ボサボサの髪に黒の革ジャン、そして片手に握った拳銃を自らの耳にあてるという、いかにもワイルドなポスターを見て、「格好いい松坂桃李を拝みに行こう!」と淡い期待を抱いて劇場の座席に座った私の笑顔は、開演して数分も経たないうちに消えさりました・・・。
この『マクガワン・トリロジー』は、アイルランド、ゴールウェイの作家シェーマス・スキャンロンによって書かれ、ニューヨークのアイリッシュ・フェスティバルで複数の賞を受賞した作品。松坂桃李の主演、小川絵梨子の演出により今回、日本で初めて上演となります。
舞台は南北アイルランド。IRA(アイルランド共和軍)の殺人マシーンとして出世を果たすヴィクター・マクガワンの暴力性と悲哀に満ちた物語です。そして、「Trilogy(三部作)」というタイトルの通り、ヴィクター・マクガワンを中心とした3年の歳月が、3つのパートにわけて描かれます。
勝手にサブタイトルをつけるなら、第1部は「暴力」、第2部は「哀情」、第3部は「孤独」といったところでしょうか。
「マクガワン・トリロジー」松坂桃李、谷田歩、小柳心 撮影:岡千里
第1部はもう、ヴィクターのワンマンショー状態。まるで構って欲しくてたまらない子供のように、本当か嘘かわからない事を永遠と喋り続け、突然踊り出し(これが絶妙にセクシー!)、歌い出し(難しい発音の海外の歌が似合う!)、大声をあげて度々暴れまくります。
誰が見ても、明らかに関わってしまったら最後だとわかる狂気に包まれた男。この時点で、「あ、私の知っている松坂桃李ではない」と悟り始めます。
ヴィクターは、同じIRAのメンバー、アハーン(小柳心)が敵に情報漏洩したのではないかと疑い、司官のペンダー(谷中歩)とバーテンダー(浜中文一)を巻き込んで尋問を開始するわけですが、この、とにかく真を突きたいのか、それともただ空気をかき乱す時間を楽しんでいるのか、わからない程にハチャメチャでやりたい放題の尋問のおかげで(このレビューの最初に書いた通り)私の“淡い期待”は、見事に打ち砕かれました。
そんなことよりも、終始止まっている時間が無さすぎて、2部以降もこの調子だったら松坂さんの体力は持つのだろうか。という、(余計な?)「心配」に変わっていました。
「マクガワン・トリロジー」松坂桃李、趣里 撮影:岡千里
第2部の幕が上がって広がるのは、静かな湖畔。そこに、ヴィクターによって車のトランクから連れ出される一人の女(趣里)。
彼女はヴィクターの幼馴染みで、かつての思い出話を共有するような仲であるにも関わらず、ヴィクターは彼女のことも手に掛けようとします。彼女が何をしたというのか、ヴィクターに目をつけられてしまった理由は何なのか。
それは、この第2部の重要な根幹部分になってきてしまうので詳しくは書けませんが、子供の頃の記憶を探り、話し込む二人は、端から見たら恋人のように見えることでしょう。女は常に冷静で、命のやりとりをしている現場には見えません。
そして、趣里さんの落ち着いた芝居に加え、時に気持ち良さそうに素敵な歌声を披露する姿と女が置かれている状況とのアンバランスさに、また妙にゾクッとする不思議な感覚に襲われました。
そんな中、消えていた私の笑顔が戻ったことと言えば、背が高くてスタイルの良い松坂さんと、こちらもスマートで小柄な趣里さんの身長差!松坂さんの腕にすっぽりと収まる趣里さん。という絵にキュンとしました!
しかし、今回は恋愛ドラマではありません。私のせっかくの胸キュンポイントも束の間。徐々に、彼の中にしまわれた「悲しみ」が浮き彫りにされて行きます。
「マクガワン・トリロジー」松坂桃李、高橋惠子 撮影:岡千里
ラストの第3部は、ヴィクターと母親(高橋恵子)の物語。ここまで来ると察して来るように、けして心温まる親子の絆が描かれるわけではなく、母親は満を持して登場した彼の良き理解者でもありません。むしろ、痴呆の母親は、目の前にいる男がヴィクターだと気がつかないのです。その様子にいつもの危ない苛立ちを募らせながらも、彼の中には、それでもどこかで母親に愛されていたいという複雑な感情が交差します。
ヴィクターが母親に向けて、どこか寂しそうな、同じ空間にいるのにどこか孤独感を漂わせる悲しそうな瞳を向けた時、なぜだか少し、彼の残虐な行いを繰り返す背景にある悲劇を憐れに思いました。
3年、という月日をかけて磨き上げてしまった彼の中の暴力性は、時間をかけて彼自身をも壊してしまうことになるのですが、その過程、彼が選ぶ結末の目撃者になりに是非とも劇場に足を運んでいただきたいと思います。
「マクガワン・トリロジー」松坂桃李、小柳心 撮影:岡千里
最後に、松坂桃李さんについて少し語らせて下さい。
映画・舞台、両方の『娼年』で今までの爽やかなイメージを衝撃的に捨て去り、映画『孤狼の血』で見せた迫真の演技でも話題を呼んでいる松坂さん。
今回もまた、「俳優・松坂桃李」がいかに凄いのかということを、身をもって実感させられました。目付き、行動、全てが予測不可能。
「ヴィクター」=「松坂桃李」ではないとわかっていても、しばらくは映像として彼を見かけても軽く震えてしまいそうな位、ヴィクターという役に憑依されていたように思います。来年2月には『ヘンリー五世』への出演も発表されていますが、今後はもっと映像だけではなく、舞台の上でお目にかかれる機会が増えて行くのであろうという期待が高まりました。
『マクガワン・トリロジー』は、愛知と兵庫での公演をすでに終えており、東京が最終公演地となっています。
29日(日)まで世田谷パブリックシアターで上演中です!
(文:越前葵)
シーエイティプロデュース 舞台「マクガワン・トリロジー」
【作】シーマス・スキャンロン
【翻訳】浦辺千鶴
【演出】小川絵梨子
【出演】松坂桃李・浜中文一 趣里・小柳心 谷田歩 / 高橋惠子
2018年6月29日(金)~7月1日(日)/愛知・穂の国とよはし芸術劇場 PLAT 主ホール
2018年7月4日(水)~7月8日(日)/兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
2018年7月13日(金)~7月29日(日)/東京・世田谷パブリックシアター