フランツ・カフカーー1888年プラハに生まれたユダヤ人の小説家、生前に出版された作品は短編のみで、長編作品は死後に原稿を渡していた友人が出版。そのおかげで(?)現在我々が作品を読むことができている。作品を焼き捨ててほしいという遺言は守られてないのだけど、まあだいたいこういう遺言は往々にして守られないものである。
代表作の「変身」を、読んだことはなくとも「朝起きたら虫になっていた男の話」(しかし不条理劇はいきなり突然虫だの無機物になるのはセオリーなのか)と言えば「読んだことないけれど聞いたことはある」ぐらいの認知度はあると思う。
舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』 撮影:引地信彦
そんなカフカの長編作品の未発表原稿が発見された、らしい。どうやら。カフカと幼い頃に人形を通じた書簡をやりとりしていた当時の少女の家で。しかもカフカが最期の時を過ごしたベルリン郊外の「ドクター・ホフマンのサナトリウム」で書かれた物語、らしい。そしてそれが舞台になると言う話、らしい。
勿論、これはあくまでフィクションなのだけれど、なんかそれが妙に真実味を帯びて聞こえるのは「ゴドーを待ちながら」で知られるベケットと並んで不条理の作家として名前をあげられるからか。でもきっと彼自身は己の作品が将来不条理とカテゴライズされているなんて微塵も想像していないだろうとは思うのだけれど。
白と黒、騙し絵のような世界
エッシャーの有名なリトグラフ「上昇と下降」、絶対降りられないし登れない階段の絵、と云えばピンとくる人も多いだろうか。あの階段、『ペンローズの階段』と言うらしいのだが、ぐるぐると行ったり来たり登ったり降りたりできない不可能図形である。
劇中の舞台装置はいたってシンプル。奥に階段、手前に階段、そして紗幕。そこを登場人物たちは行ったり来たりする。世界も行ったり来たりする。原稿が見つかった『現代』と、原稿の中の『世界』をぐるぐると巡る。でも見ていると思うのだ「これ、本当に現代/小説のシーンなの?」と気がつけば観客も作品の中に意識を取り込まれている。
舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』 撮影:引地信彦
カーヤは旅をする、恋人を探して長い長い旅をする。
それはあてがあるようであてどなく、話も意図も思惑も噛み合っているようで噛み合っていなくて、少しずつ歯車がずれていく。
何が本当で何が作り話なのか、何が何だかよくわからなくなる感覚になる。キャラクターのほとんどが1人2役どころか3、4役演じていると「あれ、さっきあの人はあの役だったのに。いやもちろんわかっているのだけど」殊更わからなくなる。
でもこれだけは言える、此処で観たことと行われたことが全てだと。
舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』 撮影:引地信彦
ケラ作品では映像づかいもスタイリッシュなのだが、今作も必見。映像も同じくリトグラフを思わせる白黒調で、映像、そう映像だとわかっているのだけれどぞくりとさせれらる見え方をする。本当に、舞台全体が壮大な騙し絵だ。もちろん、物語も。
そういえば、2019年の現実では、金庫の中に保管されていたカフカの遺稿は誰のものかと争っていた裁判に決着がついたそうです。まだ中身は公開されていないようなのですが、もしかしたら何かが見つかる、かも知れないですね。
舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』 撮影:引地信彦
詳細は公式サイトで。
(文:藤田侑加)
『ドクター・ホフマンのサナトリウム ~カフカ第4の長編~』
【作・演出】ケラリーノ・サンドロヴィッチ
【振付】 小野寺修二 【映像】 上田大樹 【音楽】 鈴木光介
【演奏】 鈴木光介、伏見蛍、関根真理
【出演】多部未華子 瀬戸康史 音尾琢真 大倉孝二 /渡辺いっけい 麻実れい 緒川たまき 村川絵梨 犬山イヌコ 谷川昭一朗 武谷公雄 吉増裕士 菊池明明 伊与勢我無
2019年11月7日(木)~11月24日(日)/神奈川・KAAT神奈川芸術劇場 <ホール>
2019年11月28日(木)~12月1日(日)/兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
2019年12月14日(土)~15日(日)/北九州・北九州芸術劇場 中劇場
2019年12月20日(金)~22日(日)/豊橋・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール