伝説の演出家・蜷川幸雄さんのもと、シェイクスピアの全37戯曲を完全上演することを目指し、1998年に上演を開始した彩の国シェイクスピア・シリーズ。シリーズ完結間近でこの世を去った蜷川さんから芸術監督のバトンを引き継いだ吉田鋼太郎さんの手によって、最初のシリーズは2023年2月『ジョン王』の上演によって完結しました。
そしてこのたび、待望の2ndシリーズが誕生!吉田さんらしい解釈とエンターテイメント性を意識した演出で、シェイクスピア不滅の金字塔『ハムレット』からスタートします。
5月7日(火)の開幕に先駆け、前日6日(月・祝)に埼玉県・彩の国さいたま芸術劇場大ホールにて、質疑応答とゲネプロが行われました。少しですがその様子をレポートさせていただきます。
まずはゲネプロレポート!
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
クローディアス(吉田鋼太郎)、ガートルード(高橋ひとみ)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
先代の王の亡霊(吉田鋼太郎)、ハムレット(柿澤勇人)
デンマーク王国では、2ヶ月前に王が亡くなり、先代の王の弟クローディアスが王に即位。ハムレットの母・ガートルードはクローディアスと再婚。
ある日、ハムレットは先代の王である父の亡霊に「クローディアスに毒殺された」という告白を聞き、復讐を決意する。ざっくりではありますが、『ハムレット』とは、人間の愚かさや儚さを前にひとりの青年がどう立ち向かうのか、愛とは、死とは何なのかを深掘りする物語です。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、ローゼンクランツ(山本直寛)、ギルデンスターン(松尾竜兵)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、オフィーリア(北香那)
柿澤勇人は、苦悩させるほど美しく輝く
ハムレットは決して、本気で狂気の中にいるわけではない。その根幹にあるのは、心優しい青年の深い愛である。その複雑な境遇を、繊細かつ時に無邪気に、そして痛々しいほどの怒りをもって表現し、終盤に向けて明らかに身が削られていく柿澤さん。これまで蜷川さんの“千本ノック”を始め、さまざまなステージで鍛え上げられた演劇筋を持ち、「この人は演劇の神に寵愛されているのだろうな」と思うほどの光を感じる柿澤さんが、本作に挑むにあたって弱音を吐く姿をいろいろな媒体で拝見しました。ハムレットは演じる側も観る側も情緒が本当に忙しい役。ご本人は、「満身創痍だ」と苦笑して言いますが、残念ながら、いやありがたいことに、柿澤さんには青い炎を秘めた人間の影が恐ろしいほど似合う。何かが乗り移ったように全身全霊でハムレットとして“生きる”柿澤さんの姿に吸い込まれそうになりました。どうか大千秋楽までご無事で…!!
菊田一夫演劇賞受賞、おめでとうございます!
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
先代の王の亡霊(吉田鋼太郎)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
クローディアス(吉田鋼太郎)
吉田鋼太郎さんは、先代の王と王座を奪った弟クローディアスの二役。威厳ある先代の王の苦しみと悲しみ、明るさの裏に黒き思惑を巡らせるクローディアスとの差にゾクっとし、人間の裏表の怖さを見ました。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
オフィーリア(北香那)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、オフィーリア(北香那)
『ハムレット』といえば欠かせないのが、可憐な少女・オフィーリア。ピュアな心でハムレットを愛するが故に、ハムレットから掛けられる酷い言葉に耳を疑い、彼が起こした事件に心を壊されていきます。演じる北香那さんは、「憑依型ではない」と言われたら「そんなハズはないよ!」と叫んでしまいそうなほど、いつも役に対するこだわりと体当たり精神が素晴らしい方。本作でも、美しい花が砕け散るような様を丁寧に演じていて、心が打たれました。
オフィーリアを囲む花、ミモザ。西洋での花言葉は、「秘密の恋」。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、ポローニアス(正名僕蔵)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
レアティーズ(渡部豪太)
オフィーリアの父ポローニアス(正名僕蔵)と兄レアティーズ(渡部豪太)。娘そして妹への愛が新たな事件、地獄に導かれてしまう2人。絶望を感じたとき、その怒りのぶつけ方がハムレットとはまた違うアプローチであるところが人間の多面性を感じさせます。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、ホレーシオ(白洲迅)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、ガートルード(高橋ひとみ)
『ハムレット』には、さまざまな複雑な愛が渦巻いています。復讐を誓い、宮廷ではダークなオーラを放つハムレットが唯一快活な笑顔を見せる親友・ホレーシオ(白洲迅)も、危険を恐れずに亡霊の謎に迫ろうとする熱い愛の持ち主。
ハムレットの母ガートルードも、息子から見れば愚かな存在だけれども、彼女の言葉には家族へのまっすぐな愛がうかがえます。もしかしたら、素直さこそ一番の恐ろしいものなのかもしれません。
吉田さん演出のシェイクスピア劇は、不思議と現代を生きる私たちにも共感できるように身近で、自分も物語の一部になっているように、観劇しながら怒りやもどかしさ、切なさを感じて、良い意味で観劇しているだけなのにとても疲れます。でもこれがシェイクスピア作品の本質なのかも。今後、25年『マクベス』、26年『リア王』の上演を予定している彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd。それぞれの物語がどのような世界観で迫ってくるのかとても楽しみです。
ここから先はゲネプロ前に行われた、質疑応答です。
(会見での発言、「吉田」「柿澤」敬称略)
本作の演出のポイント
芝居の題名は『ハムレット』ですが、シェイクスピアには“ハムネット”という名前の息子がいます。それを知ったときに、何か因果関係があるのではないかと思いました。シェイクスピアはその子のことを非常に大事にしていたようなので、おそらく彼のことを思いつつこの芝居を書いたのではないかと。「ハムネットがもし生きていたら(※11歳で逝去)こういう人になってほしい」「悲劇の中にありつつも、世の中で起こっていることにたいして、こういうことでいいのだろうかと疑問を抱いて葛藤し、戦おうする人間であってほしい」とシェイクスピアは思ったのではないかと思い、そこを軸に芝居をつくっていきたいなとずっと思っていました。要するに、ハムレットはなぜ悩み続けるのか、なぜ過酷な運命に巻き込まれてしまうのか、そしてどう対処していくのかということがちゃんと伝わるように演出をしてきたつもりでおります。そのように見えるかどうか、お客さんに判断していただきたいです。
シェイクスピア・シリーズ、劇場への思い
僕はこの劇場に20年以上の長きにわたって立たせてもらっているので思いはひとしおです。そしてこのシリーズを蜷川さんから受け継ぎ、1度完結させましたが、またイチから始めるとなるとすごく長い年月がかかるのだろうなと…。これからの長さと重さを今ものすごく感じています。2ndの完結までに30以上かかるとなると、今僕が65歳ですから、95歳くらいになるわけですよね。そうすると途中でまた誰かにバトンを渡して続けていくことになるだろうし、続けていってほしいと思っていますけれども、このスタートにあたっては良い意味でものすごく重大な責任と重圧を感じております。今まで感じたことのないワクワク感となかなか重い責任を負ってしまっているなと感じます。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
柿澤 僕がこの劇場に初めてお世話になったのは、24歳とか25歳だったのかな。蜷川さん演出の『海辺のカフカ』という作品で、いわゆる有名な“千本ノック”を受けまして、何をやってもダメ出しをされ、40度の熱を出したという嫌な思い出があります(苦笑)。
今回のハムレットという役もまたものすごく大変な役で、稽古がものすごく過酷だったので、同じように高熱が出ました。身体も痛いし心も壊れているし、もうボロボロ(笑)。自分で言うのも変なんですけど、満身創痍。でも、そのくらい追い込まないといけない役、決して元気いっぱいにひょうひょうとできる役ではないのだと改めて思いましたし、鋼太郎さんが新しく『ハムレット』に命を吹き込んでくれたので、とにかくそれをクリアして最高の時間にしたい、いい思い出として塗り替えたいなと思っております。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
※蜷川さんの“千本ノック”を思い出し、「嫌な思い出しかない」と苦笑しながら語る柿澤さんに、「嫌な思い出しかないはダメだろ(笑)。いい思い出もあったでしょ?(笑)」と語りかける吉田さん。酸いも甘いも経験してきたお2人だからこそ共有できる思いと信頼関係がここにはあります。
本作の注目場面
吉田
宮廷に旅役者がやってきて、ハムレットがその旅役者のセリフに触発されてもう1度復讐を誓い直す独白があるんですけど、そこがね、柿澤くんは凄まじいですね。好きなシーンはたくさんありますが、そこがたいへん推しのシーンでございます。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
マーセラス(原慎一郎)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
ハムレット(柿澤勇人)、旅役者たち
柿澤 僕はどこだろう…最後の言葉かなぁ。「あとは沈黙」と言って天に召されるんですけど、早くそのセリフを言いたいなって(笑)。上演時間が3時間半ほどですけど、ハムレットくんは本当にずっとしゃべっているんですよね。途中で心が折れそうになるくらい(笑)。それがやっと「沈黙」というセリフで終わるので、早くそのときが来ないかなってずっと思っています(笑)。
その「沈黙」と言う前の表情は、説明的に何かをしようとしているわけではありませんが、その日ごとに旅の中でハムレットが何を思うかによって変わると思います。それをとにかくいい表情で…いい表情というのは単純にポジティブなニコッとした表情とかではなくて、本心で思ったことを表情で表現してその言葉を言えたらこの芝居は綺麗に終われるのかなと思っています。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
お客様へのメッセージ
柿澤
いよいよ始まります。僕自身、こんなに過酷な役、そして濃密で深い稽古というものを初めて経験しました。自分が今まで培ってきたものを総動員しても敵わないなと思うところもありますし、まだまだ課題はいっぱいあります。大千秋楽までいろいろな発見をしながら、少しでも成長して、シェイクスピアが書いた『ハムレット』とは何なのか、なぜ日本中そして世界中の名優と呼ばれる先輩達が、「この役はやりたい」と思うのか、正直僕はまだそれがわかりません。本番をやってみたらわかるのか、どういう景色が見えるのかもまったく未知です。それくらい大変な役であり作品だと感じています。でも、芝居馬鹿ばかりが集まるこのカンパニーみんなで手をつないで誰ひとり欠けることなくゴールテープを切りたいなと思います。よろしくお願いします。
吉田 この芝居は全編にわたって非常に重苦しい空気が流れております。難しい言葉も多々出てきますけれども、ハムレットと一緒に壮大な心の旅をしていただければなと思います。なかなか険しい旅ですので、僕らもあらゆる手段を使って、綺麗にきっちりお届けできるように頑張るので、お客様にもぜひ僕らの思いを受け止めていただいて、この世界最高峰と言われている戯曲に挑戦する気持ちで見ていただけたらなと。約3時間半、ずっとしゃべり続けなければいけない俳優が舞台の上にいます。お客様にはそれを「見てやろう!」という意気込みで、気合いを持って劇場に足を運んでいただけると何か素晴らしいものが生まれるのではないかと思いますので、お客様との“勝負”と言ったらおかしいんですけど、そういう緊張感を持ちながらこの空間にいられたらいいなと思っています。ぜひその空気を体験しに劇場に来てみてください。よろしくお願いします。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
公演の詳細は公式サイトで!
https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/98587/
(撮影・文:越前葵)
彩の国さいたま芸術劇場開館30周年記念
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
【作】W.シェイクスピア
【翻訳】小田島雄志
【演出・上演台本】吉田鋼太郎
【出演】
柿澤勇人 : ハムレット
北香那 : オフィーリア
白洲迅 : ホレーシオ
渡部豪太 : レアティーズ
豊田裕大 : フォーティンブラス ほか
櫻井章喜 : オズリック ほか
原慎一郎 : マーセラス ほか
山本直寛 : ローゼンクランツ ほか
松尾竜兵 : ギルデンスターン ほか
いいむろなおき : 黙劇役者 ほか
松本こうせい : フランシスコー ほか
斉藤莉生 : ヴォルティマンド ほか
正名僕蔵 : ポローニアス ほか
高橋ひとみ : ガートルード
吉田鋼太郎 : クローディアス/亡霊
【日程】
埼玉:2024/5/7(火)~5/26(日)/彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
宮城:2024/6/1(土)~6/2(日)/仙台銀行ホール イズミティ21 大ホール
愛知:2024/6/8(土)~6/9(日)愛知県芸術劇場 大ホール
福岡:2024/6/15(土)~6/16(日)/J:COM北九州芸術劇場 大ホール
大阪:2024/6/20(木)~6/23(日)/梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ