ミュージカル『ベートーヴェン』観劇レビュー
クラッシックになじみのない人でも、ベートーヴェンといえば「運命」のダダダダーンという有名なフレーズを思い浮かべ、師走に流れる第九を聴いたことがある方も多いのではないでしょうか?また、「音楽室の一際怖い顔のおじさん」の肖像画を思い出すこともできます。しかしながら、彼について皆さんはどれくらい知っていますか?私自身、「晩年、耳が聞こえないながらも多くの名曲を残した」という有名な話も聞いたことはありますが、正直詳しくは知りませんでした。
ミュージカル『ベートーヴェン』写真提供/東宝演劇部
今作は、『エリザベート』『モーツァルト!』等、日本ミュージカル界でも屈指の人気作を手掛けてきたミヒャエル・クンツェ(脚本/歌詞)とシルヴェスター・リーヴァイ(音楽/編曲)のコンビが構想10年以上の歳月をかけて、世界で最も偉大な音楽家であるルートヴィヒ・ベートーヴェンの人生を紐解き、彼が残した素晴らしい音楽を聴きながら、大きな困難に遭いながらも仕事に、恋に向き合い、音楽に情熱を注ぎ続けた彼のことをよく知ることができます。そして、その生きざまに胸を撃たれるような作品でした。
公開舞台稽古前の初日前会見には井上芳雄さん、花總まりさん、ミヒャエル・クンツェさん、シルヴェスター・リーヴァイさんの4人が参加されました。会見は終始和やかで、井上芳雄さんと花總まりさんの信頼感も感じました。また、ミヒャエル・クンツェさん、シルヴェスター・リーヴァイさんのゴールデンコンビが精魂込めて作りだした思いを話され、「クラッシックとモダンミュージカルの融合とも架け橋ともなるような作品を!」と力強く仰られていましたが、その言葉通り、ジャンルを越えた「音楽」の偉大さを感じました!
ミュージカル『ベートーヴェン』写真提供/東宝演劇部
冒頭、井上芳雄さん演じるルートヴィヒ(ベートーヴェン)は髪を振り乱し、眉間にしわを寄せ神経質で怖そうで、まさに音楽室の肖像画通りのいで立ちで現れます。幼少期より、ピアノの才能を評価されながらも父から虐げられ、周囲から敬遠され、弟のカスパールとも仲たがいし、孤独で不愛想で「愛」を信じずに生きていた様子が描かれています。しかし、花總まりさん演じるトニとの出会いで、全てを受け入れ肯定してくれるような彼女の寛容さと存在に彼は惹かれ、変わっていきます。物語が進むに連れ、生い立ちなども考えるとルートヴィヒは「愛がない人」ではなく、「愛を知らない不器用な人」であることがわかりました。悩むさまはとても人間らしく、「ルートヴィヒ・ベートーヴェン」という人物に対し愛着が沸き、各シーンで流れる彼の楽曲に込められた狂おしいほどの思いを感じずにはいられませんでした。
ミュージカル『ベートーヴェン』写真提供/東宝演劇部
「私の人生このままでいいの?」「何かが足りない…」「愛とは?」「本当の喜びとは?」
ルートヴィヒが愛する相手であるトニは、一見何の不自由もなさそうな上流階級の婦人に見えます。しかし、実際は支配的な夫の監視下にあり、自由なく、愛のない結婚生活に満たされず、「幸せのふり」をして生きていました。愛を知らず孤立していたルートヴィヒ、愛を求めていたトニ、それぞれがお互い足りない「愛」を補い、愛し合っていきます。心穏やかでいられないほどの高揚感、今まで知らなかった真実の愛に出会えた奇跡、愛する喜びを感じ、惹かれあっていく様子は微笑ましく幸せに満ちていました。しかし、後半、すでに結婚し子どもがいるトニと一緒になれない状況に愛の残酷さを感じました。
夜空に花火が上がるシーンは眩くて美しい印象に残る場面で、まるで二人の一瞬の幸せを表すようでもありました。しかし、短くても人生において心から愛せる人と出会い、愛し合えたことは彼らにとっての「救い」であり「希望」だったのかもしれません。お互い孤独と苦悩の時間があったから、深く愛し合い、その先の喜びに出会えたのでしょう。一瞬だからこそ美しく、人はその一瞬のために生きているのかもしれないとさえ思えました。
ミュージカル『ベートーヴェン』写真提供/東宝演劇部
作中、「運命」というキーワードが多く出てくることに気づきました。「運命の出会い」「運命の再会」そして「運命」に翻弄されながらも、自身の「運命」を懸命に生きる様子が丁寧に描かれています。そんな中、「運命を決めるのは僕だから!」というルートヴィヒの言葉が印象に残りました。ルートヴィヒは才能を評価されながらも、耳の不調は20代後半から始まり30代には日常生活に支障をきたし始め、40代半ばでほぼ聞こえない状態にあったそう。そんな中、彼は多くの名曲を残しています。作中には「悲愴」、「月光」、「英雄」、「運命」、「田園」、「皇帝」、「エリーゼのために」、「第九」などのメロディが各場面で登場します。音楽家にとって聴力を失うという大きな困難に見舞われ、打ちのめされながら、様々な葛藤や苦しみを味わい、抑えきれない情熱や愛情、悲しみも全て「音楽」に昇華し乗り越えてきたことを感じました。名曲が生まれるまでの壮大なストーリーを感じ、彼の音楽は魂の叫びのようで、心に刺さりました。だからこそ何百年経ってもなお人々の心を震わすのだと感じました。実際、私は、楽曲制作の背景を知り、観劇後に改めて彼の音楽を聴きたくなってこの原稿も「英雄」を聴きながら書いています(笑)。普段、JpopやKpopしか聞かない私がクラッシックを聞くようになったのは革命に近いことです。彼の音楽は感情をストレートに表現しているものが多く、心に訴えかけ気持ちを高めてくれます。
ミュージカル『ベートーヴェン』写真提供/東宝演劇部
今作は、ルートヴィヒ・ベートーヴェンの人生をただ紹介し、語るのではなく、一人の人間が苦しみながらも現実と向き合い、その先にある喜びをつかむため、もがき生きる様子に勇気をもらえる作品です!人生の全てを懸けた音楽…それを失いそうだった彼に生きる希望を与えた存在とは?その存在さえ失いそうだった彼を支えたものとは?56歳で人生を終えるまで少しづつ聴力を失っていく恐さと闘いながらも、その恐怖や苦悩を作曲の原動力に変え生きていく様子…孤独で張り裂けそうなベートーヴェンの思いが全て音楽に表れているようで胸が熱くなります!ぜひ、皆さんもこの熱量の高さを劇場で感じてください!
(文:あかね渉)
ミュージカル『ベートーヴェン』
【脚本・歌詞】ミヒャエル・クンツェ
【音楽・編曲】シルヴェスター・リーヴァイ
【演出】ギル・メーメルト
【出演】
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(孤高の音楽家):井上芳雄
アントニー・ブレンターノ(ベートーヴェンの想い人“トニ”):花總まり
カスパール・ヴァン・ベートーヴェン(ベートーヴェンの弟):海宝直人、小野田龍之介(Wキャスト)
ベッティーナ・ブレンターノ(“トニ”の義理の妹):木下晴香
バプティスト・フィッツオーク(野心家の弁護士):渡辺大輔
ヨハンナ・ベートーヴェン(カスパールの妻):実咲凜音
フェルディナント・キンスキー公(ベートーヴェンのパトロンの一人):吉野圭吾
フランツ・ブレンダーノ(銀行家であり“トニ”の夫):佐藤隆紀(LE VELVETS)、坂元健児(Wキャスト)
家塚敦子、中山昇、中西勝之 / 岡崎大樹、鈴木凌平、福永悠二、樺島麻美、松島蘭、横山博子、荒木啓佑、川島大典、後藤晋彦、田中秀哉、俵和也、村井成仁、横沢健司、彩橋みゆ、池谷祐子、石原絵理、大月さゆ、島田彩、原広実、樋口綾、吉田萌美
ショルシュ:西田理人、三木治人
マクセ:井澤美遥、長尾侑南、若杉葉奈
2023年12月9日(土)~29日(金)/東京・日生劇場
2024年1月4日(木)~7日(日)/福岡・福岡サンパレス
2024年1月12日(金)~14日(日)/愛知・御園座
2024年1月19日(金)~21日(日)/兵庫・兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール
ライブ配信についての詳細はこちら
https://www.tohostage.com/beethoven/stream.html