのですが、激戦のチケット争奪戦には惜しくも敗れてしまいました。なお、新宿テント公演についてはエントレサイトにて別ライターのレビューが公開されていますので、ぜひそちらもご参照ください。
(文:あかね渉)
舞台『アリババ』『愛の乞食』
作 唐十郎
演出 金守珍
出演
安田章大 壮一帆 伊東蒼 彦摩呂 福田転球 金守珍 温水洋一 伊原剛志 風間杜夫
花島令 水嶋カンナ 藤田佳昭 二條正士 宮澤寿 柴野航輝 荒澤守 寺田結美 紅日毬子 染谷知里
諸治蘭 本間美彩 河西茉祐
※伊東蒼、伊原剛志は『愛の乞食』のみの出演となります。
風間杜夫は東京公演・福岡公演の『アリババ』のみの出演となります。
【東京公演】
公演日程・会場 2025年8月31日(日)~9月21日(日) 世田谷パブリックシアター
【福岡公演】
公演日程・会場 2025年9月27日(土)17:00/28日(日)13:00 J:COM北九州芸術劇場 大ホール
【大阪公演】
公演日程・会場 2025年10月5日(日)~13日(月祝) 森ノ宮ピロティホール
【愛知公演】
公演日程・会場 2025年10月18日(土)13:00、18:00/19日(日)13:00 東海市芸術劇場 大ホール