本作は1992年にアンドリュー・バーグマンが監督・脚本を担当し、ニコラス・ケイジとサラ・ジェシカ・パーカーが出演した映画「ハネムーン・イン・ベガス」をミュージカル化した作品で、脚本は映画版の同作を監督したアンドリュー・バーグマン自身が担当しています。2015年にはブロードウェイでも上演されました。ラスベガスとハワイを舞台に、主人公・ジャックと彼女・ベッツィの結婚までのドタバタな恋愛騒動を描くコメディミュージカル作品です。
演出は、第25回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞し注目を集める小山ゆうなさんが手掛けています。
まず作品を観る前に、実力者ひしめくミュージカル界において「歌に対する不安がありミュージカルに出たい気持ちがそこまで強くなかった33歳ミュージカル未経験の伊野尾慧さん(以下、親しみも込めて愛称である「いのちゃん」と呼ばせていただきます)が初出演で主演に大抜擢されたのはなぜだろう?」と言う素朴な疑問がありました。がしかし、作品を観てみると(共演者の方も舞台挨拶で話されていましたが)主人公ジャックといのちゃんがすごく溶け込み、役柄にぴったりハマっていて、すぐに彼が起用された理由がわかりました。
ジャックは息子溺愛ママの「誰とも結婚しないで!」という遺言に縛られ、5年も恋人との結婚に踏み切れないアラサー男性という結構特殊なキャラw
いい大人でありながら、ママの呪いに怯え自分で決断できない姿は一見すると頼りなく、どうしようもない腑抜け男に見えます。しかし、彼女であるベッツィを真っ直ぐに愛する純粋な部分、情けないながらも一生懸命奮闘する姿はつい手を差し伸べたくなる愛らしさがあり憎めないキャラクターでした。
舞台挨拶の時に演出の小山さんや共演者の松田さんがおっしゃっていましたが、素直で人懐っこく朗らかな、いのちゃんの特性がキャラとして、そうさせているのだと思えました。ベテランの岸さんがいのちゃんの大先輩である堂本光一さんから、「伊野尾を頼みます」と託されたと話されると「背後に光一くんがみえます」とユーモアたっぷりに笑顔で応える姿から事務所の先輩や共演者からも愛されるいのちゃんの人柄が垣間見えました。
母役の霧矢さんは「こんなに素直な33歳がいるのかと思う程真っ直ぐで愛情の掛け甲斐がある息子」だと仰っており、成人男性でありながら「ママー」と叫んでいても違和感なく、愛すべきヘタレである主演のジャックをここまで体現できる人はいないのではないかと思うほどでした。多分「震える子犬選手権」があれば30代部門で優勝しちゃうくらい思わず抱きしめたくなるような、いのちゃんの魅力が詰まっています!
また、自信がないところや周りに翻弄され振り回されるような役柄もミュージカル初出演と言う不安と緊張の中で奮闘する「今のいのちゃんだからこそ演じられる役」ではないかと思えました。むしろ舞台経験豊富で自信たっぷりな「THEミュージカル俳優」さんでは逆に説得力がなかったかもしれません!
ブロードウェイミュージカルが原作のため、キャラ濃いめのアメリカンな登場人物たちが次々と登場してきます。そして、奇想天外な展開とツッコミたくなる演出の連続なのですが、観客が冷めたり引いたりせず、それを受けいれ、思わず笑ってしまうのは、実力ある俳優さん達がユーモアたっぷりに演じられているからだと考えられました。
特に、主人公ジャックの母であるビーシンガー役の霧矢大夢さんのコメディエンヌぶりには笑わせて頂きました。「永遠にママを愛して!他の女を愛さないで!」という息子愛重めの強烈ママで出番は多くないですが、物語の軸となり要所要所で思わぬ形でジャックの前に姿を表します。その姿がぶっ飛んでいて、次はどんな形で出てくるかな?と登場に期待してしまう程楽しみなキャラクターでした。そして、流石の美声で聞き入ってしまいました。
ロック歌手のバディロッキー役の上口耕平さんは物語のアクセントとなるような印象的なキャラクターで佇まいが正にスター!色気のある美声と流し目にやられました。
『ハネムーン・イン・ベガス』/阿部章仁
ジャックからベッツィを奪おうとするトミーコーマン役の岸祐二さんはへたれ坊やのジャックとは正反対の、心にもお金にも余裕があるダンディな大人の男。渋く深みのある美声とイケオジ感がとっても素敵でベッツィの心が揺らぐのもわかりました。
『ハネムーン・イン・ベガス』/阿部章仁
そして、松田るかさん演じるジャックの彼女ベッツイはしっかり者で優柔不断なジャックに寄り添い包み込むような優しさがありながら、自分の意見はきちんと伝え引っ張っていくパワフルな女性でした。5年間、結婚を待ち続ける切ない乙女心とラスベガスで結婚式をあげようと言われ結婚にこぎつけた嬉しさを爆発させ歌う姿は、細くて小柄な体からは想像できない程力強くて心に響きました。
芸達者な共演者に囲まれ未経験でミュージカルの舞台の真ん中に立つ、いのちゃんのプレッシャーは計り知れなかっと思います。ですが、そんな姿は微塵も見せず、表では飄々とし「共演者や周りの方々が僕を育ててくれた」と話すいのちゃんの謙虚な姿、裏では他の共演者の方々より一足早く練習を始めたり、誰よりも残って歌の練習に明け暮れ努力する姿勢は見習いたくなる程でした。
舞台は9年ぶり、30代にしてミュージカル初挑戦のいのちゃんが奮闘する姿は、新年度で気持ちを新たに頑張る人達の背中を押すようで、とても清々しくて素敵でした。
また、とにかく難しいことは考えずに楽しめるので、新年度の悩みを笑い飛ばしたい方、ミュージカル初心者の方にもおすすめの作品です。ラスベガスの豪華で煌びやかな演出と音楽、ハワイのびっくりなシーンも是非、劇場でお楽しみ下さい!
(文:あかね渉)
ミュージカル『ハネムーン・イン・ベガス』
【脚本】アンドリュー・バーグマン
【音楽】ジェイソン・ロバート・ブラウン
【翻訳・訳詞】高橋知伽江
【演出】小山ゆうな
【出演】伊野尾 慧、松田るか、岸 祐二、上口耕平、小柳 友、青野紗穂、霧矢大夢 他
【日程】
2024年4月9日(火)~29日(月祝)
東京・東京建物BrilliaHALL
2024年5月6日(月休)~19日(日)
大阪・SkyシアターMBS