西瓜糖第11回公演『かえる』が、2024年8月28日(水)〜9月3日(火)、ザ・ポケット(中野)にて上演される。
本作は、劇作家・秋之桜子の戯曲を上演する演劇プロデュース集団として2012年に旗揚げした西瓜糖が、2016年に上演した『うみ』をモチーフに新たな作品として上演する。演出は、西瓜糖特別公演『MOON』(2020年)のほか、流山児★事務所やわらび座などで秋之桜子脚本の演出を手掛けてきた文学座の高橋正徳が務める。
出演者には石田圭祐(文学座)、八代進一(花組芝居)、田島亮、駒塚由衣、日下由美ら個性豊かなキャスト陣を迎え、太平洋戦争末期の昭和20年の夏に空襲から逃れて葉山に住み始めた家族と、彼らを取り巻く人々の姿をリアルに、時に滑稽に描く。
このたび、本番に向けて準備が進む稽古場のレポートと写真が到着した。
この日の稽古は、葉山に逃れて来た緒方家の一室で、次男で作家の輝雄(田島亮)が月明かりの中で原稿を書き、そばでは愛人のミツ(山像かおり)と妻の和子(黒川なつみ)、編集者の一之瀬常盤子(奥山美代子)が眠っている、というシーンから始まった。目が覚めたミツが縁側に座ると、それに気づいた輝雄が執筆の手を止めてミツに近寄り、甘えたように膝枕で横になる。その一連の自然な流れから、輝雄とミツの気が置けない近しい関係性がよく伝わってくる。
妻の和子がすぐそばで寝ているのに、ミツに甘えて素直に本心をさらけ出す輝雄の子どもっぽさを、田島が愛嬌と色気を醸し出しながら表現している。そんな輝雄にまっすぐと向き合い、時に年上の余裕を見せつつ自分の心に正直に生きるミツを、山像が表情豊かに演じている。輝雄やミツとは対照的に自分を抑圧して今にも爆発しそうな和子を演じる黒川は、不満や苛立ちを内面からにじませてシーンにピリッとした緊張感を与えている。プライドが高く強い意志を持った常盤子を演じる奥山は、静かな芝居の中に何としても輝雄の原稿を手に入れたいという余裕のなさを絶妙に見え隠れさせている。
その後、ミツと常盤子の小競り合いを聞きつけて、緒方家の家長である雅一(石田圭祐)、その妹の佐代子(日下由美)、ミツの娘の八重(朝日小晴)が家の奥から出てくるシーンへと続く。自分の母も含めた女性への嫌悪感を募らせる八重だが、折しもそんなことも吹き飛ばすような戦争の脅威が彼らに迫る。
家長としての威厳を保ちながらも想定外の出来事を前に迷いや不安を隠しきれない雅一役の石田と、持病のヒステリーと頭痛に悩まされ、東京での暮らしが忘れられない様子の佐代子役の日下がそれぞれベテランらしい安定感で見せ、シーン全体を支えている。地主の玉井頼子役の駒塚由衣と、郵便屋の橋本三郎役の八代進一が、緒方家の人々と交流する場面で軽妙な味わいを見せ、それが芝居の緩急にも繋がり、良いアクセントになっている。
演出の高橋は、稽古の中で流れを切らずに演出をつけていく作業が印象的だった。演出家が手を叩いて芝居が始まり、もう一度手を叩くと芝居が止まる、という稽古のやり方が多い中、高橋は芝居を無理に止めずに、芝居の流れに自らも乗るように言葉をかけていく方法を取っていた。まだ立ち稽古が始まって間もない頃だったこともあるとは思うが、声のかけ方も「こういうふうにしたらどうかな?」と提案する形で、演出家が最初から方向性を示すのではなく、俳優と一緒に考えながら決めていく様子が伝わって来た。そして、その作業を高橋自身がとても楽しみながら、俳優の演技に対して素直に反応して笑ったり、時にツッコミを入れたりしていたことが稽古場全体の明るい雰囲気にも繋がっていた。
人間の嫉妬、欲求など人間らしさが生々しく描かれている戯曲だが、それは戦時中に必死に生きる姿の中では逞しさにも繋がっており、人の持つ生命力の強さを感じさせる。それと同時に、戦争という一人ひとりの人間が抗うにはあまりにも大きなうねりの前に、無力でちっぽけな市井の人々の姿が胸に迫る。現実に今この瞬間も世界では戦争が起こっており、この物語の登場人物と同じように、何もできずに無力を痛感するしかできない人々が大勢いることを思うと、同じ時代に生きながらそんな彼らに手を差し伸べることのできていない自分の無力さを突き付けられるような気持ちにもなる。
本作のモチーフとなった『うみ』は、作者の秋之桜子が交流のあった俳優・声優の故永井一郎のロングインタビューを基に執筆された作品だという。来年は太平洋戦争終戦から80年を迎える。戦争を体験した世代の高齢化が進み、戦争を知らない世代が増える中、決して戦争のことを忘れないように語り継いで行くことが一層重要になってきている。直接的な戦争の描写は多くないが、だからこそ市井の人々から見た戦争がどのようなものだったのか、そしてそこには戦後の今を生きる私たちと何ら変わることのない「人間」が確かに生きようとしていたのだと伝えてくれる作品だ。
昭和二十年夏、葉山の秋谷あたり
空襲から逃れた初老の男が自分の妹と作家である次男の嫁とで、小さな離れに住み始めた。慣れない土地で暮らす三人のもとに次男が戻ってくる――愛人とその娘を連れて。
敗戦濃厚となった太平洋戦争末期。原稿を求め乗り込んでくる女編集長。追いかけてくる男。隣組長として幅を利かせる大家。大阪から流れてきた看護婦。そして、ふらりと現れる郵便屋。それぞれの想いが交差し揺れ動き、欲望を生み出し、その姿は時には滑稽で・・・。
時代の波に揉まれながらも懸命に生きていく人々の物語。
高橋正徳(演出)
西瓜糖の演出は『MOON』という作品で1度経験していますが、コロナ禍での特別公演ということでこれまでの西瓜糖とはテイストの違う作品でした。西瓜糖で10年間以上ずっと続けてきた秋之桜子さんの世界観の作品を演出するのは今回が初めてです。秋之さんは今より少し前の時代、特に太平洋戦争前後を舞台にした物語を書かれることが多い印象です。その時代背景の中で、濃密な人間ドラマがあり、人間関係がうごめき変化していく様を描くのがとても上手く、魅力的な作家です。今回も演出している中で、ダイナミックな物語、語られるセリフの美しさに醍醐味を感じています。また俳優陣も、キュートかつどんどんジャンプしていくライブ感のある山像さん、一見ストイックだけど内に燃えたぎるエネルギーを秘めている奥山さん、そして天性の人を虜にする求心力を持つ田島さんをはじめ、とても魅力的なメンバーたちが集まりました。西瓜糖が10年続けてきた歴史を感じつつ、西瓜糖の新たな一面に光を当てられたと思っています。ぜひご来場ください。
田島亮(出演)
僕が演じる輝雄は作家です。そこにはどうしたって作家の秋之桜子さんの本人性というか想いが乗っかってくると思うので、秋之さんが魂を預けてくださったんだ、という嬉しさと怖さが入り混じっています。素敵な作品に参加できて光栄ですし、西瓜糖に呼んでいただいたからには、ただ素敵な先輩方に胸を借りるというだけではなく、一緒にやっていて楽しいな、と思ってもらえるように、挑戦的に行くところは行く、という姿勢を見せたいと思います。親が戦争を体験した世代の方が書いている作品を、今こそ若い世代に見て欲しいですし、エンターテインメントとしても楽しめる作品なので、ぜひ劇場に足をお運びください。
山像かおり/秋之桜子(作・出演)
西瓜糖第十回公演の『いちご』がメモリアル的なものとなったので、11回目は西瓜糖の原点に戻って、残したい言葉、残したい出来事を選んでみようと今までの作品の中から、2016年に西瓜糖で上演した『うみ』をモチーフにしようと決めました。改めて読み直して、この8年の間に世界は大きく変わったことに気付かされました。コロナ過も経験し、SNSやTVを通して伝えられる戦争が身近に感じられる今、あれから年を重ねた自分が見えるようになってきた世界も含めて、『うみ』と『かえる』は似て非なるものになった気がします。人と人との関係をさらに濃密に描きたくなった。それはやはり、今生きている世界が愛おしいものだとあの頃より強く感じるからかもしれません。高橋さんの丁寧な演出で、昭和20年の夏のあの日を感じていただけると思います。是非、目撃して頂きたいです。
奥山美代子(出演/西瓜糖代表)
秋之が書く本は「ドロドロしている」とよく言われますが、それはリアルな人間の本質を描いているからではないでしょうか。誰もが抱えている「嫉妬」や「私を認めてほしい」「大事に思ってほしい」などの欲求を見事なまでにストレートに描く作家だと思ってます。そして、それが人としての可愛らしさであったり、人間味に繋がっていますし、彼女の描く日本語の美しさと共に西瓜糖の特徴となっていると思っています。
高橋さんは、繊細な演出でテネシー・ウィリアムズをはじめ様々な作品を実に素敵に仕上げています。彼の作品は水面に月が反射してキラキラ輝いているような美しさがあって、この作品をどんなふうに素敵にしてくださるのか非常に楽しみです。きっと役者の本質も出る舞台になると思いますので、そんなところもお客様に見ていただけたら嬉しいです。素晴らしい客演さんたちと共に熱い『かえる』をお届けしたいです!
本作は8月28日からザ・ポケット(東京・中野)で上演される。
詳細は公式サイトで。
https://suikato.blog.jp/
(文:西瓜糖提供 監修:エントレ編集部)
西瓜糖 第11回公演『かえる』
【演出】高橋正徳
【出演】石田圭祐、八代進一、田島亮、齊藤広大/
駒塚由衣、日下由美、黒川なつみ、藍川メリル、朝日小晴/
奥山美代子、山像かおり
公式サイト
https://suikato.blog.jp/